第31話 ギルガン島

 ベイク達を乗せた船は、ギルガン島に到着すると、断崖に沿って少し回り込み、船着場を目指した。


 かつて栄えていたであろう港には向こうへ見渡す限りに広大な船着場が広がっていて、かなりの数の船が停められそうだ。船はゆっくりと近づき、縄を縛り付けて錨を下ろした。


 ベイクが先に飛び降りる。後にみんな続いたが、ルーザはなかなか降りられなかった。ハザンは手を貸してルーザを下す。


 波止場は静まりかえり、カモメの鳴き声すらしなかった。人がいないので魚を糧にする海鳥は、この港に立ち寄る理由がないのだろう。


 波止場には漁師の使ったと思われる網や縄がそのまま散乱していた。波打ち際には割れた木片や浮きに使われた木が集まって漂っている。日差しが強く橋桁の木はひどく乾燥していた。


 「気をつけて下さいね。それでは」操縦士は、本当に自分が彼らを帰って良いものかという顔をして、また船のエンジンを付けた。しかし、雇われた時にそういう契約だった。片道だけ。


 「ああ、ありがとう。お気をつけて」ヘカーテが手を振って答えた。


 「お、おい」ハザンはゆっくりと走り去る船を見て言った。「帰すのか?俺達が帰る時はどうするんだ?」


「また迎えを呼んであるさ。次は違う者が来る」ベイクが言った。「間に合わなければ、最悪ルーザが次元の歪みを持って来ているさ」


「あ、そうか」ハザンが言った。


 「でも」ルーザが言う。「ここで歪みを使えばラペには行けるけど、次、向こうからはここにしか来れないから、これを使うのは最後の手段よ」


「そういうこった。まあ間に合うだろ」 ベイクは港町の方へ歩き出した。


 港町は潮風を受けて、町の海に近い方から順にひどく朽ち果てていた。中には近代に石造りで作られた建物も混じっていて、辛うじて外壁を残してはいたが、それでも窓から入る潮風で室内はぼろぼろだった。


 舗装されていたと思われる往路の、石の間からは草が生え放題に生え、道の真ん中から我が物顔で立派な木が生えているところもある。


 「人がいなくなって、かなりの時間が経っているみたいね」ルーザが言った。


 どこを見てもひと気はなく、動物の骨1つ見つからない。どこかで鳥はさえずっているが、地上には生物の息吹が感じられない。


 港町が途切れ始め、急な坂を下って行くと、森林地帯の向こうからまた街が見え始めた。その街から向こうはなだらかにまた登っていっており、そしてまた森林地帯。その向こうにはうっすらと尖塔のようなものが覗いていた。


 「あの辺りが宮殿だろうか」ベイクが言った。


 「ああ。その向こうはまた海だな」カーが手で日差しを避けながら見つめた。


 「なんでこの島に人が住まなくなったか、あの船乗りさん知らなかったの?」ヘカーテはカー団長に訊いた。


 「なんせ、ずいぶん前からなんで、彼も知らないらしかったが、海の者にとってはこの島は、昔からあまりいいイメージがないので、みんな近寄らないそうだ。漁師でさえな」


「漁師が近寄らないってよっぽどだよね」ヘカーテは辺りを見回す。


 「休める場所を探して今日は休もう。な?カー団長」ベイクが言った。


 「ああ。まだ頭が揺れてんだよ」カーがそう言うと、ハザンとルーザがそろって笑った。




 5人がやっとこさ腰を下ろしたのは比較的崩れがひどくない旅籠だったらしき建物で、使えそうな部屋がいくつかあってちょうど良かった。


 旅籠の玄関を入ると広びろと感じ、天井2階までが抜けた受付があり、左手の階段から迫り出した廊下へ上がると、そこに客室が並んでいる。


 2階の奥からルーザ、ハザン、ヘカーテと部屋をとり、1階の受付台の奥にある、従業員用だったと思われる詰所にはベイクとカー団長が寝る事にした。ハザンが2階を見て回ったが、特にひどい汚れも見当たらず、ただ所々天井が崩れ落ちていたが、埃だらけのシーツを剥いでしまえば立派な寝床だった。


 夜も更けてきて、みんなは受付の前に集まって、持って来た物で簡単に食事をしたが、慣れない船旅だったのでみんなさっさと部屋に引き取った。


 狭い詰所で、床に膝をついてカーが言った。「静か過ぎるな」


その旅籠は無人と化した街の真ん中にあり、異常な静寂がさらに際立っていた。


 「まあ、あの太后が宮殿にいるとすれば、これくらい人は寄り付かなくてもおかしくないだろうよ。この島に帰ってきて住民に何をしたかなんて考えたらぞっとするな」ベイクはそう言いながら、カーが譲ってくれたベッドに遠慮なく寝そべっていた。


 「つまりは太后の夫はここの領主のギルガン様だったってわけだよな?」カーは昼間気分が悪かったのであまり話を把握できていなかった。


 「そうだ」ベイクはうとうとしていた。


 「利権を巡るクーデターで、追い詰められたギルガンや太后、子供達は家臣を連れて、船で逃げた。それで俺達の大陸に行き着いた」


「そう」


「んで、原住民と争い、ある程度の生活を取り戻した」


「んー。どの程度ギルガン本人が侵略行為をしたかは不明だ」


「そこでギルガンが死ぬ。病気か、戦かな」


「...。ふむ」


「太后と子供は父親を生き返らせて、かつての栄華を取り戻すために、人の道を外れる」


「...」


「太后はここに1人で舞い戻る。ここで夫の復活を待っているんだろうなあ」カーは推理を続けた。


 「ならば、どれくらいしてこの島に舞い戻って来たかは分からないが、当時ここに住んでいた住民は仇。もしくはその末裔という事になるな。この島の者を憎んでいたとしたら、太后はそいつらに何をしたんだ?」


 カーが見ると、ベイクは眠りについていた。


 その時、ルーザがどこかで悲鳴を上げた。




 


 

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