第6話 ヒーラー ≠ 魔法使い
今日も俺たちの家の庭先は賑わっていた。
四方八方に飛び出す局所転移魔法。竜の目を覗きながら戦況を把握して指示を出すシルフィー。そして出現する魔法陣に素早く攻撃を仕掛けていく俺とブリオとマーブル。
パーティーメンバー全員が在宅勤務をするという冒険。本日で二回目を迎えている。
まだこの冒険スタイルを始めたばかりということもあってか、俺たちの姿はさぞ滑稽なのだろう。その様子を見学しようと、暇な村人達が人垣を作っていた。
「イフト! 左左! ああ、今度は右! いや、お前から見て右だ! そっちは逆!」
「ブリオ! 百烈拳だっ! 百烈拳撃てぇっ!」
「あぶねっ! マーブルちゃん、矢がこっちに飛んできてるよ!」
これらの声は周囲のガヤから飛んでくるものだ。正直言って鬱陶しい。
俺たちの在宅勤務には、何かまだ欠けているものがある気がする。それは、俺たちの不慣れから来る手際の悪さにもあるだろう。だがそれ以上に、今一番問題となっているのが周囲の喧しさだ。たぶん、もっとメンバーだけで集中できる環境があれば、もう少し遠隔冒険もやりやすいのではないか。
なんとか歯を食いしばって耐え続けた結果、村人達の声援と野次に包まれた俺たちの戦い方改革二回目は、無事クリアという結果で幕を閉じた。
冒険が終わると、村人達からは大きな拍手が巻き起こり、クリアの記念にと手土産まで渡してくれる人たちがいる。そのせいか、普段のように冒険を終えて村に帰ってくる時よりも、報酬が多く感じられた。
「お疲れさまー!」
「また明日も頑張れよ!」
「今度は酒持って呑みながら観戦と行こうぜ!」
村人にも悪気がないことはもちろん分かっているのだが。
なんだか、俺たちの稼業が旅の楽団と同じような扱いになってしまうのでは。この村にはそれほど娯楽が無いものだったろうか。
「ねえねえイフトォ」
村人達が去って行った後、シルフィーが口を尖らせて歩み寄ってきた。
「ああ、シルフィーお疲れさま。今日もありがとな」
「んー、それはいいんだけどさー…………村の人達がどうにかなんないかなって思うの」
彼女の不満はやはりそこか。まあ、そりゃそうだ。
続けてブリオが口を挟む。
「それは俺も同感だな。俺の武術には百烈拳なんて言う如何にもっぽい技は無い。全くもって失敬な。その古典的なネーミングはなんだっつーの」
百烈拳は無いのか。実は俺もあると思っていた。シルフィーとマーブルも何か言いたそうな顔をしているので、たぶん俺と同じことを思っていたに違いない。
「アタシはあんま気になんナイんだけど、外れた矢で村の人が怪我するのはイヤだナー」
マーブルは気にならないと言っているが、彼女の命中率に絶大な信頼を置いている俺たちからすれば、マーブルが的を外しているという時点で大きな問題だ。彼女もストレスに感じているのだろう。
これは何か手を打っておかないといけないな。本当に取り返しのつかないことが起きてからでは遅いのだから。
「おいシルフィー、お前魔法でなんか出来ないのか?」
ブリオが閃いたように言った。
「例えば周りのやつの視界を奪うような魔法とか、村人を気絶させる魔法とか」
「えー、そんなの使ったらたぶん皆にも効果が出ちゃいそうだけど」
「そこを何とか上手いことやるんだよ。お前は魔法使いだろ」
ブリオも悪気はないのだろうけれど、そういう物言いで何度シルフィーとぶつかってきたのか。そろそろ覚えてほしいものだ。
「もうブリオってば、また私のこと魔法使いって言ったー」
「なに? だってそうだろ?」
「私は
「うん、そうだな。シルフィーはヒーラーだ」
そもそも、二年前に俺とブリオとマーブルでパーティーを組んでいた頃、きちんと“ヒーラー求む”と銘打って募集をかけたのだから。その呼びかけに応じて参加してくれたシルフィーは、間違いなくヒーラーなのだ。
だが、この職業区別というものも、実はなかなか難しい問題ではある。
ブリオが続けた。
「呼び名がどうあれ、お前は回復以外にも攻撃魔法、戦闘支援魔法、移動魔法に使役魔法、何でも出来るじゃないか」
「まあ、確かに出来なくはないけどさぁ」
「やっぱり魔法使いだろ」
実を言うと、ブリオが言うことも分からなくはない。
昔、父親のパーティーに加わって冒険していた頃は、同じパーティーメンバーに魔法使いの女性がいた。彼女はシルフィーと同様に回復、攻撃、支援、使役と様々な魔法を駆使してサポートしてくれていたし、パーティーメンバーの誰もが彼女を魔法使いと呼んでいた。そして彼女自身も、それを当然のように受け入れていたのだから。
いつからだろうか。冒険者の職業は徐々に細分化されていった。昔は魔法使いという職業で呼ばれた者達も、今では各々が得意とする分野を集中的に鍛錬することで、専門性を高めたエキスパートとして自身を名乗る者が多い。
今では剣士や武闘家も複数の職に分けることができる。俺は
唯一昔からポジションが変わらないのは弓使いぐらいだが、最近では弓と罠と薬を使う
ヒーラーが一人で回復以外の役割を担ってくれるのは、実は珍しいことではない。自分の職業にのみ従事できている冒険者が、実質いないと言っても良いのが実情だ。
要は“出来すぎる人”と呼ばれる人材。自分がやるべきこと以上の成果を出せる、出してしまう人材がまさに彼女だ。
そういう人は往々にして他人から重宝され、時には利用されてしまう。俺たちだって魔法全般を彼女に頼りきっているのだから、かっこ悪い話だ。
シルフィーは、自分がヒーラーであることを強調するが、ヒーラーとしての役割以上の働きをよくしてくれている。むしろ、積極的にヒーラー以外の魔法を勉強して使用してくれているのだ。
「シルフィーの働きが、そこいらのヒーラーよりも非常に優れているということはもちろんなんだけど…………」
俺が真面目な顔でそう言うと、ブリオもすました顔で同意を示す。
「ええ、イフトまでそんなこと言うのぉ? やだなーもう!」
そう言って頬を膨らませるシルフィーだが、口元はわずかにニヤけている。
「なあイフトォ」
「ん?」
「アタシ思うんだけどさ、ブリオの言ってたような、村の人達をやっつける魔法ってヤツ?」
「やっつけはしないぞ」
「そっか。でもそういう魔法までサ、シールに任せるのはチョット頼りすぎっちゅーか、シールが大変じゃナイ?」
マーブルの言葉には、もちろん同意だ。そしてブリオもやはり頷いた。
「アタシ思うんだ! シールはやっぱりヒーラーなんだからサ、回復とかにもっと専念させてあげたらどうカナ! そりゃあ転移魔法とかはシールじゃないとムリかもだけど、他のサポートまであれもこれもお願いしたら、シールだけいっぱい働いて、アタシ達はただ攻撃すればいいってなっちゃうジャン!」
「えらい! マーブル、えらいぞ!」
ブリオがマーブルを褒めた。
確かに彼女の発言は立派だ。出来ることなら、いや、なんとかしてその方法を考えなくてはいけない。
「そりゃあ、アタシも何か方法が思いついたわけじゃないんだけど」
「いや、マーブルえらいぞ。お前が自ら名乗り出て魔法使いになろうだなんて」
「エッ?」
なに? 彼女はそんなこと言ったか?」
「なにを驚いている? 今のはそういう意味の発言じゃないのか? お前が魔法使いに転職して、シルフィーと共にサポートって意味だろう?」
俺たちは口を大きく開けて、目を点にしてしまった。
ブリオの性格が悪いわけではない。彼の思考が古いのだ。それにしてもこのオヤジ。
一つのポジションにかかる負荷を、単純に人員増で解決しようとする発想。それは時と場合によっては有効でもあるが、俺たちパーティーは四人という少人数であり、今まで培ってきたバランス構成があるのだ。それを崩したらチームとしてのパフォーマンスが落ちるではないか。
「ブリオ。マーブルの遠距離射撃は外せないんだが」
「魔法でも出来るだろ?」
「今から覚えさせるのはちょっと現実的じゃないだろ」
「なら、覚えるまでシルフィーに」
「それじゃあ話が変わらないだろ!」
放っておくととんでもない発言をしそうで、最近ブリオとの会話に妙な緊張感を覚えるのは俺だけだろうか。
昔はそれほど違和感がなかったはずだが、世代による認識の違い、壁というものに最近よくぶつかる。
ブリオの中にある考えでは、大変な思いをしている仲間のために自分の身を削ってでも、という発想がある。これは素晴らしい考えではあるが、そのためにパーティーの均衡を崩すことが、“仕方のないこと”で片付けられているのだ。
おそらく、マーブルが必死に魔法使いとしての道を歩んでも、彼はそれを不思議には思わないだろう。
だが、それでは遠回りな気がするのだ。
そもそもの解決を望むのならば、パーティーメンバーの増員という手もあるが、そこで済ませてしまったら俺たちの戦い方改革が進歩しない気もする。
何か他の方法がないだろうかと思った時だった。
「あ」
「どうした? なんか閃いたか?」
これを言ったらみんなまた怒るだろうか。
「ブリオの言う通りかもしれない」
俺以外の三人が、今度は眉尻を吊り上げて声をあげた。
「イフトってば!」
「それじゃあ俺が正しいじゃないか!」
「まあ聞けって。ブリオの意見も半分は正しいと思ったってことさ。さっきの話に戻るけど、シルフィーはヒーラーでありながらも、ヒーラー以上のことをやってくれている。だからシルフィーにかかる負担が大きいんだ」
「そうダヨ! それをなんとかしようッテ」
「だから、俺たちも自分の職業以上のことをすればいい。要するに作業負荷の平準化、というやつだ」
「自分の職業以外のことって?」
「回復は当然シルフィーに頼っていいだろう。だけど、攻撃力アップは俺とブリオとマーブルが各々で覚えてもいいんじゃないか? 魔法使いには敵わないが、自分の武器や攻撃の面倒くらいは自分たちで見よう」
よくよく考えてみれば、単身の冒険者というのは、物理攻撃を心得ていながら回復魔法を習得していたりもするし、何らおかしいことではないのだ。
「例えば、攻撃力や防御力のアップは俺が請け負う。最前線にいるわけだから、一番敵の強さを把握しやすいだろうからな」
「アタシは?」
「マーブルは村人たちの注意を俺たちから逸らす魔法でも覚えたらどうだ? マーブルのポジションは、シルフィーと同じくらい戦況が把握しやすいだろうからな。そしてブリオは…………」
「お、俺にも魔法を使えと!? 武闘家だぞ!」
「ブリオ、みんなで奉仕、みんなで負担だ。そこには年齢の上下も職業の違いもない」
自分たちの役割がきちんと決められていて、それ以外のことは各担当者に任せるというスタイルも、決して間違ってはいない。ただ、俺たちのように少人数での組織はどうしたって専門以外のものを兼務する場面が必要になる。
かと言って、今の自分たちを基本としたままで出来ること、出来ないことを割り振ってはいけないのだ。
魔法による負荷は全てシルフィーに任せて、それ以外の負荷を俺とブリオとマーブルの三人で分けていては、絶対にどこかでボロが出る。
そうならないために、負荷をもっと分散できるように、俺たち自身が新たなステップに進まなくてはいけない。そう思ったのだ。
ブリオの言った通り、魔法使いを増やしてみればいい。魔法使いを四人にするのだ。ただし、その内三人は最低限で良い。
「な、なんか、いいの? 私もっと頑張って自分のレベル上げるようにするから、みんなは今まで通りでも」
「だめだ。シルフィーには、少しくらい楽をする努力をしてもらわないとな」
「楽をするって…………一生懸命やりたいよ」
「もちろん。でも、楽をするってのは手を抜くことじゃない。四人とも同じ目的のクエストを受けてるんだ。それなら四人とも効率よく冒険出来なきゃ、戦い方改革にならないだろ。一人だけ踏ん張るのは禁止だぞ」
どうせ今でも新しい戦い方に四苦八苦しているのだ。苦難や課題が一つや二つ増えたところで、どうってことない。
目先の利便性に捉われて踏み留まるくらいなら、上手くいった時の未来を見据えて今に投資仕様じゃないか。
すぐに役立たなくてもいい。でも、今学んだことが将来マイナスに働くことはない。
やれるだけやってみようと、そう思った。
<続>
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