第3話 戦い方改革セミナーのススメ

「イフト、袋ちょうダイ…………」

 隣町で開催されるという“戦い方改革セミナー”。

 俺はマーブルと一緒に参加するため、フローア村から馬車に乗ってきているわけだが。

「一人で来るべきだったか…………」

 マーブルが乗り物に弱いのを忘れていた。道のりはそれほど悪路というわけでもないのだが、どうにもこの狭い空間と窓から覗く景色がダメらしい。

 俺はマーブルの背中を撫でながら言った。

「何か楽しいことを考えろ。隣町に行ったら何がしたい?」

「うう…………シ、シーゲルのシフォンケーキが食べ、タイ…………ううえっ!!」

「食べ物は、やめておけ」

 あえて詳細は確認しなかったが、足元から漂うツーンとした臭いを避けるように、俺は馬車の窓から顔を出した。

 馬車が町に着いた頃には、マーブルの様子もすっかりと落ち着いていた。まあ、結局馬車の中で三回も吐けば落ち着いて当然か。

 俺は運賃と清掃代を支払うと、村の酒場からもらってきた例の告知ポスターを、ポケットから取り出した。

 ここは都市ファレンシア。国内でも三番目に大きい町で、経済のおよそ六割を近隣の鉱山から採掘されるレアメタル工芸で支えている都市だ。

 レアメタルは採掘したそのままの素材でも高い価値があるが、この町にはレアメタルを武器や防具に加工する腕の良い職人が多く集まっているので、必然的に冒険者も多い。職業が剣士である俺も御多分に漏れず世話になっていて、フローア村と同じぐらいに勝手が分かる場所だ。

 また、この町はレアメタルを輸出品とした貿易業でもそこそこ知られているので、今回俺たちが目指すセミナーの主催者、シカゴ・コンテスタ氏のような外来人が訪れやすい土地でもある。

「マーブル、もう大丈夫か?」

「ウン! もうシフォンケーキ食べれそうだヨ!」

「帰りの馬車で吐くから食わせないぞ」

 見るからに意気消沈しているマーブルを連れて、俺は町の中央にある噴水広場へと向かった。

 セミナーはこの町の象徴的名所である場所で、屋外講演で開催されるとのことだ。

 ファレンシアの町は、この中央広場を中心としてメインストリートが八本、放射状に伸びている。故に、幾何学模様的に展開される町の中で大きなイベントが開かれたり、公的機関による公示、通達の類や町のニュース発信など、人々の交流はこの広場から発せられていると言っても良い。

 今回のシカゴ氏によるセミナーのみならず、様々な著名人などによる催し物は、ほぼここで行われることが多いのだ。

「マーブル、行くぞ」

「ジヴォンゲーギィィィィ…………」

 広場にやって来ると、セミナー会場はすぐに見つかった。

 巨大な噴水の真ん前に木製の小さなステージが組まれていて、そのステージを取り囲むように、二人掛け程度のベンチが所狭しと並べられていた。

 席数としてはざっと五十名程が座れそうだが、果たしてどれほど埋まるものなのか。

 と、思っていると。

「ヤッホー、イフト!」

 聞き慣れた声が背後からして、俺は振り返った。

「おお、シルフィーか?」

「イフトもマーブルもセミナーを聞きに来たの? 嬉しいなー、共感してくれて!」

 そこにはいつもの戦闘服ではないシルフィーがいた。白いブラウスの胸元にはピンク色の鉱石で作ったブローチ、そして赤と緑の生地を金糸で飾ったチェック柄のスカートを身に付けた彼女は、このファレンシアでよく見る今時の町娘となっていた。

「なぁんだ、シールも来てたんダァ。じゃあ村から一緒にくれば良かったネ」

「…………いや、一緒じゃなくて良かったな」

 俺は馬車の中の惨事を思い出しながら言った。

「ねえねえ、イフトも在宅勤務してみたくなった?」

 思わぬところで仲間を見つけたといった様子のシルフィーは、喜びと期待に満ちた目をキラキラさせて尋ねてきた。

「まあ、俺たちの今後に無関心ってわけにもいかないだろう。良いもの悪いもの、全部確かめてこそのパーティー運営をしていきたいんだよ」

「さっすがリーダー!」

 カッコをつけたつもりもなく、これは俺からの本心であった。

 シルフィーの考えに賛同できず歪みあってしまうブリオだって、出会ったばかりの頃は人当たりの悪いオヤジだと思ったものだが、今では誰よりも信頼できる相棒であるわけだ。

 自分自身が知らないだけというのは、時に罪だ。ほんの少し、たった一歩だけでも歩み寄ることができたならば、物の見方というのはいくつにも増える。そんなたくさんの中には、時々思わぬ拾い物があるかも知れないと思えれば、楽しみや充実というものはいくらでも手に入るのだ。

「どうせなら俺が在宅勤務をしたくなるくらいの話が聞きたいな。シルフィー、案内してくれ」

「はーい!」

 シルフィーは俺とマーブルの手を引きながら、会場の最前列に並ぶベンチへと連れてきた。

 俺たちが席に着いた頃、まだ他の客はほとんどおらず、一人二人と見かける程度だった。しかし、始まりの時刻が近づくにつれて次第に周りのベンチが埋まり出し、気が付けばあたりは人だらけになっていた。

「なあ」

 俺は告知ポスターを広げながらシルフィーに尋ねた。

「このシカゴ・コンテスタって人は結構有名なのか?」

 改めて背後に目をやれば、会場は満席、その上立ち見までいるほどだ。そしてセミナーを聞きに来た者のほとんどが、俺たちの同業者、つまり冒険者だった。

 当然と言えば当然なのだが、それでも同業者がこれほど集まる様子は、年に一回見られるかどうかといった具合だ。

「この辺りで名前を聞くようになったのは最近だけど、去年くらいから国王お抱えの参謀として召抱えられたんだって」

「異国者か?」

「どこから来たのかは、王様もよく分からないらしいよ」

 歴史に変革が訪れる時、その引き金を引く人物というのは、いつだって得体がしれない者なのかもしれない。

 今、セミナーの開催を待つ俺たちの前に一人の男が小気味よいリズムの歩調で現れた。

 歳は俺よりも若い。マーブルと同じぐらいではないだろうか。顔こそ特徴のない者だが、身に付けている衣装がどうにもおかしい。国王の側近が着るような仰々しいものとは違い、随分とシンプルな服だ。

 細身の体を強調するかのような折り目の着いた濃紺の履き物と、揃いの色で胸元の大きく開いた上着。中には白いシャツを着ているが、首元から剣の切っ先を象ったような布切れをぶら下げている。

 初めて見る格好だ。やはり異国者なのだろう。

「皆さんこんにちは、シカゴ・コンテスタです。今日は僕から皆さんに伝えたい、効率の良い冒険のススメに関するセミナーを開催させていただきたいと思います」

 全員が手を叩いたが、シルフィーを含めて明らかに拍手の勢いが違う者たちがいる。おそらくは会場に入る前からシカゴ氏を知っている人たちなのだろう。

 拍手の最中、後ろの席をぐるりと見渡してみた。熱心に手を叩いているのは、シルフィーに歳の近い若い冒険者達が多かった。

 なんとなく、この男に対する評価の層が分かってきた。

 シルフィーが実践するような今までにない変革的な戦い方は、どうやら若い世代に受け入れやすいものらしい。

「皆さん温かい拍手をどうもありがとうございます。今日ははじめてこのセミナーに参加されている方も多いそうですので、まずは簡単に自己紹介をさせていただき、その後で本題に入らせていただこうと思います」

 丁寧な語り口で始まったセミナーは、彼が述べた通り自己紹介から始まった。

 彼の名はシカゴ・コンテスタ。しかし、どうやらそれは本名ではないらしく、この国にやってきた時につけた名前らしい。本名はナカムラなんとかと言っていたが、この辺りでは全く聞かないような珍しい名前だった。

 どうやら国王との出会いもたまたまだったそうで、その時に彼の才覚を見抜いた国王が自分の側に置いたという。

 そして、国王が惚れ込んだ才覚というものが、今俺たちに講義している“これからの戦い方”というものだという。

「今、私たちが平和に暮らしていけるのも、多くの冒険者の方々が各地で活躍をしてくれているからです。しかし、一年間の間に、どれほどの冒険者がクエスト中に命を落とす、もしくは再起不能の怪我を負っているか、皆さんはご存知ですか?」

 この話になった時、俺は彼が何を言っているのかさっぱり分からなかった。冒険者の仕事が常に危険と隣り合わせであることは当然のことで、時には命を落としてしまうこともあるというのは、昔から当たり前のことだった。それは、剣士が使う武器は当然剣であることを、皆が知っているのと同じくらい当たり前のことなのだ。

 彼が言うには、一年間の間で百人に一人の割合で命を落としているらしい。

「また、冒険者の方々は一度冒険に出た場合、数ヶ月家に帰らない人や数年帰らない人が多い。それどころか、定住せずに常に旅を続けている方も全体の四割ほどいます」

 それも、全くもって常識的な話であった。俺たちのような日帰りできるパーティーこそ少数派だろう。そういったものは大体、冒険者の気分やパーティーメンバーの都合、あとは土地柄なんかにも大きく影響することだ。

「この状況は今までこそ通用したことですが、実はこのスタイルを変えていく必要があるのではないかと、私は考えています」

 会場の後ろから「なぜ?」と誰かが声をあげた。

「まず一番の理由として、国内で冒険者を希望する人の数が増えていることです」

「…………何がまずい?」

「当然ではありますが、続々出てくる冒険者志望の人とは大抵が若い世代です。過去十年に比べて増加し続ける若い冒険者。しかし、それはすなわち、これから長く国を支えていってほしい若者の死亡率増加につながるのです。ちなみに国内の出生率は過去十年でほぼ横ばい。ここから読み取れる未来は、冒険者以外の進路の後継者不足が危惧されます」

 つまりは、若い世代がどんどん冒険者になっていけば、同じく若者を必要とする職業の若い人材獲得が難しくなってくる。

 そして冒険者の若年化が進めば、当然冒険中に死亡するものの若者比率が高くなる。

 これからの未来を担う世代が少しずつ減っていき、それは将来的に見て国力の低下を助長すると言いたいのだろう。

「そういった未来が訪れてからでは遅く、今から出来ることをしていくべきなのです。そしてもう一つの理由としては、冒険者の方々の人生をより一層豊かにするための施策です。冒険者の皆さんが平和を願い、それを守る仕事に誇りを持っていることは分かりますが、同時に遊びやオシャレ、恋愛などを楽しみたい気持ちもあるでしょう。そう言った気持ちは冒険者の道を選んだ時点で諦めるものだと思っていませんか? そうではなく、どちらも両立させることが大切だと私は考えています」

 ようやく話が見えてきたのは、彼がここまで話した時だった。

 シルフィーの在宅勤務冒険は、この部分が根底にある。彼女の戦い方改革の根っことなる考えだ。

 ずっと話を聞いていただけの俺だったが、気がつけば右手が自然と上がっていた。

「はい、そちらの方どうぞ」

「若い世代を守りたいという気持ちと、冒険者の人生を豊かにしたいという気持ち、どちらも魅力的だし俺も賛成ではあるが、果たしてうまくいくのだろうか。そもそも俺は今の人生にそれほど劣等感も悪い想いも感じていない。俺みたいな感覚を持つ冒険者が多いと思うが、若い世代に対して何から始めたらいいのか分からないんだが」

 シンプルな話だ。理想を叶えるための手段が全く思いつかない。むしろ今の冒険者達の生活は、昔から伝統的に続いているだけでなく、冒険者のためを思った仕組み作りが何度も試みられた中で生き残ったスタイルだ。

 様々な職業で構成されたパーティー。他の冒険者との交流や情報交換、依頼請負のための場としてある酒場のクエストボード。一般的に請負うクエストと、国から発せられる公的依頼のイベントクエストの違い。

 俺たち冒険者の生活や人生が今まで蔑ろにされてきたわけではなく、いろいろ考えられてきた。この仕組みをどのように変えていけるのか、それが俺には想像できなかった。

「大掛かりな構想は私と国王様の間でも日々議論が交わされているんですが、皆さんが今からすぐに出来ることというのもあります」

「例えば?」

「家にいながら冒険に参加する在宅勤務というスタイルです」

 これはシルフィーがやっていることだ。

 ただし、彼女がそれを実現出来ているのは、それなりのアイテムを持っていることと、彼女のヒーラーとしてのスキルが高いことにある。」

「在宅勤務にはそれなりの用意が必要だと思うが?」

「在宅勤務がもたらす一番の恩恵は、自分が傷つくリスクを極端に減らせる点です。つまり、在宅勤務ができなくても自分の身を守り、安全を確保することに結びつけていくことが重要であり、それが実現出来ればいいんです」

 俺の目を見て答えてくれていたシカゴ氏は、次に視線を正面に向けて、全体を見渡すようにしながら続けた。

「皆さん、冒険の途中で他のパーティーに遭遇することってありますか?」

 それはごく稀にある。だが稀だ。なぜなら、クエストボードから依頼を受け取った時点で、それは受け取った者達の仕事になるのだから。

「もっと他のパーティーと接する機会を増やしてみてはどうでしょうか? 例えば冒険エリアの中間地点にキャンプを常設する。そしてその場所をみんなで共有する。すると、攻略のヒントなどを交換できるし、冒険者の皆さんが休める場所を確保できる」

 確かに俺たちの回るエリアではそういったキャンプがない。

 すると、後ろから別の冒険者の声が聞こえた。

「そういうキャンプは一度だけ見たことがあるぞ。ただ、そこで寝泊りや休憩をするとモンスターに襲われる危険があるらしく、あまり実用的ではないと使われてないそうだ」

 その通りだ。寝泊まりをする場所なら常に安全の確保が必要であって、警備にも人を費やす必要がある。そうなれば、常駐する者を守るためのインフラ設備が必要で、極端に言ってしまえば村を一つ作るぐらいの大規模な用意が必要な場合だってある。

「確かに寝泊まりが危険な場所もあるでしょう。そういったポイントでは、そこで休息をとるのではなく、転移魔法陣を置いてその都度安全な場所に移動するようにしておけばいいんです」

「だが魔法陣は魔法使いがいないと使えないじゃないか」

「いいえ、魔法陣は正確な作図ができれば誰でも利用できるものですよね。魔法使いがいなければならないのは、そういった作図作業を魔法使いの方しかやって来なかったからです」

 それは確かに一理ある。魔法陣は、その図式が書かれたものがアイテムショップでも購入できることから分かる通り、完成されていれば利用者の魔力の有無などは関係ないのだ。

「布地に描いた魔法陣をキャンプに常設しておく。これなら誰もが利用できます」

「だが、それじゃあモンスター達も転移してきてしまうだろう?」

「魔法陣の良いところは、その陣が正確に描かれて初めて効果を発揮する点です。現地に常設しておくのは、例えば一画だけ足りていない不完全な魔法陣とします。冒険者が利用する時は、自分で一画だけ追加してやれば良い」

「やはりダメだよ。転移した後には完全な魔法陣が残ってしまうだろう?」

 この言葉を、彼は待っていたと言わんばかりに微笑んで受け止めた。

「魔法陣は黒い布地に白い油絵具で描いておきます。そして使用する際は、その布地を水でびしょびしょにしてから床に引きます。最後の一画だけは、少量の塩を撒いて線を引きましょう。撒いた直後は盛り塩状態となって白い魔法陣を成してくれますが、時間が経てば塩は水に溶けて消えます」

「し、塩だとぉっ!?」

 次の瞬間、会場から笑いが起きた。まるでここはセミナー会場なんかじゃなくて、喜劇を鑑賞する会場のようだ。

 しかし、シルフィーを含む何人かは真剣な顔で聞いていたのだ。

 そして俺はと言うと…………実は俺も真剣に考えていた。

 魔法陣は複雑な模様と古代語で構成されているから、専門家でないと描くのは難しいが、形が出来ていれば誰もが利用できる点は確かに素晴らしい。

 そして実は描く色も重要である。何色でも良いが、要は一色でなければいけない。言い伝えによれば、魔法陣は神や悪魔に届けるメッセージであり、その言葉が届くことによって引き起こされる奇跡。だからそのメッセージを正確に届けるためにも明瞭でなければならず、背景と文字がきちんと色分けされていることが重要らしい。

 魔法陣は魔法使いが描くもの。そして塗料などで描くもの。塩は調味料であって、魔法には関係ない。

 そういった固定観念を脱したアイディアだと思った。

 当たり前、そんな使い方聞いたことない、これはこのように使うんだ、何をやっているんだ馬鹿らしい。

 そんな考えが、いや、思い込みこそが、人の進歩を阻むものなのかもしれない。俺はセミナーの冒頭に感じたことを思い出した。

“剣士が使う武器は当然剣である”

 俺は、もしかしたら剣以外のものを使ってみてもいいのではないか?

 観客の笑いを聞いても、シカゴ氏は涼しい態度で微笑んでいた。

 その笑みは決して照れ隠しでもないし、自分の発言をジョークだと言うものでもなかった。

 ただ、ただひたすらに真剣な眼差しだったのだ。


<続>

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