第29話 一難去ってまた一難

 世界を再び停止させて思考の中に埋没する。

 さすがはチート能力。

 動くことは出来なくても、時止めの力の有効性を思い知る。

 少なくとも現状打破する方法を考える時間は俺に与えられたチートだと思う。

 どうせなら、もっと戦闘に特化したチートがほしかったが。


 アイデア1、激突する直前に風魔法で少しだけ俺の体を浮かせる。完全に浮かせるだけの力はないが、多少は衝撃を吸収できるはずだ。

 アイデア2、水魔法と土魔法で地面を泥濘化させる。ただでさえ雨で柔らかくなっているので、泥を増やしてやれば、衝撃は吸収できるかもしれない。

 しかし、待て。

 魔力13。

 あまりにもしょぼすぎるが故に、渾身の攻撃は鼠に全く通じなかった。

 魔力13で13キロの土を操れるとして、13キロの土くれってどの程度だ?土嚢って一袋で30キロ位じゃなかったか?だとしたら、土嚢の半分の泥って……。

 だめじゃん。

 無理ゲーじゃん。

 人間、二階から落ちても打ち所が悪ければ普通に死ぬ。ここの二階は通常の三階か四階相当だと思う。痛いじゃすまない。

 いやいや、根本が間違えてないか?

 エレンはいった。

 あくまでも目安だと。


 俺の初期の筋力は12だった。でも、果たして12キロしか持ち上げれなかったかといえば、それはない。いくら不摂生な生活をしていたといっても、20~30キロのものを持つことは出来た。たぶん50キロくらいなら持ち上げることは出来たはず。もちろん、片手か両手か、腕だけなのか全身の力なのかで異なるが。

 だとしたら、魔力13でももう少し力はあるんじゃないのか?

 違うのか?

 いやいやいや、賭けをしている場合じゃない。

 生か死。

 失敗すれば即終了。

 じゃあ、どうする?

 考えろ!考えろ!考えろ!

 俺に出来るのはそれだけだ!

 ……。

 ……。

 一つの結論を出して、俺は覚悟を決めた。


 リモコンの決定ボタンを押すと同時に、イメージを現実世界へと引きずり出す。

 止まった世界でイメージを構築し、再生と同時に展開できるといっても、コンマ数秒のずれは存在する。魔法が現実のものとなる数瞬の間に、地面はあっという間に近づいてくる。恐怖に打ち勝ち魔法を現実の世界に引っ張り出す。

 大地と俺の体の間に土の壁が出現する。

 体全体を受け止めるほどの質量の土くれを現出させるのは俺の力に余る。

 だが、ミルフィーユのように空気の層と土板の層を重ね合わせたクッションならどうかと考えたのだ。土で作った本棚のような物体を俺の体が破壊しながら地面に落下する。


「がはっ」


 ベシャッと泥の大地に落ちたとき、全身を強打し激しい痛みが全身を襲う。だが、ギリギリのところで骨折というような大怪我には至らなかったらしい。痛みにあえぎながら空を見上げる俺の視界に、二階の窓からこちらを覗きこむ鼠と虎が映る。


「ちっ!」


 全身の痛みに悲鳴を上げそうになるが、辛うじて体はまだ動く。這いずるように体を起こして宿から離れるようにと地面を蹴った。


「誰か!助けて」


 雨音に俺の声はかき消される。

 走るのなんて何年ぶりだろうか?

 足が縺れそうになりながら、右足を、左足を必死に前に出す。背後から迫る敵を確認しようと振り返ると、獰猛な虎が眼前にいた。


 困ったときの一時停止。

 ぎりぎり間に合った。もしくは、ぎりぎり遅かった。

 低い姿勢で四足獣のごとく駆けて来た虎の魔族の顔が眼前、50センチほどの距離にあった。そして、彼の左腕、鋼鉄すら切り裂きそうな鋭い爪が迫っている。

 再生を押した瞬間、俺の顔は切り裂かれる。

 そんな未来しか見えなかった。

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