第19話 設定『強』!

 リュウは目覚めると、左手のリモコンを操作して電源を入れる。すると、MHKの夜のニュースが流れてきた。普段なら絶対に見ないはずのチャンネルに合わさっていることに、リュウの意識が覚醒される。


(…知らない天井だ…ってもう、古いか…昨日は、飯を食って、それからトイレに行って、そうか、魔法を使ったところで意識を失って…向上神…?一応確認するか)


 リモコンを操作して、自分のステータスを確認する。間違いなくレベルが上がっている。もちろん、ステータスもだ。体感的な実感はないが、強くなったのだろうかと自問する。操作できるものが限られているので、リュウは念のためにdメニューで天気を確認する。


 今日の天気は一日中雨、ちなみに明日もだ。実際、外からは雨音が聞こえていた。地図を拡大縮小して、現在地を確認するが、ほとんど進んでいないらしい。


(時速5キロで歩いていたとして、10キロの移動か。地図上の現在地はさほど動いている気はしない。この分だと、海岸近くの町まで、相当掛かるな。少なくとも一ヶ月以上は掛かりそうだ)


 地図を見ていたリュウは地図の下を流れるテロップに気がついた。


『昨日、勇者一行が魔王城を襲撃、しかし、魔王の圧倒的な力の前に勇者一行は壊滅。勇者は召喚獣を連れて魔王城を脱出。勇者は東に向かって逃走中』


(わー、ニュースまで流れるんだーって召喚獣って俺かよ!!!)


「リュウ?起きたのか?」

「あ、ああ」


 心の中の突っ込みが聞こえたかのように、部屋の向こうから呼ぶ声が聞こえる。リュウの動く気配を感じて、彼女も起きたのだろう。


「昨日はすまなかった。歩きつかれて体力の限界だと聞いていたのに、魔法を使わせてしまった」

「気にするな。おかげでレベルも上がったみたいだし、魔力も13になったんだぜ」

「そうか。それはよかった」

「それにしても、向上神か。ありゃなんなんだ。課題も糞みたいなもんだったし」

「最初の頃はそんなものだ。だが、魔力も13なら、もう少しまともに使えるようになるだろう」

「そうか?それはいいこと聞いた。よし、とりあえず、一度試してくるか?」


 外から入る日の優しさから早朝というように感じられるが、寝すぎたせいか、あるいはレベルアップの作用か目覚めがすっきりしていた。寝起きの尿意だけでなく便意も感じている。昨日の晩飯が美味しすぎたために食べ過ぎたのだろう。体を起こして、部屋を出るとパジャマ姿のエレンが立っていた。寝ぐせで少し乱れた髪の毛に、黄色と白のチェック柄のパジャマが乱れて右の鎖骨が大きく顔を出している。


「うおっと…」

「どうかしたのか?」


 小首をかしげるエレンに思わずどきりとする。慌てて体を反転させて、朝になると問答無用で元気になる体の一部に気付かれないように身を隠す。ジーパンのような硬い生地ならともかく、ジャージでは立派なテントの支柱となっている。


「な、なんでパジャマなんだよ」

「寝るときは着替えるだろう?いや、君の世界では違うのか」

「そうだけど。そうじゃなくて…いいから、ちょっと見えないところに移動してくれ」

「…わかったわよ。それじゃあ、私は朝食の用意をしているわね」


 彼女の気配が消えるのを待って、リュウはトイレへと移動する。そして、一通り済ませたところで、ウォシュレット魔法の実践へと進む。そこで、ふと気付く。右手に視線を落として、表と裏とひっくり返す。


(いや、これ、どうするよ?体内のマナの流れは感じられる。それを掌から出すことも出来る。だけど、どうすりゃいい?座っている状態で、掌を肛門に向ける?いやいやいや、ちょっと待てよ。掌から水が出たとして、これ、確実に自分に跳ね返ってこねえか?やべえ、詳しく話を聞くべきだった)


 リュウは掌を引っ込めると、目をつぶって体内のマナの流れを掴みとろうと集中する。掌からマナが放出できるなら、別の場所から出来るのではないかと、試行錯誤する。なんだったら尻からマナが出て行くイメージをすると、その通りにマナの流れをコントロールすることが出来た。それにあわせて、水のイメージをする。


 ジョボボボボボ


 水の落ちる音がするが、水はただ奈落の底に落ちるだけで肛門を掃除してくれない。なんだったら、水下痢が出ているようなものだ。


(まあ、そうなるよな。体からマナが出るイメージで魔法を使えばこうなる。だけど、どうするよ。マナは体から出て行くんだ。自分のほうに向かって流れるイメージをしろと?…いやいやいや、これ無理だろ。戻ってくるイメージをすると、体内からマナが出て行かない。5歳児で出来るなんてマジかよ。やべぇ。せめて葉っぱを用意してから試すべきだったか?どうする。考えろ!まだまだ手はあるはずだ。掌じゃ大きすぎるんだ。そうだ!水鉄砲の要領ならどうか?)


 リュウはまず何もない空間に向かって、手を指鉄砲の形にして目を閉じて集中する。すると、指先からマナが流れ出るのが感じられる。次の瞬間、ビシャという音が聞こえて、壁に水が当たっていたのが分かった。


(よしよし、俺天才)


 自分を褒めたところで、今度は親指を立てたグッドサインの状態で、親指から水が出るようにして、そこからマナが流れるイメージをする。いけそうだという感覚が浮かんだところで、又の間に右手を差し入れ、親指を肛門へと向ける。


(つーか、これで合ってるのか?すこぶる恥ずかしい姿勢なんだけど?)


 親指の先から出ているマナが水になるようにイメージをする。細い糸のような、煙のように立ち上るマナが実体化するのを感じ取った。それこそ、ウォシュレットのように水が噴出す様子を創造する。


「はぅ!!!!」


 強烈な勢いで飛び出た水が、肛門に直撃しておもわず情けない悲鳴を洩らした。


「おい!!大丈夫か」


 リュウの悲鳴を聞きつけたエレンが駆け寄ってくるのが分かり、慌てて声を上げる。


「大丈夫!!大丈夫だから、来なくて良い!!」


(設定を間違って『強』にしてしまったときのあの感じ。恐るべしウォシュレット魔法!!)


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