うちの両親は夏美を可愛がる

 今日って誰かの誕生日だっけくらいに食卓に夕飯が盛られている。俺は困惑気味に母さんに問いかけた。


「なぁ、母さん。どうしてこうなった?とても食い切れる量じゃないんだが?」

「さっきも言ったけど、凛子ちゃんの分も含めての量で作ったつもりなんだけどどうやら作り過ぎちゃったみたい」


 この量、どう考えても凛姉がいても食い切れる量ではない……何故、意味もなく張り切ったのよ。


「あはは、母さんは春彦が女の子をうちに連れ込んだから、陽気になっちゃったらしくてね。ささ、夏美ちゃんもどうぞ食べてみて」

「はい」


 親父、連れ込んだってなんだよ!変な意味合いになるから言い方くらいは考えてくれよ、頼むからさ……


「それでは」

「「「いただきます」」」「にゃーー」


 女の子を連れ込んだとか言うな。親なんだから言い方ちゃんとして。やっぱり、春夏って頭いいのかな?


「にしても昨日と言い今日と言い色々とあるわね。明日はどんなことが起きるのかしら?楽しみだわ」

「やめてくれ。これ以上何かあると俺のキャパが足りなくなる」

「あんたが何もしなくても凛子ちゃんがやらかしてくれるから大丈夫でしょう?」


 あのね、凛姉がなにかやらかすのを前提で話すのはやめてあげて。3人だけならともかく夏美も今日はいるんだから。


 すると夏美がくすくすと笑いを堪えようとしていたが無理だったようだ。


「凛子先輩、ハル君のご両親に本性バレてるんだ。てっきり隠してるかと思っていたので我慢してたんだけど無理だったのかな?」

「夏美?今、凛子先輩って?」

「ハル君が下に行ってる時に名前で呼んでって威圧されちゃって」


 凛姉にしては珍しい。俺を除く限りで名前呼びさせるのは数名しかいない。


 ちなみにアキと冬姫は『浅海会長』って呼んでいる。接点もほぼないからそう呼ぶのは普通のことで、俺が認識してる時点での名前呼びは、悠姉に夏美くらいなのだ。


 それがどうゆうことかと言うと要は信頼してるかどうかの問題なのだ。


 凛姉は基本、完璧人間で自分が気に入った人以外には絶対って言うほど苗字か役職で呼ばせている。


 そのため、生徒会室に凛姉と悠姉の他に人がいる場合は俺でさえ『浅海会長』って呼ぶように言われている。

 

 それだけ、凛姉にとって名前呼びさせることは大事な事なのだ。


 食事も終わり、コーヒーをゆっくり飲んでいると父さんが夏美に見ていた。どうしたんだろう?


「夏美さん、つかぬ事聞いて申し訳ないのだが、私とどこかで会ったことないかな?何故か今日初めて会った気がしないのだが?」

「そうそう。それは私も来た時に聞いちゃったけど覚えがないんですって」

「そうなのか?うちの息子は影が薄いから気づかれないのは仕方ないとしても、夏美ちゃんみたいな子に覚えがないのは不思議だなー」


 今日のディスりで一番の酷さだわ。影が薄いとか言うなよな。一応、自分でもそう思っているんだから。


 両親がこんなに明るすぎて困るくらいなのに俺だけ根暗ってどうゆうことだよ。


 時間もよく見れば9時を回りそうになっていたので、俺は夏美を自宅近くまで送り届けることにした。ただ、高校生2人だと不安と言うことで父さんが車を出して夏美の家の近くまで送ってくれた。


「ハル君、今日はありがとう。春夏に会えて嬉しかった。おじさま、わざわざ送って下さってありがとうございます」

「いやいや、もし夏美ちゃんが良ければいつでもうちにおいで。そうすれば春彦も春夏も喜ぶと思うからさ。もちろん、私達もいつでも歓迎するよ」

「はい♪ありがとうございます。また近々見に行きます」


 彼女が家の中へ入ったのを確認して父さんは車を出したが家とは別の方向に走っている。なにか別件でもあるのかな?


 車を走らして数分、着いたのはスタボだった。コーヒー飲みたかっただけかい!だが、父さんは来るを降りて俺にも降りろって催促する。ここで飲むのなんで?


 注文したものが届き店員が去ると父さんが口を開いた。


「母さんがいると男同士の会話もしづらいと思ってな。迷惑だったか?」

「それはないけど別に父さんに話すことなんて今はないんだけど?」

「どっちかというと俺が聞きたいことがあってな。夏美ちゃんとは昨日が初対面って聞いたけど本当なのか?」


 親父まで夏美に見覚えがあるとは……だったら俺にもそれがあるはずなんだが。


「父さんがここまで言うなんて珍しいな。でも本当だよ。確かに可愛い子だなって素直に思ったけどさ」

「なぁ、春彦。小学6年の時の夏休みのことを覚えているか?」


 父さんからそう言われて頭の中で回想するが出てきたのが……


「ごく普通に夏休みを過ごしていたとしか言えないな」

「そうか」


 父さんはそう呟くと残っているコーヒーを飲んだ。


 俺もつられて残っていたコーヒーを飲み干して、車に乗って家についた。


 俺は、父さんの最後の呟きが気になった。何か言いたそうなのを必死に隠すようなそんな感じだったが俺自身が思い出せないのだからどうにもならない。


 思い出したなら父さんに伝えればいいだけとその時は思っていた。


 翌朝、俺はうなされていた。金縛りにあったかのような感覚に近いのだが脳が覚醒するとその原因はすぐに判明した。


「お前、今日も俺の上に乗りやがって。早く降りろ」

「にゃー?」


 なんで降りてくれないわけ?俺、悪いことしてないよね?あ、もしかして。


「春夏、重いから降りてくれ。飯あげないぞ」

「にゃ」


 名前で呼ばれたのが嬉しかったのか勢いよく俺から離れた。


 そうか、昨日まで名前がなかったから呼びようがなかったけど名前がある以上は『お前』は失礼だよな。もう新しい名前をもらったんだもんな。悪い。


 俺は、2度寝する気にはなれず、仕方なく制服に着替えてリビングに向かった。


 食卓にはいつも通りに父さんが座っていて母さんが食事の準備して、夏美が父さんと会話を楽しんでいる。


 ん、ちょっとまて!なんで夏美が!


 昨日送って帰ったよね、すると足元にいた春夏が夏美の方へ向かっていく。


「おはよう、春夏。今日も元気だねー。ハル君おはよう」

「ああ、おはよう。朝からいたからびっくりしたろが」「にゃー」

「あれ、LAM見てない?ちゃんと送ったよ。『今から行くね』って」


 スマホの画面を見るとLAMでメッセが来ていた。グループではなく個人のLAMに。


 LAMの時間を見ると6時半になっていた。ごめん、その頃は夢の中だわ。


 実際、俺がリビングに来た時は違和感が一切なかった。


 それは春夏が来た時の翌朝もそうだった。


 それが当たり前のような光景。


「さすがにこの時間はないわ。送るなら前日に送ってくれ」

「あはは。ごめんね、急に会いたくなっちゃって。迷惑だった?」


 迷惑?可愛い子が来てるのに迷惑と思う男子がどこにいると思う?いねぇよ!


 単に昨日の今日だからびっくりしただけのこと。


「迷惑とは言ってないよ。ただ、普通に溶け込んでたからびっくりしただけだよ」

「ハル君は、本当に優しいね。おばさまとおじさまのやさしさをすべて受けて育った感じがする。溶け込んでたなんて畏れ多いよ」


 夏美が言葉を切った後、夏美の表情が微妙に崩れたのが見えた。けどすぐ戻った。


 食事の準備を終えた母さんが俺の分を用意して座って夏美に問いかけた。


「もし、夏美ちゃんが嫌じゃなかったら昨日お父さんも言ったと思うけどいつ来てもいいから。暇があれば春夏に会いに来てあげてね。」

「そんなこと言ったら毎日来ちゃって迷惑になっちゃいます……」

「いいのよ。出来たら私と春夏のために来てくれれば。春彦はどうせ書き物で忙しいでしょうから。ってなわけで連絡先教えてね」


 母さんの波状攻撃でたじたじの夏美は、従うままに連絡先を交換し、それに続いて父さんまで交換していた。


 俺の今後の生活に平穏は訪れるのか不安だった。


 朝から色々あり過ぎたがとりあえず学校に向かうことにする。夏美と一緒に。


「じゃ、いってくるよ」

「はいはい、いってらっしゃい。夏美ちゃんも気をつけてね」

「はい、お邪魔しました」

「夏美ちゃん、やりなおしだね」「にゃーーーーー」


 俺らよりもちょい先に出た父さんから夏美へとダメ出しが飛んできたけど、何に対してやり直すことがあるの?夏美のどこにやり直す要素があるのか。春夏までなんか言ってるし。


「や、やっぱり言わないとダメですか?」


 言わないとダメ?どうゆうこっちゃって思って頭の中で先ほどのことをリフレインすると一つだけ心当たりはあるけど、まさか言わせるつもりか?


「お、おばさま。いってきます」

「はい、いってらっしゃい。3人とも気をつけてね」「にゃー」


 父さんは俺らとは反対方向に向かって『いってくるよ』って言って歩き出していた。俺らも通学路をゆっくり歩いていく。女の子と一緒に歩くのはいつぶりだろう?そんなことを考えていると夏美が止まった。


「夏美?どうした。忘れ物とかした?」

「ハル君、ごめんね。なんかハル君のご両親占領してるみたいで」

「そのことなら全然気にしてないよ、こちらこそうちの親が色々強引でごめんね。他にはなにか強要されてなかった?」


 っていうか、さっきの時点で何かしらの制約というか決め事が出来てる気が。


「ううん、強要とか一切ないよ。さっきのも私がいらないこと言っちゃってそれでご両親が気遣ってくれたの。でもね、不謹慎とは思うけど嬉しかったの」

「夏美が嬉って思ってくれるならうちの両親は喜んでると思うよ。春夏もね」

「ありがとう、ハル君♪」


 すると夏美は、嬉しさが爆発したらしく俺に腕に自分の腕を組んできた。夏美さん?あの~、当たってます、柔らかいのがしっかりと。


 ここ通学路なんだよ、こんなところをあの2人に見られた日には……


「おーい、ハルーー」


 ラブコメのありきたりな流れよねこれ。俺は『はぁ~』と言いながら空を見上げるしかなかった。


「おやおや~、なんか朝からアツアツなことしてる奴等がいますがどうしますかね隊長。これは突貫するしかないと思われますが」

「ああ、死ぬ気で突貫するぞ。我に続け冬姫曹長!」

「ラジャー!」


 うわ、ほんとに突貫してきやがった。しかも軍隊の真似事までしてるし。逃げるタイミングを完全に失ったら俺らは簡単に捕縛され捕虜となった。

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