第9話 ギルドにて

 サリナ先生の家で朝食をご馳走になってから、俺とシルフィーはファレンシアの中央広場にやってきた。

 この広場の四番通り入り口に門を構えているのが、冒険者のための組合ギルドだ。

 冒険者が受注するクエストは、基本的に全てこのギルドが一括管理している。国から発令される公的依頼イベントクエストの発信だけでなく、民間人の依頼を受ける窓口を兼ねており、毎日多数の依頼が舞い込んでくる場所である。

 また、ギルドはクエストを発行するためだけの場所では無い。

 現在ではほとんどの冒険者が、自分たちの身分をギルドに登録しており、ギルドはその冒険者達のレベルに見合ったクエストが平等に行き渡るよう、管理体制を敷いている。

 ギルドは大抵大きな都市機能のある町などにあるため、フローラ村のような小さい村では、ギルドと提携契約を結んだ酒場などが、依頼掲示板クエストボードを設置して冒険者達を迎えているケースが多い。

 ファレンシアのギルドは、中央広場に面した立地ということもあり、朝の早い段階から大勢の冒険者で賑わっている。ファレンシア内の酒場もギルドと提携している店舗はあるが、本物のギルドは規模が違う。

 分厚い木製の両開き扉が朝の八時から開放され、建物の中には受付嬢が十人体制で並ぶカウンターと、二十人は雑魚寝できそうな大きな壁掛け掲示板が設置されている。天井は建物の二階まで吹き抜けた構造となっていて、建物の脇にある階段を登っていくと、新規冒険者の申請窓口や、予約制で利用できるミーティングルームなどがある。更に上の階は、遠征してきた冒険者達が利用する宿泊施設となっている。

 他所から来た冒険者に聞いたことがあるのだが、ファレンシアのギルドは施設が非常に立派らしく、人気が高いのだそうだ。

 シルフィーと共にクエストボードの前までやってきた俺は、他の冒険者達と同じように掲示板を見上げていた。

「在宅で出来そうなクエスト。なんかあるかなぁ?」

「私全然見えないんですけどー」

 小柄な体躯のシルフィーは、群衆の中では埋もれがちだ。

「俺が探すから大丈夫だよ…………せっかくだから覚えた魔法が試せるようなものを受けたいよなー」

「どんなのがあるか教えてぇ」

 俺はいくつか目に留めたものの中から、順々に読み上げていった。

「オバケフクロウの卵とモンスターフィッシュの捕獲」

「採取系はちょっと物足りないよねー」

「隣国に向かう貿易船の護衛」

「船の上はちょっとまだハードル高いかも」

「三日間の馬車旅に同行してモンスターから守ってほしい。ただし、可愛い女子限定クエスト」

「やだーもー可愛いだなんてー!」

 なかなか良さそうなものがないな、と思った時だった。

「これはどうだ? …………鉱山内に出現したモンスターの討伐。どうやらモンスターのせいで高山での採掘作業が止まっているらしい」

「いいかもね! 見通しが利かない分、遠隔で冒険するにはちょっと難易度が高そう。これなら各々の新しい試みも存分に試せるね」

「じゃあ、決まりだな」

 俺は挙手をして、掲示板横で脚立に乗ったギルド職員に行った。

「三十二番の依頼をくれ!」

「はいよー!」

 脚立の上から長い引っ掛け棒を伸ばした職員は、掲示板の上の方、三メートルほどの高さにぶら下がっている依頼票を引っ掛け棒で毟り取ると、それを俺の頭上まで伸ばしてきた。

 近づいてきた依頼票を受け取ろうと手を伸ばした時、横から別の手が伸びてきて、俺たちの指示した依頼票を横取りしていった。

「あ!」

「え?」

 俺が声を上げると、それに反応して横取りした人物も声を上げる。

 すぐにその声の主を見ると、彼は俺よりも若い、吊り目に金髪が特徴的な冒険者だった。

 細身ながらもしっかりと引き締まった体を包む黒タイツ。その上から身に着ける純白の足甲、腰当は光沢が眩しく、卸したてなのが分かる。上半身は鎖帷子に手甲と肩当てという軽装備で、グレーのマントを羽織っていた。

 背中には彼の身長の三分の二以上はある大きな幅広の大剣を背負っていたので、大方彼は大剣使いバスターといったところだろうか。

「その依頼は俺が声をかけて取ってもらったんだが」

「ああ、すんません。あんたが先に取ったやつだったんすか?」

 言葉では詫びてくれたが、どうにもそんな気持ちが読み取りにくい表情を浮かべている。

 しかし、彼はすぐに依頼票を差し出してくれた。

「悪いね。同じものを目ぇ付けてたのかな?」

「そうみたいっすね。なんかモンスターをバンバン倒す系のクエストっぽかったんで、俺たちみたいな血の気の多いパーティーに向いてるじゃないっすか。だから欲しかったんすけど」

 血の気の多いパーティーなのか。そんな自己紹介されても返す言葉がないなと思いながら、俺は依頼票をシルフィーに渡して見せた。

 シルフィーがそれを受け取りながら青年剣士の顔をチラリと見た途端、シルフィーの顔色が一瞬で変わった。

「…………あ、ああああああああっ!」

「ん? ああっ! おめえ昨日の!」

 あっという間に目尻が吊り上がるシルフィーに対して、青年剣士は逆に表情を柔らかく崩して笑顔を作った。

「シルフィー、知り合いか?」

「イフトォッ! こいつが昨日話した、セミナーで私のこと笑いものにした奴!」

「なんだぁ! あんたソイツのパーティーメンバーだったんすかぁ!?」

 昨晩の夕飯時のことを思い出した。

 シカゴの戦い方改革セミナーに参加したシルフィーが、在宅勤務をしていることを公表したところ、真っ先に馬鹿にしてきた冒険者がいると言っていたな。

 確か名前は。

「よろしくっすぅー! 俺フォスターって言うんで!」

「ああ。昨日、うちのシルフィーと一緒にセミナー参加したって言う? イフト・アジールだ。よろしく」

 彼の方から手を差し伸べてきたので、俺も笑顔で握手を返した。

 すると、何やら背後のシルフィーから恐ろしい視線が向けられている。

「イフト! そんな奴と握手しないで!」

「いや、そう言うなよ」

「んだよー、まだ怒ってんのー?」

 フォスターと名乗った青年剣士は、クエストボードから依頼を探すことを忘れたように俺達の方へ向き直った。

 そしてシルフィーの手にある依頼票を眺めて、口角を更に吊り上げる。

「なになに? もしかしてその依頼も在宅勤務で受けようっての?」

 ニヤついた顔で話しかけるフォスターに対して、シルフィーは舌を出して回答。彼女なりの精一杯の侮蔑だった。

 シルフィーのリアクションが面白いのか、フォスターは手を叩いて大袈裟にも聞こえる笑い声をあげてた。周囲の冒険者達がフォスターを見るも、彼は一向に気にならない様子で、ひとしきり笑い続けた。

「在宅で出来んのかっつーの! そんなん中入ってガンガン攻めた方がぜってー楽勝じゃん! リーダーはそういうの何も言わねーの!?」

 なんとなく、俺がリーダーだと名乗りづらいな。

「イフト! 言われてるよ! いいの!?」

 あっという間に俺がリーダーだと伝わってしまった。

「え、イフトさんリーダーだったんすか!? 見えねー!」

 もはや彼には、何を聞かせても面白いのかもしれないな。それよりも、一緒にいる俺たちの方が恥ずかしくて頭が痒くなってきた。

 こりゃあ早いところ離れようか。

「じゃあ依頼、悪いけどもらってくね」

「え? ああ、いいっすいいっす! でも俺たちも今日は鉱山行こうって話してたんで、中で会ったらよろしくっす…………って在宅だから会わねーって!」

 自分で言った言葉にまた笑い出している。

 毎日楽しそうでいいな、彼は。

「でもイフトさん、本当に在宅勤務やってるんすか?」

 息を切らしながら聞いてくるフォスターは、膝に手をつきながら上目遣いで見てきた。

 笑いで崩れそうなのを必死に堪えているみたいだ。

「ああ、そうだよ」

「えーマジっすか。信じらんねー。それってぼうけん成り立ちます?」

「うん、意外と出来てるよ。まだ改善したいポイントはあるんだけどね」

「えー、すげ。でもぉ、冒険者って現場に出てナンボじゃないんすかね? なんか冒険者らしくないっつーか、バリバリやりてーってなりません?」

「いやぁ、実は最初は俺のパーティー内でも意見が割れてね。確かに冒険者は表に出てこそだろって意見も上がったんだよ」

「でしょー?」

「まあでも、そいつも今では慣れてくれたからさ。こういうのはやってみないと分からないもので、在宅勤務にして良かったことも色々あるんだ」

「へー。でも俺には無理だわ」

 そう言いながら、フォスターの視線が掲示板に戻り始めた。

 良かった、ちょうど引くチャンスだ。

 俺はシルフィーに目で合図しながら、「じゃ」と一言声を掛けてその場を離れた。彼からの返事は無いままだったが、まあまたツボにハマって恥を掻くよりはマシだろう。

 シルフィーと共に窓口カウンターに向かって歩き始めると、シルフィーが膨れっ面で俺のことを睨んできた。

「ん? なんだよ?」

「イフト、かっこ悪い」

「ええ…………」

 なんか、そんな風に言われるような気がしていた。

「なんでもっとがツンと言ってくれないの!? あいつ、あんな調子で昨日だって私のことずっと笑ってたんだよ! おかげでセミナーも一時中断しちゃうくらい迷惑だったんだから!」

「まあまあ、もういいだろう。あのぐらいの年頃は若気の至りってやつで、あんなもんさ」

「何それ! 私あんなやつとは違うもん!」

 そう言っている間に、人が空いているカウンター窓口までやってきた。

「いらっしゃいませーイフトさん! あとシールちゃんも!」

「私はついでかい!」

 第一声から甲高い声で元気よく出迎えてくれた受付嬢は、ギルド職員歴五年目のルーナだった。

 ファレンシアのギルドに寄ると、違う窓口に並んでいても声をかけてくれる、明るい受付嬢だ。

「イフトさん、ちょっと髪切りました?」

「ん? ああ、前に会った時よりも短い、かな?」

「きゃーもうメッチャ似合ってますぅ色男っ! よっ! ほっ!」

 よく分からないが、俺は割と気に入られているらしい。

 以前に彼女自身から聞いた話だが、ギルド職員の間で行われた推し冒険者の中で、俺はちょいちょい名前が上がるのだと言っていた。どうやら、ダントツ人気の若手達から少し離れて、良い具合に成熟した男部門で数名の女性職員が推してくれているのだと言う。

 正直言って好意は嬉しいが、そのテンションにはついていけない。

 シルフィーの持っている依頼票を受け取り、代わりにルーナの前へ出しながら俺は聞いた。

「そういえばさ、フォスターって冒険者のいるパーティーのこと、知ってる?」

「ああ、知ってますよ。パーティー名は“ブラックウィドー”です。フォスターさんはそこのリーダーですよ」

「へえ」

 ギルドに登録できるのは、個人だけではない。所属するパーティーも登録することができる。そして、登録の際に固有のパーティー名を付けているところも多いのだ。

 俺も一応パーティー登録はしているのだが、特に名前は決めていない。その場合、ギルドでの管理名としては、リーダー名+パーティーとなる。つまり俺たちは“イフトパーティー”だ。

 これには以前、シルフィーとマーブルから苦情が入ったこともある。

「ブラックウィドーは結成二年目のパーティーですね。メンバー全員が二十四歳という若さで、勢いのあるゴリ押しスタイルが売りのパーティーです」

「そうなんだ。二年目ってことは、じゃあ“一回目の一番楽しい時期”だな」

「そうですね!」

「…………何それ?」

 シルフィーが聞いてきた。

「冒険者になると、最高に楽しい時期が三回訪れるって言われてる。まずは体力と勢いでがんがんいける時期。次に熟した技術でクエストを上手く回していけるようになる時期。最後は熟練者としてヘルプ要員なんかをこなせるほどの実力が身についた時と言われている。それぞれの時期の間には、数年から十年以上の低迷期、倦怠期、修練の時期があると言われている」

「おっさんジンクスじゃん」

「まあ、そんなもんだ」

 俺は笑いながら答えた。

「それよりイフトはもっと逞しくなってよ! あいつらが最高に楽しい時期なのに、私たちがこんな悔しい思いしなくちゃいけないのはズルい!」

「ん? シールちゃんどうかしたんですか?」

 ルーナに先ほどの一件を話て聞かせると、俺の話に被せるように、シルフィーも溜まっていた鬱憤をグチグチとこぼし始めた。

 とは言え、彼女の口から出るのは終始フォスターへの恨み節と、俺への当て付けとも取れるようなリーダーイフトの軟弱な発言モノマネとなった。

 酒が飲めないくせに酔っているような面倒臭さだ。

 しかし、話が終わったところで、ルーナはシルフィーの耳を手招きで引き寄せた。

「え、何?」

「シールちゃん、実はこのイフトリーダー。大人しいようでなかなか意地の悪いところもありますよ」

「おい、ルーナ! 何言ってんだ?」

「イフトさん、フォスターさんのことは別にそんなに悪く思ってないでしょ?」

「え、まあ。会ったばっかりだしな」

「でも、“強いて”挙げるとするなら、彼の印象はどうですか?」

 強いて挙げるとするなら、か。

 まあ、あの言葉使いはおそらく、彼自身が思っている以上にいろんな人をイラつかせる可能性があるから、その間違いには早く気づいて欲しいなってところと、装備品のバランスが上下で釣り合ってないように思える。新しい防具もいいのだが、装備品はトータルバランスで揃えた方が最もその性能を発揮できるところか。あとはあの武器を扱うのなら、是非とももう少し体重が欲しいところだ。重量武器は、それを扱う人間の重心こそ最も大事なポイントだ。

 と、まあ色々言いたいことはあるのだが、“強いて”あげるとするならば。

「武器が汚い」

「ほほう」

「彼のバスターソードを見たけれど、ありゃあ手入れをきちんとしてない。剣士にとって剣は命であり、飯のタネだ。自分の生活を成り立たせている道具に対して思いやりが無い。そういう人間ってのは得てして戦い方もズボラでだらしがないものだ。周囲のメンバーを考えた動きが出来ているのか疑問を感じる。目先の利益ばかりに目がくらんで、大事なものが見えてないんじゃないかと思うよ。あのバスターソード、見たところあと数回切りつけたら、ただの鈍器になってしまうだろうな。それどころか、あんな状態が長いこと続いているとしたら、内部にクラックが入っていて折れる可能性だってある。剣が泣いてるよ」

「イフト…………くどい」

「でもイフトさんは、決してそういうことを本人には言いませんよね」

「ん? そりゃあ、俺のパーティーメンバーじゃないからな。同じ冒険者で、しかもリーダーを勤めてるんだから、それは彼の責任だろ。戦闘中に剣が折れても、俺が気にすることじゃないだろ」

 シルフィーと、ルーナと、その周辺にいた受付嬢と冒険者達の空気が凍りついていた。

 なんだ、俺って何か悪いこと言ったか?

「イフト、セミナーに参加した時は、若い世代を守るのに賛成って言ってたくせに」

「こう見えてもイフトさん、シールちゃんとマーブルちゃんが加入する前のパーティーメンバーで、武器の手入れがなってないって理由で三人ほど解雇してますからね」

「ひえー…………」

「イフトさんって、自分にとって大切なものとそうでないものに対する、感情の落差が激しい人なんですよ。ま! そんなクールなところも素敵ってことで!」

 なんだか、妙な空気になってきたな。

「ルーナ、早く受け付けてくれ」

 今日は今朝から人の視線を浴びてばかりだ。


<続>

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