リィンの王国

たいらごう

死せる者に魂を

 草原を通り抜ける風の音に、時折鳥の鳴き声が混ざる。ただそれだけのフィールド、それがこの『ミドルスフィア』だ。

 人間が住んでいないにもかかわらず、魔物も住みたがらない。


 それはなぜなのか。


 それを調べるために以前大規模な探索隊が編成され、隅々まで調査されたのだが、得られた結論は「分からない」というものだった。ついでにフィールドの奥にある遺跡の探索も行われたが、秘密の通路も、隠し扉もなく、ただ大きな石像だけが置いてあるだけだった。

 こんな稼ぎにもならない場所には、冒険者も全くと言っていいほど寄り付かない。


 しかし、食べる物には困らない場所だ。

 フィールド内に点在する小さな森では、何種類かの果実や木の実を取ることができ、肉となる小動物も豊富にいるだろう。


 ではなぜ人間も住まないのか。その理由も単純なものだ。不便すぎるから。

 一番近くの町までですら、魔導バイクで半日以上もかかる。


「さて」


 まずは、『家』を探さなければならない。

 といっても、当たりはもうついていた。誰も使っていないのなら、あの遺跡を使わせてもらうとしよう。そこを拠点にすれば、しばらくはこの地で暮らせそうだ。


 ここならば実験のために造ったゾンビが間違って村人を襲うことも無ければ、リッチが大蜘蛛の巣に突っ込んでいって付近にいた冒険者パーティを大混乱に陥れることも無い。


 アンデッドを造る魔法『アニメイト・デッド』しか使えないばかりにパーティ行動が取れない。そんなネクロマンサーが隠遁するには、うってつけの場所だった。


 魔導バイクにまたがり、スイッチを入れる。駆動機がうなりをあげ、車体が私を乗せて浮き上がった。


※ ※


 王国にクーデターが起こったといううわさが流れたのは一週間前だった。その後、冒険者に「当面、パーティ行動しかしてはならない」というお達しが来た。それに一体何の意味があるのかは、政治や世の中の動向に疎い私には分からなかったが、パーティ行動ができないゆえにソロ活動をしていた自分が、もう冒険者として活動できないということだけは理解ができた。

 だから私は、隠遁することに決めたのだ。


 魔導バイクを走らせること五分、フィールドの西の端を示す白い岩壁が大きく見えてくる。

 ここまでに、食糧確保に便利そうな森がいくつかあった。さらに目の前にも一つ、小さな森が見えている。その森の外縁にバイクを止めた。ここで少し食料を調達しよう。


 森といっても、それほどの広さはない。なぜこのフィールドに小さな森が点在しているのかも、前回の調査では謎のままだった。


 腰に差した魔銃を確認する。魔力は十分に充填されていた。攻撃魔法を持っていないのだから、狩すらもこれでやるしかない。


 草原から、疎らに生える木々の間へと足を踏み入れる。けたたましい鳴き声と共に、薄緑色をした小鳥が木の枝から飛び立った。

 しかし、あれは食べられそうにない。


 しばらく中へと進む。小川も池もないところでなぜ森が存在できるのか。それを解き明かせば、このフィールドの謎も解けるかもしれない。


 ふと目の前に、何かが倒れているのを見つける。少し近寄ってみると、それが鹿だと分かった。

 この森にも食料になりそうな動物がいる。そう喜んだのもつかの間、その倒れている鹿の状態が、その喜びに水を差した。

 喉、そして腹。後幾つかの箇所が食い散らかされていたのだ。


「クマか?」


 それは肉食獣の存在を暗示していた。

 この鹿は、この状態では食料にできない。少し考えた後、私はアニメイト・デッドの呪文を唱えた。


『死せる者に偽りの魂を』


 黒い影が鹿を覆い、死んでいたはずの鹿の足が動き出す。よろよろと立ち上がると、臓物が幾つか地面に落ちた。しかし、そんなこともお構いなしに、鹿は軽く飛び跳ねながら、あらぬ方向へと走っていく。


「チャネリング」


 私が霊話を開始すると、鹿が足を止めた。そしてこちらへゆっくりと歩いてくる。

 鹿ゾンビでは戦闘の役には立たないだろうが、何かの気配を感じれば、私の代わりに反応くらいはするだろう。


 アンデッドを造ったところで、操れるわけでは無い。後を付いて来るには付いて来るが、何かに出会えば、逃げるか襲うかの二択になる。それが、彼らアンデッドだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る