神剣のカミリ

神月 龍星

第1話 徳川カミリ

  キーンコーンカーンコーン


「では、挨拶お願いします」


  クラス委員長である生徒の授業終了の挨拶が、俺の目覚ましである。


「こら! 徳川君、毎回言ってるけど、挨拶のときくらい立ちなさい!」


  俺はひとつ欠伸をしてみせると、ゆっくりと立ち上がった。

  教室の時計によると、今は六時限目であり、それもたった今終わった。学校ももうすぐ終わる。

  先程、俺を叱った先生と交代に、今度は別の人が入ってきた。担任だ。


「今日はダルいから終礼なしで。じゃあ、解散」


  俺の担任である大崎は、その太い腕をアピールしているかのような白いタンクトップを着ている。

  大崎は学校の中で終礼短い担任ランキングのダントツ一位に選ばれる程の猛者なので(今日みたいになしの日もある)、生徒からは人気がある。

  大崎が教室から出ると、クラスメイトの一人が俺に近づいてきた。


「徳川くん、今日の夜ちょっと空いてる? 空いてたら家に遊びにきてほしいんだけど……」


  この声の主は豊臣とよとみ 妖花ようかだ。俺は人の名前を覚えるのは苦手だが、この人のことは覚えている。

  なぜかって? それは……超絶可愛いからである!


  クラスのマドンナであり、スタイルも良くて、顔も小さい。

  そんなメインヒロインがただのmob顔に何の用だろう? まあ、その顔で言われれば大抵のことは何でもOKしてしまうのだが……

  ただ、夜は先約がある。


「ごめん。夜は他の用事があって……」


「そう、残念。じゃあ、また明日ね」


  がっかりしている顔を見ると、もう土下座でもしてしまいたくなる。男というものはこういう生き物なのだ。

  話を戻して、夜に一体何があるのかというと……


 ■


「さあ、はやく着替えろ! 任務が待っておるぞ!」


「うるせぇよ、じじい!」


  家に帰ると、とびきり大きな罵声が響き渡る。

  再びじじいの罵声が放たれる前に、自分の部屋へ戻った俺は、クローゼットの中に収納している着物と刀を取り出した。


  そう、これこそが夜の先約だ。先約というよりも、仕事といった方が合っているのかもしれない。といっても、普通の仕事ではない。全人口70億人の中で一握り程度のごく少数しか出来ない仕事、その名前は……


「おい、カミリ! お前は十五代目神剣術士長になる男なのだぞ! 着替えくらいパッパと出来ぬのか!」


  台詞とられた……

  俺はじじいによって開け放たれたドアを閉め、鍵をかけた。


「コラ! 尊敬すべき師匠になんて事をするのじゃ! はやくこのドアを開けんか!」


「誰が師匠だ、バーカ」


「こ、このぉ……! 開けろ開けろ開けろ開けろ開けろー!」


  さて、少し邪魔は入ったが、話を戻そう。

  先程じじいが言った通り、俺は神剣術士という仕事をしている。これが何なのかというと、簡単に言えば、妖怪の除霊だ。


  昔、この地球という星に妖怪が現れた。妖怪は通常の人には見えない。妖怪は人を一人、二人と殺し……、地球上のたくさんの人々の命を奪い取った。


  しかし、どの時代にも例外は発生する。

  現れたのだ、いわゆる"霊感"のある者達が。

  彼らは考え、戦い、血を流し、そして一つの思想に繋がった。妖怪という存在があるのなら、皆が拝み、讃えた"神"という存在もあるのではないか、と。


  剣に神の力を宿した"神剣"を振るい、いくつもの妖怪を地獄へ葬ってきた神剣術士一族・徳川家、その十五代目の長が、俺という訳だ。


「おい、カミリ! はやくしないとあんたの爺さんがドアをびち破っちまいそうだよ!」


「うげっ! 本当だ」


  俺の相棒である白烏のハクビは、声帯が優れており、人の言葉を話す事が出来る。

  急いで先程取り出した赤い着物を身につけ、刀の形をした神剣を手に取ると、部屋の窓からハクビと共に飛び出す。


  ボギッ!


「ハッハッハ! 見たか、カミリ! わしがドアを突き破ってやったぞ! ガハハハハ!」


  じじいは一人ぼっちの部屋で、自分の頭突きに歓声を上げた。


 ■


  俺とハクビは共に森を走っていた。


「ここの近くだよ、妖怪の気配がするのは」


  ハクビは妖怪がどの付近にいるか、自分から半径一キロメートル以内なら測る事が出来る。

  俺とハクビは走るのを止めると、今度は神剣を柄から取り出した。剣身は赤く染まっている。


  目を閉じ、空気を感じる。威圧のようなものがないか、集中して感じようとする。

  すると、ツンとしたかすかな違和感を覚える。

  その方向に体を向け、目を開くと、カサカサ、という気色の悪い音が聞こえる。


  ザザッ


  茂みから出てきたのは大きい蜘蛛だった。


「こいつは妖怪"毛蜘蛛"! 茶色い体表の毛には毒が含まれているから気をつけて!」


  毛蜘蛛が前に出ると同時に後ろへステップすると、今度は左に飛ぶ。毛蜘蛛の後ろに回り込むと、俺はすかさず剣を振る。

  すると、剣身は熱くなり、熱気を放つ。周りには炎を纏い、剣の軌道が赤く光る。


  剣先が毛蜘蛛の体を切り裂くと、断面から紫の血が吹き出て、動かなくなった。それと同時に、剣に纏っていた炎は消えた。


「おかしいねぇ……。倒したはずなのに、まだ気配がするんだよ」


「いや、こいつは死んでるぞ。もうピクリとも動かねぇ」


「じゃあ何で……まさか、もう一体!」


  ドン ドン ドン ドン


  物凄く大きな足音が聞こえる。

  ガサガサ、と揺れる奥の方の茂みから何かが突進してくる。


「カミリ、跳んで!」


「ぐっ、はあ!」


  ハクビの声を聞き、とっさに大きくジャンプする。

  俺の足をスレスレで通っていったのは、とても大きな妖怪だった。


「こいつが、気配の正体だよ」


  それは、さっきの毛蜘蛛の風貌と似ていたが、大きさが尋常ではなかった。


「先手必勝!!」


  俺は剣を構え、走り出した。

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