第7話 脆い

昼休み、何ともいたたまれなくなったので探究部の部室に向かうと、そこには斑目がました顔で本を片手に昼食を食べていた。どうやら友達が少ないらしい。


「お、二股くんがやってきたね」

「ひどい呼び名だ」


詐欺師とか嘘つきならまだ才能の片鱗へんりんが見えている感じがして格好良いのだが、二股と言われるともう悪口でしかない。


ただどうやら、噂が広まっていることは班目の耳にも届いているようだった。


「まあ、順調と言えば順調だな」


依頼の方はもうすぐ片が付きそうだ。何ともスピード解決である。


「ちなみに、どうでもいい話ではあるんだけど、君の方に例のストーカーちゃんから接触とかあったかな?」

「どうでもいいで片付けるな。もしあったらどうするんだ。……まあないけど」


どうでもいいで片付けてしまう斑目が末恐ろしい。


それからクラスの様子だとか、実害はあったのだとか訊かれたので、まあ特になしと答えると班目は珍妙ちんみょうな顔をした。


「へぇ……」

「何を意外そうに。なんだ、何かお前にはあったのか?」


どうも辻褄つじつまが合わない顔をしていたので問い返すと、斑目は平然とした態度で「うん」と答えた。


「……おい、何があった。教えろ」

「怖い怖い。柊くん、落ち着いて。大したことじゃないから」


まったく早とちりするなぁ、と悠然ゆうぜんとしている斑目に多少の苛立いらだちを覚えつつも、彼女の説明を待つ。


「別に何かされたわけじゃないよ。そういうのじゃなくて、『柊とは別れた方がいいですよ』みたいにアドバイスされただけだから」

「……別れた方が……?」


その言い方に奇妙さを覚える。


それではまるで……


「そう、二股の相手の片方が私だってなってるらしいんだよ。まあ柊くんの耳には入らなかったみたいだけど」

「……はあ?」


俺と斑目が?


事態が飲み込めずにいると、斑目が補足を入れてくれた。


「単なる予想だけど、柊くんが二股してるって情報を得た誰かが、勝手に相手の1人を私だと勘違いしたんじゃないかな。ほら、柊くんと一緒にいる女子ってこの学校じゃ私だけでしょ?」

「まあそうだが」

「二股ってなるともちろんした側が誰なのか気になるけど、それと同じくらいされた側が誰なのかも気になるでしょ? そこでそこら辺の気の利いた人がその相手を私にしたんじゃないかな」


こういうところで『気の利いた』と言ってしまえる班目の言葉は素敵に思えたが、「ヒノキ板」の方がまだ良かった。気を利かせてくれなくて良かった。湿気で縮みそうな方が良かった。


「それで、班目の名が出てきたおかげで一気に噂が爆発して、たった1日でここまで広がったってわけか。納得だな」


噂という俗世間ぞくせけんの代表みたいなものの中に、斑目という聖人代表みたいなやつの名前が出れば誰かに話したくなるのは自然だろう。噂が広まるのも簡単だ。


「じゃあその勘違いをしてくれたやつには感謝だな。そいつのおかげで噂が広まったわけだし」


もともと数日かかる予定だったものがたった2日でここまで来たんだ。もうやることもない。


班目も無機質むきしつに「うん、そうだね」と返す。冷たく、静かに。


「じゃあまた」

「また明日ね」


思えば斑目はこの時『また明日』と言った。

彼女は少なくともこの時点で全てを分かっていたのだろう。




放課後、昼休みと同じように探求部へ行き鱈井と情報交換をしようと思っていると、教室を出たところだった。


急に3人の男子生徒に取り囲まれ、逃げ場をなくすように教室のドアも閉められる。


「柊、話があるから顔を貸さんかい」


髪の毛を全て後ろに流して一つにまとめている男から声をかけてくる。


その声に怒気どきが含まれているのは誰にでも分かることで、騒ぎになり人だかりができる。


「おい、どこを見とるんじゃ。拙者せっしゃの方を見んかい!」


声を張り上げてくる男だったが、しかし、その顔と口調には覚えがあった。


「お前……剣道部の」

「いいからこい!」


手首を血流が止まるほどの握力によって掴まれると、そのまま階段を降り上履きのまま校庭に連れて行かれた。


そこは――本人は意識していないだろうが――どの教室からも見られる格好の処刑場である。


その中に投げ捨てられた僕は尻餅をつき、そんな僕を目の前の男たちをはじめとして無数の視線が上から突き刺さってくる。


「おい、柊‼️ 今回の話は本当なのか⁉️ 答えろ!」


あまりの声量に空気が揺れるのが感じる。


その男は剣道部の主将である柳生やぎゅうだった。去年の夏頃に出会った人間だ。


当時剣道部で起きた問題を班目が解決したことで、彼女に感謝や一種の憧れみたいなものを持っている。


元から曲がったことが嫌いなタイプで、部活内のトラブルも不良の部員をどうするかという問題だった。


「待て、落ち着いてくれ」

「早く答えろォォ!」


竹刀しないを床に叩きつけて、地面から体全体に振動を感じる。


「ご、誤解だ。別に僕は班目と付き合ったりしていない」


柳生という男に対して下手な嘘を吐こうというというのは悪手あくしゅでしかないので、言える範囲の中で話せることを正直に伝える。


班目としても僕とそういう関係にあるというのは評判に傷がつくのでここは否定しておいた方が良い。


そう思って出来うる限りの弁解はしたのだが。


「…………すまん……」


僕の言葉を聞いた柳生は、何故だか急に申し訳なさそうな顔をする。


思わぬ反応に僕も困惑してしまう。


それから、ぽつりぽつりと柳生が悲しげに語りだす。


「お前のことは信用していた。班目がそばに置いているということもあって、噂に聞くようなやからではないと思っていた」


たしかに柳生は最初こそ僕に否定的な態度を取ってきたが、斑目の手伝いで問題解決に協力していくうちに仲良くなった。学校内で話せる数少ない人間の1人だ。


しかし、そんな関係でも。


「……今の柊の言葉を聞いて、信じることができん……。頭ではお前がそういうことをするような奴ではないと分かっていても――信用することができんのだ……ッ‼」


こんなに簡単に、もろくも崩れ去ってしまうのだ。


こういうことは、去年たくさん経験してきたのに、それでも。


「…………ははっ……」


笑うしかなかった。まるで諦めるように、まるであざけるように。


「悪い、柊。御免ごめん……‼️」


そのあと柳生や他の2人から竹刀で何度も何度も叩かれた。


だがその痛みは、むしろ心地よかった。

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