1-47.指切り。

〇望〇


 今まで家族を求めて生きてきた。

 果たされなかった理想。

 それもあり、お父さんと家族になる願望以外に考えたことも無かった。

 そしてそれが当然なために、今の感情、美怜と家族になりたいという願望を家族という面目で抑えつけてしまっていた。

 それを気づかせてくれたソラ君が川べり、僕の横に座っている、

 ニコニコと嬉しそうな彼女に僕は話を続ける。


「美怜に会って話す。

 それだけでことは足りるね。

 そしてごっこでも何でもいい、美怜との家族生活を取り戻す。

 美怜の意見? 

 そんなものは変えてやれば良い、それは僕なら出来るね、うん」


 ソラ君はその応えに満足したように頷いてくれる。


「昔の私ならこんな自己犠牲みたいな真似はいたしませんわ。

そもそもに恨んだ相手の弱みを握ったと内心ほくそ笑んで貶めるためのネタにしていましたでしょうし」


 ニコリとゲジ眉を更に上機嫌に曲げ、こちらを見てくる。

 僕の手に彼女は手を重ねてくる。

 じんわりとした暖かい感情が僕に伝わってくる。


「だって、あなたのことが好きだからですわ」


 そして、クスクスと少女の年に似合った笑みに変わる。

 その可憐さは彼女の色合いからまるで黒と黄色のパンジーの花束を思わせる。

 花言葉は確か――私の事を思って。

 そこまで思い至ると僕の口元がバッテンになった気がした。

 僕はそこまで好かれる行動や理由が無いのだから、困惑しかない。


「っう――それは状況が作り出しただけの感情だと」

「の・ぞ・む・く・ん?」


 ソラ君の薄茶色の肌に浮かんだ頬の紅が艶かしい顔を見ていられなくなり、顔を背けようとする。

 しかし、顔を両手でガシッと捕まれ、無理矢理にソラ君の方を向けさせられる。

 逃がしませんわ、と顔に書かれている。


「あぁ、判ってるとも。

 経過は関係なく、今の気持ちが大事ということだね?」

「そういうことですの。

 あと私の勝ちですわよね。

 私を対等に見て頂き、振り向いてくださいましたと思いますので。

 返事は却下しますわ」


 不意をつかれた。

 ソラ君の顔面が近づいてきた。

 湿り気が僕の唇に与えられる。


「――ペロリと、ごちそうさまですわ」


 ようやく何をされたかを理解した時には、ソラ君の柔らかい唇の感触が僕の口元から離れていた。

 チョコレート風味の甘さとさわやかなミント味が口元に残る。

 彼女はそれを味わうかのように舌を唇で味わう。


「ソラのファーストキスですわ。ココアシガレット味でしたわね――全く不思議。

 最初はあんなに憎かったのに、今はこんなにも愛おしい。

 舌も入れた方がよろしかったでしょうか、ふふふ」


 ソラ君の細長い指が自身の濡れたピンク色の唇を撫で、舐める。

 それは艶めかしい色気があった。

 そして自分のことなのにまるで他人事のようにソラ君は面白そうに懐かしむ。


「望君はどうでした?」

「聞かれても困るし、突然すぎて感想がココアシガレット味としか浮かばない状態だった訳だがね?」

「今度はちゃんとしましょうね?」


 ソラ君や僕を困らせて遊んでないかね?


「……機会があればね?

 まぁ、僕自身の感情としては敵対する理由はない訳なんだが、君をどう扱えばいいか手間取ってるんだ。

 正直、一方的な洗脳とか、暴力だとか、もっと酷いことは人生の中でしてきてて、だから楽だと敵対設定していてだな……」


 何だろう、言い訳がましくなってるのが自覚できる。

 何とも言えない気分だ。


「――あぁ、なるほど、望君の中ですと私の立ち位置が定まってない、そういう訳ですね。

 この前のあの表情はそういうことですか?」


 それでもソラ君は言いたいことを理解してくれて、思い出したかのように大きく、頷いた。

 あの表情とは、クラス内で弁当を広げていた時に美怜に怒られたあれとかの事だろう。


「すまなかったね、うん」

「いいんですよ、キスを頂けたのですからソラは上機嫌ですの。

 ソラをこうした責任を取って下さい――とかは言いませんし。ふふふ。

 それに定まってないのならば、好きな相手というポジションは狙えます。

 というか、好きになってください」


 ソラ君の言葉の途中で表情が歪んだのを笑われる。

 そして次いで心底嬉しそうに、笑むソラ君。

 その笑顔が眩しく、また僕に向けられていると思うと気恥ずかしく――そして嬉しく感じた。


「さて、望君、やることを決めたのなら行ってきて下さい。

 ――お昼のお弁当での勝負が流れてしまいましたので、今度、何かで埋め合わせ願いますわ」

「判った、承ろう」

「約束ですわよ、指きりでもいたしましょうか」

「……判った」


 ……指切りか、いつ以来だろうか。

 多分、お父さんに引き取られてからやったことが無い。

 最後にした約束は果たされていないから間違いない。


「いきますわよ」


 僕の白い指と彼女の黒茶色の指が絡み合う。

 彼女の指は細いな、と認識したのは初めてだった。

 

「嘘ついたらハリセンボン、飲ます、指切った」


 ソラ君が笑い、僕もつられて笑う。

 心が軽くなった気がし、僕は立ち上がる。


「ありがとうソラ君。

 こんな僕を好きになってくれて」


 それだけ言うと、僕は振り向かずに走り出した。


 さて――美怜は何処に行ったのだろう?


 先ず、西舞鶴駅だ。

 白い少女がきた形跡はなかった。

 駅前、真那井商店街や路面電車の会社で聞き込みを行っても、美怜を見た人はいないという。

 つまり、学校から家までの経路には現れていないことになる。


「――どこだ?」


 学校内、やはり見た人はいない。

 美怜にプレゼントした日傘が傘立てに置きっぱなしになっていたので回収しておく。

 学校の裏道から愛宕山へと入っていくルートへ。

 そこからなら、あのアルビノで目立つ美怜が人に見つかっていないというのも納得できる。

 その入り口で見知った足跡を見つける。

 どうやら、正解のようだ。

 それを追っていくと途中で朝代神社への裏道へ折れていた。。


「家に戻られて、変装されてたら――跡を追えなくなる可能性があるね」


 彼女の変装は僕にも見分けがつかない可能性が高い。

 初見、全く同一人物だと見抜けなかったのは事実だし、バリエーションを全て把握しているわけでもない。

 少し焦りを覚える。日が沈み始めた。

 朝代神社に着く。

 舞鶴市の産土神社であり、正月などのイベント時には人が結構来るが、普段はひっそりとして人が居ない。

 暗闇が覆い始めた神社は薄気味が悪い。


「美怜!」


 境内から境外へと下る石段の途中、見知った少女が俯きに倒れていた。

 様子がおかしい。近づくと彼女の息は荒い。

 顔中が赤くなり、両腕一杯に水ぶくれが沸いている。 

 浅達度二度熱傷程度の火傷だと判断でき、綺麗な肌はその名残は何もない。

 

 ――不味い


 低容量性ショックが起きているのかと思う。危険な状態だ。

 彼女が体育祭でいつもより薄着だったことも不味い。

 ここまで来るのに汗をかいているために日焼け止めが剥がれてしまった事も容易に想像できる。

 僕に家族では無いと否定された事実が大きすぎて、自分の体の発するアラームにも気づけなかったのだろう。


「――だ、れ?」


 抱え起こすと意識を取り戻してくれる。気付いたようだ。

 しかし、眼が見えていないようだ。

 泣いていた彼女は紫外線避けのコンタクトも落としたのかもしれない。

 危機感が増し、焦燥感を覚えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る