1-18.悪役の推理、挑発は悪役令嬢を激発す。

〇望〇


「だが、断る」


 結論は決まっている。

 安堵の息を内心で済ませ、空気を吸いながらお椀をテーブルに置く。


「――お付き合い、お互いにメリットはあるかと存じますが、

 例えば、私を自由に出来るし、ステータスの誇示にもなる。

 男性って付き合っている女性で自分の地位や能力だとばかりにアクセサリー扱いする人もおられますし?」

「面倒が増えるだけだ、そんな他人に頼った評価など。

 そもそもに君は僕に負けている、誇示にもならないさ。メリットなんて無いね?」


 鳳凰寺君のゲジ眉が弓のように曲がり、能面のような笑顔になる。

 まるで僕が最大の利点を示さなかったことに食って掛かろうとしているライオンだ。


「怖くないんですか。

 噂は聞いておられるでしょう?」

「影響力。

 すなわち、君が周りに働きかけてまるで百獣の王のように振舞えることだね?」


 それで気に食わない対象を除外出来るし、今、ここに居るように先生達にも影響力を及ぼせるかもしれない。


「それがどうしたというのかい?」

「――っ!」


 鳳凰寺君のゲジ眉の羽でこれが最大と、確認できた。

 僕はヤレヤレとため息をワザと大きく吐く。

 心情は本当に呆れている。


「僕はそれを潰せるし、潰している。

 僕を貶めようとするなら無駄なのは理解しているだろう?

 僕の扇動能力は君のカリスマを凌駕し得る事は委員長選抜で見せた。

 それが恐ろしいから僕を懐柔しにきた。

 そしてあわよくば僕を手籠めにしたいというところだろう?」


 僕は他人に制限を掛けられることが何よりも嫌いだ。


「もう一つ、違和感がある。

 僕が君の立場なら提示できる最大のモノがあるのに、君は自身しかメリットに提示しなかった」


 ――それは、


「君の親の力だ」


 市議会議員の親という点も否定しなければならない。

 調査したことを睨み付けて強い語尾で言ってやる。


「それをしたという話をついぞ聞いたことが無い。

 虐めも学生を誘導しただけだ。君が親の手を借りた時点で発生する――自分では何も出来ないというレッテルを貼られ続けることになる事態、あるいは親そのものを拒否している節がある」


 そして意図的に挑発すると、彼女は興味深そうに、ゲジ眉が上へと持ち上がることが見て取れる。


「ふふふ、根拠を聞いても宜しいでしょうか?」

「君と僕はよく似ている」


 ダイレクトなミラーリングを含めた話法を試みることにする。

 身の上に同情、また近似点を示すということは話し相手の興味を引く上で良い手段だ。

 但し、それが相手の納得出来ないことを述べてしまうと話し相手は途端に話者への興味を失ってしまう。

 勝負だ。

 

「その理由は――家族に対して何かコンプレックスをもっているのだろうね?」

「へぇ――」


 結論から入る。

 前哨戦の会話から得られた情報を分析した結論だ。


「会話の中。

 美怜が羨ましいと言った発言、僕が親に関して述べた発言で君は反応を見せた。

 これらの共通点は家族だ――そして先ほどの条件提示で確信をした。

 市議会の親を持ち、お嬢様と称される鳳凰寺君が融通の利く車通いではなく、定時運行の電車を使い京都へ通っているのは、それだろう?

 電車の方が時間がかかるのにね?」


 事実だ。

 京都縦貫道路が出来て以来、車なら一時間もせず京都市内へ行ける。逆に電車だと一時間半かかる。


「なるほど、私が抱いたのは同属嫌悪ということですわね」


 その彼女の言葉が出た瞬間に安堵した。

 笑みを向けられたので笑みで返す。お互いに通じ合えた気がする。

 理解するだけではお互いに好意では無く敵意になるので、人間、通じ合えるだけでは駄目だということだ。

 そして僕は最後に残したお揚げを持った箸で鳳凰寺君の胸を示してやり、


「同族のよしみで忠告だ、その胸に入ったパッド、必要あるのかい?」

「ぶっ――コホコホ!

 な、なにを!」


 軽く拭きだしたゲジ眉君はこほっこほっ咳をしながら涙目だ。

 彼女は誰からも隠しきれていたと思ったのだろう。

 慌てて胸元を両手で隠すゲジ眉君。

 素面が出ており、頬赤らめ、恥ずかしそうにする仕草は年相応の少女そのもの反応だ。

 その様子をペー太ラビット君のライバル、ポントライオンちゃんに当てはめると敵ながら少し可愛らしいと思う。


「――自分自身を良く見せたい虚栄心の現われだと思うが、必要ないだろう?

 君は十分に魅力的だし、化粧までは許すにしても化かすのはどうかと思うんだがね。

 ――中々にいいお揚げだね、これは」


 美怜の変装と一緒だ。

 そんなもので他人の印象を誘導しても、そこまで他人は気にならない。

 というか、自身にたいして堅苦しいだけだ。


「いいかい、これを教えてくれたのは君が余り気にも留めていなかった水戸だ。

 彼には特殊能力、オッパイスカウターというのがあるらしくてね。

 ――人を見下すモノは見下した人によって足元をすくわれる、いい授業代だったね?

 僕の下に人は皆平等なのだよ」


 追い討ちでゲジ眉君の感情を高ぶらせる。

 周りに知られていないと思ったことを突き詰めるのは二つのメリットがある。

 心に動揺を与えられ、更にその行動が他人からどう見られているのかを疑わせることが出来る。

 それがこじつけでも、思考を鈍らせるには効果的だ。

 

「――っ! すうはぁ、すうはぁ」


 咄嗟にでそうになった感情の言葉を抑えようと深呼吸をするゲジ眉君。


「いい授業でしたわ!

 ぇえ、私も私の下で皆平等だと、そう思っておりましたから、打ち砕かれた気分ですわ!」


 それでも彼女は怒りを隠しきれず大声になってしまう。

 何事かと教師の視線がこちらに向く。

 それでようやく、彼女は自身が落ち着ききれてないことを知り、笑みを必死に浮かべ始める。

 しかし、ひくついた笑みで仮面をかぶりきれていない。


「推理はどうだったかい?

 総括すると、君は自信はあるが、偽乳を使うぐらいに虚栄心を持っていて、コンプレックスを持っている親へ頼るような人物では無いという感じだね?

 アドバイスはそのパッドを外せだ」

「ぇえ、凄く当たっていて、不愉快になるほどで

 ――ご忠告は謹んでお受けいたします」


 冷静さを取り戻す前に本人に同意を求め、得ておく。

 同意した側に、同意した内容の人物であるという認識を無意識下に刷り込む意識誘導の狙いだ。

 親の力などという面倒ファクターは除外しておくに限る。やられても勝つ気はあるが。

 人間は自分を誤魔化し、言い訳や理由付けをすることで、自分が嫌っている行動もいざとなったらする。

 しかし、一度、無意識下に刷り込まれた情報はそれを強く抑制することが出来る。特にプライドと知能が高い場合は効果がテキメンに出る。


「けれども、貴方のウィークポイントは判っている」


 言われ、少しだけ落ち着きが無くなっている自身を自認する。

 僕には確かにウィークポイントがある。

 それを利用されると、ややこしいことになる。

 そして今までの話題で、それを彼女が知っている可能性が少しだがある。


「貴方の妹さん☆」


 安心した。全くもって目の前のゲジ眉君は僕の秘密を知らない。


「おどおどした自信の無い態度が男子に媚びていると評判ですの。

 ちょっと一押しすればクラス内カーストの一番下まで落ちてしまう程、美怜さんはクラスに馴染めていない。

 女子の虐めというのは怖いものですわよ?

 あのびくびくした態度、虐める側も反応は楽しいでしょうしね?

 そして貴方を気に食わないモノは少なからずいる、それをちょっと押せばどうなるでしょうね?」


 笑いがこみ上げそうになる、が堪える。まだ駄目だ、まだ笑ってはいけない。


「脅迫だね、要するに」

「ぇえ、そうです――月並みな言葉になりますが、ソラとお付き合いください。

 貴方は賢い人ですし、何より似たもの同士というのは同意ですから。

 理解しあえるでしょうし」

「断る。二度言わせるな」

「……家族を見捨てるというのですか?」


 ゲジ眉君のトーンが落ちるのが判る。


「いや、見捨てない。

 勿論、君がその脅しを使うと踏んでいた。

 その上で、美怜が負けない絶対の自信があるから断ったんだ。

 一ミクロンでも自信が無ければ、最初の付き合うかの質問でイエスと言ったさ。

 その方がカップル生活を満喫できるだろうし、お互いの化かしあいは楽しいだろうからね?

 わざわざここまで話を伸ばす必要も無い」


 懸念していた可能性を無かった物にし、そう自信満々に言い切ってやる。

 弱みを見せる所ではない。攻めていい。


「僕はそれで美怜が成長する良い機会になると思っている。

 見守ると言うのが正解かね。

 二度言う、僕の美怜はそんなものには負けない。

 本当に美怜が悩み、出口が見えなくなったら、僕は道を示す程度で彼女は突破できる。

 いいレベルアップ機会になるだろうね?」


 僕の存在意義だ。これが出来ないと初めて義父から頼られた【お願い】に対しての裏切りになる。

 そして、虐めという機会すらも利用するために、今、目の前の鳳凰寺君と会話している。


「まぁ、報いはさせて貰う。

 それをしたが最後、お前を一番下まで叩き落してやろう。

 言っといてやろう。屈辱だぞ?

 ――更に言えば、一度も大きくこけたことがないゲジ眉君が耐えられるわけがない」」


 脅迫を仕返し、高らかに笑ってやる。今まで抑えてきた笑いが心地よく開放される。

 ビシッっとゲジ眉に指を突き刺してやる。そしてお前には無理だと断言し、相手のアイデンティティを否定しにかかる。


「やってみせてくれたまえ、道化の舞を」

「安い挑発をして!」


 語調が変わり強気で返してくるゲジ眉君は、うろたえを隠せない。

 僕は彼女を獲物と捉え、鼻で笑い飛ばす。


「いいね、その反応。

 化けの皮がはがれたね。

 ちなみに挑発ではなく脅迫だ。鳳凰寺君が先に脅迫という手段を使ってくれたのでそれを返してみたまでさ。

 なのにそんなに顔が真っ赤なのは何故かね?

 まぁ、挑発だと思うならやってみろ、僕は本気だ」

「あぁ、もう!」


 耐え切れなくなったのか、鳳凰寺君は席を立ち、背を向けようとする。


「食べた後は自分で片付けたまえ」


 忘れ去れそうになった食器のことを注意してあげる。

 すると鳳凰寺君はゲジ眉を吊り上げ、乱雑な扱いでそれらを片付ける。

 そしてバタンと扉で大きな音をさせて、教職員用の食堂から出て行った。

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