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「…──ちょ……ちょっと待って」

 場の主導権を完全に少女ミレイアに掌握されてしまう前に、ラウラは言ってみた。

「今回のテーマが〝ヒロイン〟って言うのなら、あたしのことばっかりなのって不公平じゃないかな?」


 ミレイアはその言葉にラウラを見返すと、艶然とした微笑を浮かべて訊き返してきた。

「それって?」

「……ヒロイン候補って、それはあなたもなんじゃないの?」

 思わず探るような目になってしまっていることに気付かずにいるラウラに、ミレイアはふんふんと頷きながら口を開く。


「なるほど……。 そうね、そういう見方も出来るのか……。

 うん、いいわ。わかった。私の設定も〝ヒロイン候補〟のものとしてここで扱う。

 それで〝おあいこ〟ね?」


 ミレイアに正面から覗き込まれそう訊かれると、ラウラは頷いて返していた。

 その様子におかしそうにしながら、ミレイアは再び口を開いた。



「──…私の場合……


1.女性性からの分離

  ──母親や女として期待される役割を拒否する。

2.男性性との自己同一視と仲間集め

  ──決められた役割とは別の道を選ぶ。

    男性主導の組織や役割に対する戦いを決意する。


 ……この2つについては、〝国家の子供ナショナル・チルドレン〟であることがすべてね」



 さらりと自己分析をし始めるミレイア。



「私、〝国家の子供ナショナル・チルドレン〟なんだ……。

 そ、リオネルと同じ。

 そもそも真面まとも女性おんなとして扱われなかったし、役割を選ぶことなんて、出来る立場じゃない……

 ──あ、このことは作中世界に戻ったらナイショだよ?」


 そう言って笑うミレイアに、ラウラは対照的に言葉を失っていた。

 根が素直で優しいラウラである。ミレイアの過去を訊き出すことになってしまったことに、うしろめたい気持ちになって、ただ彼女を見遣っている。


「あの……、ごめんなさい」

「いいの。 ──気にしないで」

 ようやく謝ることのできたラウラに、ミレイアは何でもない事のように笑い、先を続けた。


「──…それで……、


3.試練の道:怪物やドラゴンとの遭遇……


 〝物語プロット〟上、私はもう済ませてるわ。あなたよりも後から登場したのに、〝私の物語〟はあなたよりずっと


 ──私を造った〝機関〟は作中の時系列より早くに連邦によって摘発されていて、もう無いの。……その後は、いろいろなことをして生きてきた。

 だから私にとっての怪物は、地球連邦という体制と、そこに住む人間そのもの、ということになるのかな……」


 〝いろいろなことをして〟とミレイアが語ったとき、感受性の強いラウラの瞳が揺れたことに、彼女ミレイアは気が付かないフリをして続けた。



「──…それから……、


4.成功の幻想

  ──ヒロインは障害を乗り越える。

    「英雄の旅」では通常ここで物語が終わる。


 あなたは、いまここね。

 私の場合は、メレディスさまに拾われたこと。


 私は〝身も心も〟彼に捧げたわ。

 例えそれが〝幻想〟なのだとしても、彼に救われた恩義が、私にはある」



 そう言って、最後には儚く笑ってさえみせた彼女には、すでに〝この物語〟における自らの役割りとその結末が見えているのだろう。

 それをここで聞いてしまうのをコワイと感じているラウラに、ミレイアは不思議な色を浮かべた瞳を向けて言った。


「もうやめたほうがいいね…──。


 あなたは、あなたの人生を作中世界あの場所で見つけられる。

 ヒロインだってこと、わかったわ。


 リオが惹かれるわけね……」


 そのときだけ、彼女ミレイアのラウラを見る表情が消えた。

 そしてすぐに屈託のない笑顔になって言う。


「さーて、おかしな方向へ流れた、かたい話はここまで!

 ここから先は〝が~るずとおく〟でいきましょー


 ラウラもいろいろあるしょ? あのとーへんぼくどもに言ってやりたいこととか……。

 この際、みんな吐き出しちゃおう」




  *


 …──一方その頃。


 連邦宇宙軍強襲巡洋艦コモンウェルスのRAデッキでは、バックパックの分解整備に入ろうというRA-04ウォリアーの足下で、リオが整備員と一悶着を起こしている。


「だから推進剤の補給はもう終わってるんでしょ? すぐ発艦します! 作業員を退かせてください」

「無茶言うな! 1番の圧縮機コンプレッサーは全損してて完全に推進力を失ってる。〝片肺〟スラスタ1基じゃ発艦許可だって下りやしないだろう」


 俺──クリストファー・レイノルズ宇宙軍中尉は、そんな彼らの間に割って入っていくように、0G下の重力の無いRAデッキを流れて行く。

 ラウラ機が交信を絶ってからすでに1時間程が経っていた。


「何だ、どうした?」

「──…あ、中尉!」

 リオを除く全員が動きを止めて敬礼で迎える中を、俺も答礼しながら整備員の一人が伸ばしてくれた腕 (この辺りは宇宙軍的な適度な機能優先というやつだ)を掴んで制動し、珍しく感情的な表情のリオの前に降り立つ。……作中空間では大概大人しい少年を演じてるが、今回は抑制できてないな。


「この若造が発艦するって言って聞かないんです……中尉からも言ってやってくださいよ」

 整備員のモブの台詞に俺は〝わかった〟と片手で合図を返し、リオの腕をとって整備員らの視線の届かないところにまで引っ張っていく。


「聞け、リオ……いまロジャーズの隊が出てる。俺も推進剤の補給を終え次第、捜索に戻る。片肺となった推力の半減したオマエのウォリアーに出番はない」

「そうだ中尉の機体があった! 中尉、借りますよっ」


 ──おい……人の話を聞け。



  *


 で、やっぱり〝謎空間〟……。


「オマエな…… ラウラのことで、自分に責任があるんじゃないかって思ったにしても、あんまり整備員たちを困らせるな……」

「…………」


 お約束の展開に、これほどまで過剰に反応するとは……。

 案外これで…──


「…──だって中尉ー、このままじゃ僕、あのKY女に主役の座を……」


「…………」

 ──…それ、か…………。


 開いた口が塞がらなくなりそうだと、大きく呼吸を整えた俺は主役を諭し始める。……俺はいったい、コイツの何なんだろう?


「大丈夫だ……。

 いまだかつて、のミリタリー調リアルロボット路線の主役が、女の子ってのはない。

 もしそうなら、最初からラウラ視点で進行し、周りの配役──俺やオマエも、性別は女で描かれてる……。

 だろ?」


「な、なんか、それはそれで〝安牌だから大丈夫〟って言われてるみたいで、抵抗を覚えますね……」

「じゃオマエ‼ どー言えばいいわけ、俺は?」


 ……皆さん、どうか俺に〝チカラ〟をください。



  *



 そんなふうに〝主人公が忘れられないように〟……という大人の事情のシーンを終えたリオとクリス中尉がRAデッキへと戻ってくると、そこにはフェリシア・コンテスティ特務大尉相当監査官の姿があった。

 そもそもこんな場所に出没するはずのないキャラだったが、なぜだか彼女は宇宙服に身を包み、軍人よりも軍人らしく佇んでいる。


「遅い!」

 そこだけは妹とそっくりな勝気で表情の豊かな目でリオを睨んだ彼女は、公衆の面前で人を指差すという、甚だしいマナー違反をやってみせつつ口を開いた。……どうやらリオのことを、自分と同等の人間とは思っていないらしい。


「これからラウラ・コンテスティの救助に出ます。貴方、一緒に来なさい。RAのない貴方でも、宇宙船の操縦はできるわね?」


 なぜ、正規に航宙船舶の操縦資格を持つ者が他にたくさんいる中、リオネル・アズナヴールが指名されるのかはさて置き…──フェリシアは自らが指名したリオを伴い、よくわからない特権で供出させた小型宇宙船で妹ラウラの救出に赴いたのだった。……まる。

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