さて……。

 想定外の事態に尺を使ってしまった都合上、少しばかり巻かねばならなくなった…──。



 俺、リオ、ラウラの三人は、古いヨーロッパを模した小洒落た街並みを観て周る。

 三人が三人とも、始めのうちこそぎこちのない雰囲気が漂う微妙さを引き摺っていたが、石畳に路面電車──完全に東欧の小都市の趣きで統一された街中を、屋台でファストフードを賞味したり露天市で店員を揶揄ったりしている頃にはもうラウラの表情も弾けており、しっかりデートの体裁となっている。……〝お約束〟だからね。


 ──で、この後は〝お約束〟ついでのお決まりな展開である……。(いや、むしろこの展開のための布石だろ?)



  *


 それは街のメインストリートを抜け、古風なバザールを模した商業施設にシーンが移ったときのことである。


 中世風の牧歌的なカントリーファッション姿のキャスト役者兼従業員の行き交う中で、ラウラが、投げナイフの曲芸師がまと役を募っているのを目敏く見つけた。

 彼女はすぐさま勢いよく手を挙げると、(当然のように)傍らのリオを差し出す。

 寝耳に水だ、とばかりのリオ。

 そんな動転するリオの応諾を待たず、数人のキャストが彼を囲んで連れて行くと (手を引いてくれたのがスラヴ系美人だったのは役得だな……)幹回りのそこそこある木の傍らに立たせ、そのまま括り付けてしまった。


 結局彼は覚悟を決める前に、自らの役割りに従って〝的〟になることとなり、1セット6本のナイフが自分の身体を掠める間中、それはそれは情けない表情を晒すことになる。……しかしこれ、よく御上に認可されたな。安全対策とかどうなってる?


 その後まと役から解放されたリオはケラケラと笑っていたラウラを向き、その視線にそうっと後退り始めたラウラに詰め寄っていく……半分以上、本気なように見えるのはご愛敬だ。


 嬌声を上げて逃げる彼女。

 人混みの中、細かくステップを踏むように駆ける少女の横顔は、年齢とし相応で屈託がない。


 後ろから追いかけてくるリオから逃げるのに前方不注意となったラウラが、案の定、人にぶつかった。

 彼女は衝突した弾みで後ろへと飛ばされかける……が、彼女の体勢が大きく崩れる前に、衝突した当の男が腕を伸ばしていた。


 彼の腕に二の腕を掴まれて倒れずに済んだラウラ。


「──ご、ごめんなさい‼」

 反射的に様にそう言ったラウラであったが、その台詞は丁重で柔らかな声音トーンに遮られる。


「いえ……こちらこそ、不注意だったようだ」

 そう言う声は涼やかではあったが、どこかに緊張感を含んでいることに彼女は気付けたろうか。


「──…お怪我は?」

「いえ、……大丈夫です」

 重ねられた男の問いに応えると、ラウラは面を上げた。

「──前を見ていなかったのはわたしです。お気遣いなく」

 ラウラの視線の先には、高貴な面差しに漆黒の長い黒髪という青年が立っていた。

「そう、よかった」

 丁寧な応対。だけれどその応答には、心ここに在らず、といった感があった。

 男はラウラの二の腕を放して言った。

「気を付けて。……ああ、少し離れてくれた方がいい」


 ラウラは、言われたまま、素直に数歩を後退った。

 このときになって、初めて男の油断のない表情を見知ったろう。男は周囲の様子を窺っている。

 ラウラも目だけで周囲を窺った。すると、そこ、ここ、と何人もの不穏な気配が感じられる。

 男は、そのラウラの〝訓練を受けている者の反応〟に気付いたふうに静かに言った。


「私の〝客人〟です。…──あまり関わりたくない手合いなのだがね」


 ラウラは、改めて男に視線を戻す。

 長身痩躯の男の居ずまいは、訓練を受けた者のそれだった。


「メレディスさま」

 ラウラの耳が若い女の声を拾った。

 男 (彼がメレディスなのだろう)の陰から、ラウラと同じくらいの年齢の少女が現れる。少女はメレディスと思しき男の傍らに歩み出る。

 今の今まで、そんな気配は感じていなかった。気配を消していたというのだろうか。


「……ラウラ…少尉?」

 リオとクリスが追い付いた。

 二人ともすぐに周囲の不穏な気配に気付き 、何かあれば動きを取れるように身構える。(まったくのポンコツというわけじゃないんですよ! 俺たち)


  *


 その後の展開は、まさに一昔前の活劇アクションシーンの典型だった──。


 周囲の〝客人〟とやらは明らかに訓練された〝関係者〟──特殊部隊員で、リオは大捕り物の渦中に出くわすことで計らずも物語の重要人物との出会いを果たすことになったのである。(……こういうのを〝計る〟というのだけれどもな!)


 〝客人〟の狙いは明らかにメレディスであり、そのメレディスはこのような捕り物の標的にされることには慣れているようだった。彼はこの状況を冷静に利用する、という胆力をみせた。


 メレディスは従えた少女 (暗い髪色ブルネットの美少女だ)に横目で合図を送る。

 それを受けた彼女が何かのアクション行動を起こすよりも先に〝客人〟らが動き出すのはもうお約束だ。……こいつら、いったいどんな訓練を受けてきたんだか。


 不用意な動きをした〝客人〟の一人が最初にノックアウトされた。

 あとは乱戦だ。

 常人離れした身体能力を見せて少女は大立ち回りを演じる。

 そうすることで〝客人〟らの注意を引き付けることを企図しているのだから、もはやメレディスと少女の思うつぼだ。


 メレディスはと言えば、少女の大立ち回りを傍目に自らは機転を利かせ、商業施設バザールのパレードに紛れることで姿を眩ます。

 そして頃合いを見計らい、折しも催し物のために集められていた馬や牛といった動物たちを囲いから解き放ち、大混乱となった商業施設バザールから、合流した少女共々、まんまと逃げおおせてみせたのである。



 その外連ケレンに満ちた男の立ち居振る舞いは、やはり〝アレ〟…──〝好敵手ライバルとの顔合わせ〟であることは明白だった。

 リオはこのとき〝如何にも巻き込まれました!〟と言わんばかりに〝囮役として客人の相手をしていた少女〟の側に与して立ち回っていたわけだが、そんなリオに興味を覚えたのか、メレディスは去り際に名を訊ねてきたのだった。


 当然リオネルは名を伝え、メレディスも名乗りを上げた。

 ホレイシオ・メレディス・トレイナー。

 そして〝また逢うこともあるだろう〟と言葉を残し、去っていった。場を混乱させるために使った馬のうちの一頭に少女と二人乗りタンデムとなって──。


 こうしてこの物語の主人公と、いまはまだ謎めいた存在に徹している〝好敵手ライバル〟とが、邂逅を果たしたのである。




  *



 再び〝謎空間〟…──。


 連邦内務省の特殊部隊を相手に、派手に暴れ回る暗い髪色ブルネットの美少女の傍らで殺陣をこなしたリオだったが、活劇を終えたいまこの〝謎空間〟に入るなり、考え込むふうに顔を覆って座り込んでしまった。


 俺はそんなリオを見て、どうやら彼にも何かしらの設定が下りてきたらしいことを知る。

 ちなみに、いまこの〝謎空間〟には、状況を鑑みてかラウラの姿はない。


「──中尉ー……」 片手を目の上に当てながらリオは言った。「……僕、自分がなんなのか、さっきわかりました」


 ……やはり、な。

 先の活劇シーン……あの少女の驚異的な身体能力に裏付けられた殺陣に完璧に追従した付いていったリオ…──。


 次から次に、息を吐く暇も与えてくれずに襲い来る特殊部隊員を、まるで子供か何かをあしらうようにあの少女は捌いていった。

 明らかにあの少女の動きは普通じゃなかった…──そして、それに伍したリオ……。


 俺が顔を向けるの待たず、リオは言葉を続けた。

「僕……〝国家の子供ナショナル・チルドレン〟です……」


 それは、たぶんそうでないかと俺が考えていた設定と同じ答えだった。



 ──〝国家の子供ナショナル・チルドレン〟。

 それは〝この世界〟に生み出された狂気の産物の一つ…──。


 強靭な筋力、高い心肺能力、並外れた反射神経、動体視力……。

 ──そういったものを、遺伝子操作、特殊訓練、心理操作、投薬……等々によって実現した超人間。

 平たく言ってしまえば〝強化人間〟…──国家やそれに類いする組織が主導して生み出しされたデザインベビーの強化体である。

 兵器である彼らに親などなく、国家や組織がブリーダーであり、オーナーであった。



 ずいぶんとまた〝難儀ハード〟な設定となったものだ……。 ──流行はやりなのか?


 俺の視線の先で、リオは我が身と運命をはかなみ、ぐったりとしている。

 そりゃそうだろうな……。

 なんだかよくわからないうちに、得体の知れないバケモノにされてしまったのだから……。

 この姿をラウラに見せたくなかったのも肯ける。


 しかしこれで、俺の役割りも一層重みを増したわけだ……。

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