第2話 柊冬樹

 県立北月高校。僕は敬意と愛着を込めて「背中高校」、略して背高と名付けているが(もちろん廃校に掛けて)、県内一の進学校である。


 1学年に400人いて、僕はその2年生の1人にすぎない上に落ちこぼれの部類に入るので、胸を張ることは出来ないがまあなんとか登校はしている。


 とはいえ、夢に描いたような高校生ライフではなく、彼女はおろか友達さえいないという始末。


 唯一の友達と言えるかもしれない班目はひとつ学年が上で部活しか会わないから、学校生活の大半はぼっちである。


 ただ、ひとつ言い訳させて欲しい。


 僕は別に他人とコミュニケーションを取ることが苦手だとかそういう類の人間ではない。


「詐欺師」とかいうニックネーム、もとい、にっくいネームを付けられたことによりクラスで浮いてしまったのだ。


 4月の初めだからまだ友達が出来ていない生徒もちらほらいるが、僕に関しては1年間出来ないのだろう。


 そんな行くあても無い独白(モノローグ)をしたところで、クラスの真ん中でどっと盛り上がりが起こる。


「えっ、千里ちさと彼氏できたの⁉」

「ちょっとー、大声で言わないでよー!」


 クラスの人気者にして学校一の美少女、朝川あさかわ千里に彼氏ができたらしい。


「ねっねっ、いつからいつからー?」

「うーんとね、一週間前くらいから?」

「おー! お相手は?」

「うーんと、内緒、かな?」


 内緒らしい。そんなに興味はないが。


 とはいえ、朝川千里と僕には接点がないわけでもない。むしろ友達のいない僕にとっては班目の次に関わりが深いと言ってもいいのかもしれない。


 日陰ひかげ者の僕がそんなことあるはずないという意見も来そうだが、もちろん良い意味でのつながりではないと釈明だけはしておこう。僕から彼女に関わる気は毛頭ないし、彼女だってお断りのはずだから、僕たちの関係はもう終わっている。


 ただ、朝川の話題で湧き立つクラスの雰囲気に居心地の悪さを感じた僕は、担任の話が終わるや否や部室に向かうことにした。




『探究部』と書かれた表札が扉にかけられている部屋に入っていく。


 中には長机が一つと本が棚に入らず山積みにされているだけ。本の物量に任せて寂しさをまぎらわせているが、構成要素だけを見ると質素なものだ。


「お、来たね。さすが友達が少ない」

「お前も人のこと言えないと思うけど」

「私は孤高。君は孤独」


 高尚こうしょうなことを口にしているように見えて、実際はただの悪口。それを標準装備にしているのが、この探究部の二人の部員の片割れ、斑目雫まだらめしずくなのである。


 容姿は、神が作ったような美しさを持ちつつも、人が手を加えたとしか考えられないほどの精緻せいちさ。

 だがミステリアスな部分が彼女を孤高たらしめ、高嶺たかねの花に押し上げている。彼女にとってそれは都合の良いことなのかどうか。


 そしてもう片割れが僕こと柊冬樹ひいらぎふゆき。平凡な見た目、平凡な頭。なぜこの学校に入れているのか分からない。


 その月とすっぽん、というか太陽とすっぽんぽんみたいな分不相応ぶんふそうおうな二人でやっているのがこの探究部なのだ。むしろこれくらいが釣り合いも取れてちょうどいいのかもしれない。


「また本を読んでるし」

「なんだい、構って欲しいのかい? すまないね、構ってやれなくて」


 彼女は哲学書ではなく小説を好んで読む。なんでも「人の決めた考え方には興味がない」とのこと。


 僕も彼女に影響されて、有りていに言えば憧れて、小説を進んで読むようになった。


 だから、部活動の内容の大半は二人で本を読むこと。


「いやな? 本を読んでるだけでこの部活は成り立つのかと心配に思ってな」

「大丈夫。何度も言っているが、君が居ればこの部活は活動していることになる」

「ふむ」


 僕がいなきゃ生きていられないってことか! これはもはや告白みたいなものじゃあないか。


「僕が居なきゃ困るなら、それならしょうがない。今日も部活を頑張るとするか」

「あ、でも今日は居なくてもいいかもね」


 上げて落とす。えげつない手法だ。僕じゃなかったら部活辞めてたぞ。


「どうしてだ?」


 一々ツッコみを入れてもしょうがないので理由を訊くと、彼女は本を閉じてこう言う。


「今日は――依頼人が来るから」

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