1-15.競争と毒沼弁当。

○美怜○


また・・霞さんの魂が抜けてたけど……」


 授業が終わるとすぐ、茫然としていた霞さんから望は回数券式の食券を奪い取った。

 それが合図だとばかしに霞さんは全力走で教室を出て行き、焼きそばパンと一緒に戻ってくる。

 そこでようやく私、望、霞さん、小牧さんで席をくっつけてのお弁当タイムは始まる。

 そんなやり取りがここ一週間で日常化しつつある。


「水戸は少しは勝てない相手を知るべきや――勇気じゃなくて無謀やからなぁ」

「この一週間でこいつが化け物なのは判った!

 だがな男としてのプライドが、何でもいい、勝ちたいんだ! こいつに!」


 霞さんはブンブンと右拳を回しながら、左人差し指で望を示し、力説する、しかし、小牧さんは馬鹿じゃないのと言わんばかりにジト目で嘆息するだけだ。


「はいはい、安いプライドは捨てちゃいましょうね。

 休み時間に課題を教えてもらっちゃってる時点でそんなものはないんよ」

「それはそれ。これはこれ」

「勝てないと判っているのに、勝負を仕掛けてくる。いいね、本当にいいね、水戸は」

「勝てないと決めつけるな……!

 まだだ、まだ終わらんぞ……!」

「今まで一度か二度、実力の差を見せただけで、恨み言を陰で言うか、こちらを無視してくる連中しかいなかった。

 しかし、彼は本気でしかも純粋にあの手この手を変え、勝負そのものを楽しませてくれる。

 初体験だ。

 今日の勝負は輪ゴムで消しゴムを飛ばす距離で勝負したのだが、やはりゴムの選定は重要だね?」


 子供っぽい笑顔の望は何というか、無防備な印象を受ける。

 さておき、ほぼ毎日の勝負は短距離走から始まり以下となる。

 一日目、短距離走で学校記録を出した霞君は自信満々だった。対して望は全国高校記録を出して、その自信を打ち砕いた。

 二日目、小テストの点数で勝負していた。勿論、望が負ける要素は無い。その後、無謀者と霞さんは小牧さんに弄られていた。

 三日目、牛乳の早飲みで勝負していた。望は息を止めたり、喉を自在に操れるらしく、一気に勝負をつけた。一方、それに驚いた霞さんは、牛乳を噴出し、小牧さんを白く汚していた。その後、勿論、霞さんは小牧さんに折檻されていた。

 四日目、朝の登校時間で勝負していた。霞さんは校門の開く朝六時半には学校にいたらしい。しかし、望は校門が開く前から席に座っていたらしい。どうやって侵入したのだろうか?

 五日目、今日だ。休み時間中に指でゴムを飛ばして飛距離を競い合っていた。一回、間違って霞さんの放った輪ゴムは小牧さんのオデコに直撃した。結果、霞さんはオデコにコインを投げ返されていた。


「……私は勝負事の楽しみが判らないよ。

 負けても勝っても目立つもん。

 目立つと他人から標的にされやすくなるから怖いもん」

「でも、ネットの対戦ゲームは好きだろう?」


 確かにその通りだと、縦に頷く。

 ゲームは趣味だ。望にも趣味を聞かれたときに答えている。

 最近は京都の花札屋の作ったキャラクターが舞台から叩き落としあう、大乱戦ホームランシスターズをやっている。

 他にはシビライゼⅣなどのタクティカルも好き。時間かかるのがネックだけど……。


「相手の顔が見えないし、SNSとかもやってないから悪意が見えないし、マッチアップもランダムばかりだから粘着されないし……そもそもリアルの大会に出ないから現実は関係ないし」

「ふむ、人と競うことは自分の成長を促せるからね、それは素晴らしい事さ!

 対戦相手のいない対戦ゲームはつまらないだろ?」

「……そうだね、うん、リアルじゃなきゃ同意だよ、望」


 望が私を見て、微笑む。

 嬉しそうだ。私もその嘘偽りない笑みを見ると嬉しくなる。


「――さておき、その副次品の食券は美怜がお弁当を作ってくれる限り使わないがね!

 ふふふ、水戸、見た前、これがマイ・シスター特製の弁当さ!」

「お弁当を掲げるのは止めて欲しいんだよ!」


 ヤメテ、ヤメテ、喜々とした望の奇行で弁当派のクラスメートの注目を集めるのはヤメテ―! と内心悲鳴をあげるが、声には出せない。今の状態で十分に視線を集めてしまっており、これ以上は自分が耐えれない。

 さておき、これを一例とし、学校では望は毎日、嬉しそうに私とコミュニケーションをとってくれる。

 客観的に望の評判がこの一週間で超優秀なシスコンで固まりつつあることからも、コミュニケーションの多さを物語っている。

 但し、目立たないようにしてもらいたい。胃がキリキリして穴が開きそうだから。


「……もう一週間、毎日嬉しそうにしてくれるのはありがとうなんだけど、そんなに言うほどなの?」

「嬉しいに決まっている。

 当然だろう?

 なんせ、誰かが僕のために作ってくれる弁当なんて今まで味わえなかったからね!

 毎日が感動だね?

 今日は――味噌漬け鮭の焼き物、のりごはん、ニンジンと椎茸の煮物、ほうれん草のおひたしと卵焼き、うむ、将にお弁当だね。おっと、のりごはんの中に鰹節が仕込んであった。これは嬉しい」


 本当に嬉しそうに、そして美味しそうに食べてくれる。

 悪い気はしない。もう少し抑え目に喜びを表現してくれれば完璧だが……。


「弁当は平沼っちが毎日、作ちゃってるんだよね?」

「弁当係は私だからね。二人分だよ」


 望は凝り性だ。唐揚げの時も割とこだわりがあったのが後で判った。また、別の日の食事当番の後、地方では手に入らないモノがあった悲しみで「オノレ―」と打ちひしがれて、ぺー太ラビットに愚痴を零していたのも見てしまった。

 まぁ、舞鶴市は峠を境に西と東に分かれているが両方ともまだまだ発展途上の田舎なので仕方ないかなと思う。

 今では舞鶴蟹をブランド戦略とする魚市場の『ほれほれセンター』や、そこから西舞鶴駅経由学校行きの路面電車が出来た事で西舞鶴の商店街は活気を取り戻してきており、マシにはなってきている。

 しかし、十年そこらでは地方の一地方市街からの脱出には程遠い。何せ高層ビルが無いし、隣市の福知山に公官庁機能の多くを取られてる。


「水戸、羨ましいかね?」

「う、羨ましくなんてねぇぞ! 俺には焼きそばパンがある!」

「素直に言いたまえ。

言った所でマイ・シスターの弁当はご飯の一粒たりともやらんがな!」


 舞い上がりながら霞さんを挑発しないで欲しい。目立つから。

 悔しがりながら突っ伏すオーバーリアクションをとる霞さんも、それが望の愉悦に繋がって火に油を注いでいることに気づいて欲しい。

 ふ二人の関係がいじめっ子といじめられっ子の構図に良く似ていることに気づく。

 当の本人たちは楽しそうだし、コミュニケーションの一種だと理解しているが、トラウマを思い出して心が痛い。望が私に対して、アルビノのことを隠さないようにムリヤリな方法を取ってくるのも、私の反応が面白いからかもしれない。


 ――そして、私の立ち居地が霞さんと私が被った。


「どうしたのかね?」


 望が私の視線に気付き聞いてくるので「なんでもないよ」とだけ返す。

 彼は「そうか」というと安心したような顔で弁当へと戻る。

 そもそもに悪意というものを隠せるか怪しいほど彼は純粋だ。

 学校や家での演じたような口調や素振りも子供っぽい大げさ気味の感情表現に見える。

 けれども、子供らしい部分は、未熟な人が行う虐めを発生させる可能性があり――そして私は望に虐められている――体の奥底が寒く感じられ、冷静になり、自分がどうして家族に対してそんなことを考えてしまったのだろうかと、怖く思うと共に恥じた。

 そんな考えから逃げるように小牧さんに視線を向け、

 

 ――様子がおかしい?


「――小牧君、弁当がすすんでない様だけどどうしたのかね?」


 モジモジと、机の中に手を入れているが、反対側に座っている私や望からは何がそこにあるのか見えない。

 見れば、小牧さんの弁当は開けられたまま、一口も手をつけられていない。

 美味しそうなハムかつ弁当。刻みキャベツとミニトマトの色合いが大変よく、ご飯には刻み梅干が綺麗に混ぜ込まれている。

 体調でも悪いのだろうか? っと、小牧さんの顔も少し頬が赤い。


「お、どうしたミナモ、食べないのか?」


 霞さんの心配そうな顔でポンッ! と擬音が聞こえそうな感じで、お弁当のミニトマトの様に真っ赤になる小牧さん。


「別にどうもせえへん!」

「――ん?

 その机の中の弁当は何だ?

 もしかして、二つも食べるのか?

 太るぞ? 胸に栄養行かないんだから」

「ちゃうわ!

 その、あれよ、うん、いつも九条さんに取られちゃってるでしょお昼ご飯――不憫に思って作ってあげたさかい、感謝しちゃってええんよ!」

「――午後から雨か、部活なのに」

「いるん? いらへんの?

 というか、いらない訳あらへんやろ? はい」


 と、返事も聞かずに驚きを隠せない霞さんへ渡される無地の紺色の巾着。


「いいのか?」

「渡した後に聞かへんといて、どうぞ食べちゃって」


 変な言い回しの小牧さんの応えだったが、受け取った霞さんは喜々としてお弁当を開ける。


 ――魔界へのゲートが開かれた。


「これは凄い。とても独創的で今まで見たことの無い――一度食べた者はその冒険を忘れられそうに無い気がするね?」


 望が道化でもなく、真顔で冷や汗を流していた。

 先ず、ご飯。毒沼のような濃い緑色をしている。何を混ぜ込んだのだろうか? 

 ハムかつと思わしき物体は黒こげでクリーチャーのように見える。キャベツの上は血まみれだ。ミニトマトがご飯の詰め込みすぎで潰れてしまっている。

 いつも小牧さんが持ってくる弁当とは何かが違う。作り手が違う気がする。

 ふと、小学四年生の調理実習で一度だけ、小牧さんの料理を食べたことがあることを思い出した。

 それも見た目は毒沼だった。すなわち、この毒沼弁当の作り手は小牧さんであることは明白だ。

 綺麗な方、小牧さんの分は恐らく祖母さんに作って貰った物だろう。


「ごごり……」


 霞さんの喉が鳴った。

 その面持ちは正しく魔王に挑む勇者が覚悟を決めようとしているそれだった。

 そして彼は勇者の剣ではなく箸を抜き、つきたて、口へと運ぶ。


「――あれ、普通に旨い。見た目が悪いのと味のギャップが凄くて。確かに焦げてるけどハムかつは良くできてるし、ほうれん草を入れすぎた混ぜご飯は見てくれこそ悪いが味はしっかりしてる。トマトはしかたないとして――いや、何でそこで俺の攻撃してこずにうなだれるんだよ、ミナモ。お前、大丈夫か?」

「何でもないわ! ばかぁ!」


 小牧さんのヘッドロックが決まるが、いつも通りで安心したと霞さんは安心したとその技を受けている。


「うん、人に美味しいと言って貰えるのは嬉しいよね」

「……平沼っち……」

 

 何とも言えない目線をこっちに向けてくれるが、それ以上の言葉は無い。

 読み取れるのは理解されてうれしいのか、揶揄されて怒りたいのか微妙なラインだ。


「ははは、仲がいいのは羨ましいね。僕にはそんなことの出来る好感度の高い幼馴染はいないものでね――ところで美怜」


 真面目なトーンだった。


「アルビノを隠さないで生活をすることに不便を感じているかい?」

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