第11話 鉱山での戦い 2
鉱山内での遠隔冒険を始めてからおおよそ三時間。時刻はちょうど昼時となった。
自分達の都合に合わせたタイミングで、きちんと休息が取れる。しかも食事なども携行食ではないものが摂取できる。こういうところも、在宅勤務の利点が存分に発揮されるところだ。
冒険の手を止めた俺達を労ってくれたのは、サリナ先生による温かい昼食。サリナ先生は料理上手である上に、俺達が手を休めるタイミングを見事に読み取って料理してくれたので、これ以上ない保養となった。
庭先に出したダイニングテーブルの上に並ぶのは、茹でたてのパスタ。それをフォークで巻き取りながら、俺は少し前にサリナ先生と交わした言葉を思い出していた。
鉱山内のどこかにいるであろう、
先ほどまで多くのバレルスネークとレッドバットを相手にしていて、いよいよ予想は確信へと近づいていった。
最初こそ細々と出現していたモンスター達が、鉱山の奥へと進むに連れて数を増していったのだ。
本当に餌を求めて侵入してきただけならば、モンスター達はもっと均等に散らばっているだろう。
道を進む度に彼らが勢力を増している理由は一つ。ボスがいるであろう拠点を中心に、警戒態勢をとっているからだ。
低レベルモンスターを蹴散らすだけならば何も問題はないが、果たしてこの在宅勤務、ボスにも通用するだろうか。正直に言って不安だった。
せめてボスモンスターの正体が分かればいいのだが。最初のように、俺達の目となる竜蟲が仕留められてしまうようなことがあったら、それこそこのクエストのクリアは難しい。
「イフトさん、お腹空いてなかったかしらぁ?」
「え? あ、いや、すみません」
俺はフォークに巻いたままのパスタを口に運んだ。
「ボスモンスターの正体が気がかり、なんですね?」
サリナ先生は人の心をよく読むなと、感心した。
俺が小さく頷くと、彼女は紅茶のおかわりをカップに注ぎ終えてから言った。
「偵察を出してみては?」
「偵察?」
「そうです。モンスター排除の手を少し休めて、洞窟内を一通り見て回るんです」
少しだけ思案してから、俺はシルフィーを見て言った。
「できるか?」
「んー、今のところ竜の目が問題なく使えてるから、さっきみたいにモンスターに食べられちゃうようなことがなければ、行けるところまでは行けそうだけど…………ボスモンスターがいるなら、洞窟の奥に行くほど瘴気が強くなるからなぁ。竜蟲がどこまで耐えられるか分からない」
まあ、そうなるな。
すると、サリナ先生がシルフィーに優しく問いかけた。
「ねえシルフィー、竜の目以外に現地視察をする方法は無いのかしら?」
「へ?」
シルフィーだけでなく、俺を含め残りのメンバー全員がサリナ先生に注目した。
「要は現場の状況が把握出来れば良いのでしょう? 遠く離れた場所から現場を見る時、どのような方法があるかをよく考えてごらんなさい」
腕組みをするシルフィーから唸り声が聞こえてきた。
サリナ先生が続ける。
「戦う必要はないわ。ただ見ることしか出来ないけれど、干渉を受けなくて済む方法」
「…………見るだけでいい…………なら、
「ダブル?」
シルフィーの回答を受けて、サリナ先生が拍手を送りながら微笑んでいる。
ということは、それが坑道偵察を行う手段の正解ということだろう。
「うん、体内魔力を放出して自分の分身みたいなのを作るんだ。ただ、魔力で象っただけの分身は、形を保つので結構エネルギーを食うから、攻撃を受けたりする衝撃ですぐに弾けちゃうの。それに、魔力を放出した人は疲れちゃって、ほぼ一日動けなくなっちゃうんだよね」
「なるほどね」
その分身を坑道内に送り込み、散策をするわけか。聞くところによると、ダブルで作られる分身は生物的要素が無いため、竜蟲と違って瘴気の影響を受けることはないそうだ。
また、その分身は“質量の無い実体”ということで、物理的に触れることが可能。偵察任務だけを任せるならば、手段としてはこの方法で充分だろう。
さて、そこで考えなければいけないのは、誰の魔力を使うのか、だ。
「…………ダブルで分身を作れるのは、魔力を持つ俺とマーブルとシルフィーの三人。そして、ダブルを使用したら、その人物は実質、戦線離脱ということだな?」
「そうだね」
「ハーイハーイ! ならアタシがいいジャン! 今回の冒険、一番楽してるシ!」
マーブルの立候補については、俺も賛成である。
彼女が楽をしているとは言わないが、今回の冒険における役割分担を考えれば、確かにマーブルの抜けた穴はなんとか他で補える。
彼女の好意に甘えるか。
「待て、イフト。マーブルの気持ちは有り難いが、こいつを使い捨てるみたいな、そんなことするのか」
「んー、確かにマーブルの気持ちをなんの抵抗もなく受け取れるかというと、ちょっと心苦しいかなぁ」
「デモデモ、それしかないジャン」
こういう場面に直面した時、俺はいつもパーティーリーダーとしての手腕が試されているのだと、自分を戒めるつもりで判断を下す。パーティーメンバーは俺の仲間であると同時に、配下、部下、駒、そういう割り切った考えをしなくてはいけないことがあると思っているからだ。
当たり前の話だが、捨て駒としての利用はもちろん絶対にしないし、彼乃至彼女らの安全を守るのはもちろん、冒険者としての経験を積み上げて成長してほしいとも思っている。そういった感情の上にある仲間意識には、リーダーやメンバー間に上下関係も無く、誰もが平等であって然るべきだ。
だが、パーティーとしての目的であるクエストクリアを考えると、リーダーを務める俺が客観的な視点から最良の判断を下さなくてはいけない場面がどうしたってあるのだ。
もっとシンプルに言えば、自分達の稼ぎを得て生活を持続させるために、選ぶべき道、譲れない時というものがある。間違いなくある。
冒険者パーティーの舵取り役として、リーダーはその葛藤に悩まされる立場なのは、俺の親父を見ていた頃から考えていたことだ。
「ま、憎まれ役もリーダーの務めか」
「ということは?」
「やっぱりマーブルに頼むか」
マーブルは嫌な顔をすることもなく、力強く頷いて承諾してくれた。
「ごめんな、マーブル」
「イイよ。だってイフトは、ソンナ程度で恨まれるような悪い人じゃないもんネ」
俺がこういう判断を下せるのも、悪いメンバーが一人もいないからこそだな。それは言葉にしなくたって、きっとみんなにも分かっていることだろう。
話がまとまりを見せようとしたその時、シルフィーが手を挙げた。
「あのぅ」
「ん? どうした?」
「ダブルを作るのさ、私でもいいなと思って」
意外な申し出に驚いた。というか、それは受け入れ難い提案だ。
「シルフィーが戦線離脱したら、遠隔冒険が続けられないだろう」
偵察が終わったら、いつも通り竜の目を使った遠隔での冒険があるのだ。彼女が潰れてしまうわけにはいかない。
しかし、シルフィーの表情は冗談を言っているのでもなければ、マーブルを気遣って悪手を選ぼうとしているものでもなかった。
「確かに戦闘は無理だけど、回復薬を使えば転移魔法ぐらいは頑張れるよ。それに、私も初めて在宅勤務をした時のスタイルが間違いなく良いとは私も思ってなくて」
「どういうこと?」
「在宅勤務を一人でやっていた時、確かに効率が良いなと思ったし、新鮮で楽しかったんだけど。みんなと一緒にいけないのはやっぱり寂しかったんだよね。だけど、今はみんなと一緒にやっている。私、最初はこんなことになるなんて思ってもなかったから、すごく嬉しいの。もっといろんなやり方を試してみて、みんなでもっと楽しく冒険できたらいいなって」
そう言えば、俺が初めて全員での在宅勤務を提案した時、一番驚いていたのはシルフィーだったな。
シルフィーは新しいものにも意欲的に取り組んでくれる。だが、そういった性格は頼もしい反面、常に孤独と隣り合わせであることは想像に難くない。
もしかしたらシルフィーは、在宅勤務をたった一人で取り入れた時も飄々としていたようで、裏では俺たちの反応にすごく怯えていたり不安を抱いていたりしたのかもしれないな。
だが、今はそういう不安もみんなで共有できる。以前よりも勇気を持って進言できる気持ちはよく分かる。
ただし。
「そうは言っても、あれこれ試そうと詰め込みすぎちゃ、クエスト失敗につながるぞ」
そこで、シルフィー側に思わぬ助け舟が現れた。
「イフト、シルフィーの言う通りにやらせてみたらどうだ?」
その声はブリオだった。まさか彼からシルフィーの提案を受け入れるような発言が出るとは思わなかった。
それは他のメンバーも同じだったらしく、みんな一様にして言葉を失ったままブリオを見た。
「なんだ、俺がこんなこと言ったら意外か?」
「…………雪降るかもな」
「バカ言うな、晴れてるだろ。一つ言っておくがな、俺は別にシルフィーのことを全て否定しようとは思ってない。良いと思ったら肯定もするさ。現に今シルフィーが言った方法を取れば、マーブルももれなく最後まで付き合えるじゃないか」
「そりゃあそうだが」
全員でのクエストクリアに重きを置くブリオ。
全員で新境地を開拓することが望みのシルフィー。
そりゃあ、俺だってマーブルに最後まで参加してほしい気持ちが一番大きいんだ。
シルフィーを見やり、俺は最後の確認を込めて言った。
「大丈夫か? 厳しいこと言うが、この偵察が上手く行くか否かで今日のクエストの命運が決まる。今日一番の責任がかかっているとも言えるぞ」
本当に嫌な言い方だとは思った。そうは言ったって、ダメだった時は依頼失敗の責を俺が被ればいいのだが、あえて厳しく言ってみた。
シルフィーの提案は、試してみるべきとも思う。しかし、実際にそれで今日の稼ぎが無くなってしまう可能性があるわけだ。
楽観的に見れば、クエストの内容から考えても、今日が失敗したところでまだ挽回はできる。
だが、その余裕に甘えてはいけないのだ。新しい方法を求めて失敗を重ねることも大事だが、それを続けてもなお、食べていけるほど俺たちに余裕はない。
彼女の考えを満場一致で受け入れるならばこそ、一部には厳しい目を残さなければいけない。
「大丈夫! イフトは知らないだろうけれど、サリナ先生の作る回復薬って本当によく効くんだから!」
彼女の言葉を聞いて、それならばこれ以上とやかく言う必要はないだろうと思った。
なぜなら、リーダーを務める上で俺がもう一つ心掛けていることがあるからだ。
「そこまで言うなら…………早速やってみるか」
それは、メンバーに対する信頼を俺が一番に持たなくてはいけないということだ。
◆◆◆◆◆◆
まずは、転移用魔法陣の用意をした。
坑道内の安全な場所に、非物理接触タイプの転移魔法陣を発動。庭先にも入り口を出現させて、坑道内に通じる道を用意しておく。
転移魔法は本来、発動させるには一度転移先に赴く必要がある、というのが少し前までの通説だった。それは、目的とする場所が有する魔力を感じ取り、行き先を特定するためだ。
実際に足を運んだことがなくても、魔力の痕跡を残すことで転移が可能と分かったのは、ここ数年で浸透し始めた魔導学研究の成果によるものだった。今回の魔力痕跡は、ずばりシルフィーの使役する竜蟲となる。
それでも、術者の高いレベルを要する方法であるから、誰もが簡単に真似できることではない。
シルフィーは更にこれからダブルを行おうというのだから、彼女の器用さ、優秀さには頭が下がる。
「じゃあ行ってくるよー」
その言葉を残してから、シルフィーが椅子に腰掛けながら目を閉じた。
瞑想をするか居眠りをしているみたいに、シルフィーの体は呼吸に合わせて小さく動いている以外、まるで活動している様子がなくなった。
そして次の瞬間、シルフィーの口の中には白い影のようなものが見えるようになった。
それは次第に、口腔内に収まってくれるようなものではなくなり、溢れ出てきた時には影ですら無くなっていた。
粘度のある白い煙だ。
シルフィーの体を辿って地面にこぼれ落ちたそれは、最初こそモゾモゾと蠢いていたが、少しずつ細長い形状を作っていき、次第にそれは各方面から枝を伸ばし、それが四肢や頭となっていった。
ものの十五分ほどで、影はシルフィーの姿へと変貌していった。驚いたことに、服などの装備品もきっちりと再現されているのだ。
「分身か…………まるで本人と見分けがつかないな」
「確かに」
俺とブリオが感心したように言っている側で、サリナ先生は早速、回復薬の一本目をシルフィーの口に当てて飲ませていた。
一人歩きするようになったシルフィーの分身は、言葉を発することもなく魔法陣へと歩いていく。
そして本体のシルフィーは、魔法薬を少しずつ摂取しながら気怠そうな表情で、分身の歩く姿を目で追いかけた。
「体調とかは大丈夫なのか?」
「なんかねむーい」
「おいおい」
元々体力が低い彼女は、早速疲れが睡魔となって現れているみたいだ。
シルフィーの話では、ダブルで作り上げた分身の五感は、魔力供給元にフィードバックされる。今回の場合で言えば、シルフィー本人だ。
俺たちにその感覚を共有することはできないので、偵察の内容は彼女から伝えられる口頭のみとなる。
歩いていった分身は、あっという間に魔法陣をくぐり抜けて姿を消した。俺たちの前には弱ったシルフィーがいるだけだが、彼女の視線がキョロキョロと動いている様子からして、おそらく坑道内の分身と視点が重なっているのだろう。
「どうだ、シルフィー」
「んー、みんなで冒険している時は全然気づかなかったけど、坑道の中って暗くて怖い」
そう言いながらシルフィーは、片手に乗せた水晶を掲げて見せた。
水晶の中には、シルフィーの分身が坑道の奥へと進んで消えていく姿が映っている。この映像は坑道内の竜蟲が見ているものだ。
「竜蟲はここでお留守番だな」
「安全が確認できるまではね」
しばらくは彼女の探索をただただ待機して待つ、という時間が過ぎていった。
その後、ボーッとしたシルフィーから声が漏れ出る。
「あー、いたー」
「ボスか?」
「うん」
シルフィーの言葉を聞き、ブリオが身を乗り出して聞いてくる。
「何がいる? ボスモンスターの種類と、周囲に引き連れている配下モンスターの数、それと戦闘できそうなスペースなどの状況報告をしろ」
「モンスターは…………
「フロッグラグーン? こりゃまた」
「なんつーか、デカイのがいるなぁ」
思わずため息が漏れる。
フロッグラグーンは、岩のように硬い皮膚を持った巨大な魔族だ。体長は三メートルを超え、バレルスネークを好んで食べる。
「配下モンスターは…………バレルスネークがいるって言えばいるんだけど、フロッグラグーンにパクパク食べられてる。数は多くないかな」
俺とブリオは顔を見合わせた。どうやら見解は一緒だな。
バレルスネークは配下でもない。どうやらこの鉱山は、フロッグラグーンの食糧庫として利用されているらしい。
「フロッグラグーンのいる場所はいくつもの坑道が繋がる七叉路交差点だから、結構広いね。大立ち回りができそう」
「まあ、シルフィーの分身が身を潜めていられるわけだし、さっきまでみたいな細い道筋ではないだろうな」
「そもそもフロッグラグーンが入るくらいなら、大部屋でないとおかしいからな」
「んー、ボス部屋の周りもちょっと見て行こうか?」
「いや、いいよ。フロッグラグーンは瘴気をほとんど発しないから、竜蟲も問題なく近づけるモンスターだ。偵察は切り上げて、再び竜の目視点に切り替えよう」
俺の指示を聞いて、シルフィーが頷いた、その瞬間だった。
「キャァッ!」
「何!? どうした!?」
シルフィーが突然悲鳴を上げたかと思うと、じっと俺の顔を見て泣き出しそうに言った。
「引き返し始めた途端、目の前にバレルスネークが現れて…………と思ったら、バレルスネークもろとも炎系魔法で攻撃されて分身消えちゃった」
「はあっ!? 誰だ、そんなことするのは!?」
ブリオが問い詰めるものの、「一瞬だったから顔まで見えなかった」とのことだ。
他の冒険者がいたのか? それともモンスター側に魔法を使用する奴がまだいたのか?
勝手な推測ではあるが、もし俺の予想通りだとしたら少しまずい。
「シルフィー、すぐに竜の目に切り替えて、ボス部屋まで行こう。やれるか?」
「う、うん。大丈夫」
「少し急いだ方がいい。早くしないと、おそらく被害者が出る」
俺の予想が外れてくれているといいのだが。不安が募るまま、俺は急いで戦闘準備を進めた。
<続>
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