第17話『開戦』

 模擬戦当日。国立蒼脈師学院高等科の模擬戦は、広大な学院の敷地内に作られた模擬戦専用の屋外訓練場を使用して行われる。

 屋外訓練場は森林や都市などあらゆる環境を再現した物が複数あり、今回は無数の木々が生い茂る森林型の屋外訓練場が使用される。

 訓練場の周囲には観客席が設けられており、教員や各科の生徒たちが観戦に来ていた。

 模擬戦は蒼脈師学院の一大催事であり、開催期間中の一週間は通常の授業ではなく、模擬戦の観戦が優先される。普段の授業以上に、他人の試合を見て学べることは多いのだ。

 あまりの人出の多さにユウキは完全に気圧されている。一回戦第一試合がユウキの担当する一年一組と姫川キキョウの受け持つ一年三組の対戦であるから尚更である。

 鬼灯ほおずき学院長は、サザンカを除いて木刀を腰に差して向かい合っている一年一組と一年三組の間に立ち、口を開いた。


「模擬戦のルールを説明するのだ。今回みんなが着ている制服には訓練用の魔法を施してあるのだ。これに有効打が当たると、その部分が赤く光るのだ。有効打を胴体部分に受けた時点でその生徒は死亡判定となり、模擬戦から除外されるのだ。制限時間はなし。どちらかが〇人になるまで模擬戦は続くのだ。それでは互いに一礼」


 双方の組は互いに一礼してから、森の中に足を踏み入れ、所定の開始位置に向かう。一年一組は森の北側、一年三組が南側だ。

 訓練場の中には太い木々が居並んでおり、視界はあまりよくなく、いつの間にか背後を取られていたなんて事態になってもおかしくない。どちらが先に敵を補足するか、索敵が重要になるだろう。


『み、皆聞こえてる?』


 ノイズ混じりの情けない声が耳の中に仕込んだ蒼脈式無線機から響き、サクラの鼓膜を揺らした。教師陣は、観客席から双眼鏡と無線機を使って生徒たちの補佐をする。

 もっとも今回のような視界の悪い訓練場を使用する場合、あまり期待できるものではない。

 さらに普段からかんさわるユウキのネガティブボイスが、耳の中に直接注ぎ込まれると尚一層腹が立ってくる。


『あれ? 聞こえないのかな? あ、あ、あ。本日は晴天なり本日は――』

「聞こえてるっての」

『よかった。とにかく無理はしないこと。怪我はしないこと。この二つだけは守ってくれるかい?』


 ユウキらしい消極的な指示だ。模擬戦は死ぬ危険のある実戦とはわけが違う。多少の無理をしなければせっかくの機会がもったいない。


「りょーかい。無理せず、怪我しない範囲で無茶するってば」

『サ、サクラ!? ダメダメダメダメダメ!! 無茶なんか絶対しちゃダメだからね!? 先生との約束だからね!? サクラはみんなの隊長なんだから無茶させちゃダメだからね!?』

「心配し過ぎ。少しは信用してよ」

『してるだけどさぁ……他のみんなも無茶は絶対しないでね?』

「ワシは勝てるなら無茶するで?」

「自分もであります」

『ちょっと男子ぃ!? 止めて女子ぃ!!』

「私も……頑張る」

「うちはめんどくさいのパスです。適当にやるです」

『女子いいいいいい!!』


 このままでは模擬戦中、延々とユウキの絶叫を聞かされる羽目になる。ひとまず話題を変えるのが最優先事項だ。


「あのさ先生。あたしらに説教するより、相手の情報教えてよ」

『あぁ、ごめんね。キキョウ先生の組は三組だから……優秀な子が揃ってる。こりゃすごいよ』

「褒めんじゃなくて情報よこせっての……」

『キキョウ先生が受け持ってるだけあって接近戦が得意な子が多いみたいだね。距離を取って下がりながら戦うといいと思う。こういう相手はガンガン突っ込んでくるから遠距離魔法で仕留めるのがいいよ』


 蒼脈師学院が五~六人程度の少人数を一人の教員で見る方針を取っているのは、各教員が得意とする戦い方を、もっとも必要としている生徒に向けて指導するためだ。

 魔法が得意な生徒は魔法が得意な教員が指導し、気法なら気法が得意な教員が指導する。

 もちろん苦手な科目もきちんと指導するから、得意科目しか教えないわけではないが、ユウキのようにほぼ全ての技術を使いこなせる蒼脈師はそう居るものではない。軍事では器用貧乏より一芸特化の方が好まれる。

 仙法と気法を得意とするキキョウの教える三組は、やはり噂通りの近接型。一組の面子では接近戦で対抗出来るのはソウスケしか居ないだろう。

 どのようにして戦うべきか。サクラが考察する間にも、ユウキの悲壮な声が耳の中でがなり続けていた。


『サクラ、今仕留めるとか物騒な言葉使っちゃったけど殺しちゃダメだからね!? 一応授業中に死亡者が出ても罪に問われる事はないって学院と生徒には法的な免責があるけどさぁ――』

「分かったってば!! ユウキ先生の考えは、索敵して遠距離から仕留める、でしょ!?」

『そう!! その通り!!』


 サクラが嘆息をつくと、サザンカが耳元で囁いた。


「……サクラ、花一華先生の話は聞かなくてもいいです。サクラらしい戦い方じゃないです」

「そうは言うけどさサザンカ、あとが面倒じゃん?」

「それは否定出来ないです」


 サザンカの言う通りユウキの策は、消極的すぎてサクラの好みではない。

 しかし逆らっても色々と面倒になる予感がするし、ユウキの言ってることは決して間違ってはいない。

 実戦では相手の土俵に付き合わず、こちらの土俵に引きずり込むのが定石だ。


「キュウゴ。索敵お願い」

「任せるであります」

「キュウゴ。見つけ次第知らせろや。ワシがギタギタにしたる」


 木刀を握りしめて臨戦態勢を整えたソウスケの瞳には、赤い殺意が渦巻いている。


「ソウスケ殿、凄まじいやる気、いや殺る気? でありますね」

「当たり前やろ……毎日毎日キキョウ先生の授業受けられて羨ましいからに、あんの野郎どもが。全員ぶち殺したるわ……」


 低い声で殺気立つソウスケに、ツバキは引き気味である。


「サ、サクラ。ソウスケ大丈夫かな? というか、三組の人大丈夫かな?」

「平気っしょ。使うの木刀だし」

「そういう問題かな……」

「そういう問題でしょ」


 ソウスケは、好戦的な性格だが、どんなに怒っていても冷静さは見失わない。特に戦闘となると、その傾向は一層強く出る。


「キュウゴ、索敵」


 サクラが目配せすると、キュウゴは木刀を両手でしっかりと握りしめ、魔力を流し込んだ。魔力は木刀を離れて大気に流れ込むと浸透し、一体化していく。これがキュウゴの得意とする干渉制御魔法である。

 蒼脈は大自然の化身である龍から生じた力で、そのままの状態では短時間で大自然に還元されてしまう。

 大自然に還元されないように性質を変化させた技術が魔法であるが、干渉制御魔法は蒼脈本来の特性を応用した魔法群だ。

 あえて蒼脈本来に近い形の魔力を生み、自然現象に自らの魔力を浸透させて火・土・風・水・木・雷、様々な自然現象を操る術であり、その精度は個人の資質に大きく左右される。

 教師陣でも干渉制御魔法が使える人材はあまり居ない中、キュウゴは全属性の干渉制御を扱える逸材だ。

 大気の干渉制御は攻撃にも活用されるが、その最大の利点は策定能力の高さにある。大気の動きから敵の場所、背格好や武器の有無まで調べ上げる事が可能だった。


「西から三人。高速接近であります」

「残りはどこや?」

「どこかの草むらか木の上でひっそりと身を潜めているでありますね。こうなると分かりづらいであります。申し訳ない」

「かまへんかまへん」


 ソウスケは、木刀を勢いよく古い、破顔した。


「サクラとりあえず三人からやるで。ええか?」

「いいよ。派手にやんな」

「よっしゃワシが引き付ける。お前等は後ろから――」

『だめえええええええええええええええええ!!』


 一年一組の鼓膜をおぞましい音が振るわせた。


「なんや!? 今の奇声は先生かいな!?」

「耳が痛いです……あのバカユウキめ、です」

『全員で下がって様子を見なさい!! 敵の力量が分からないのに危険すぎる!!』

「せやけど!」

『下がって!! いいから下がって!! 三人は陽動だよ! 潜んでいる残りの二人がソウスケを狙撃する気だ!』

「ワシを!? 双眼鏡で見えたんか?」

『見えてないけど気配で分かる!』

「ワ、ワシは何も感じんで……」


 サクラも全く気配を感じない。目視に頼らず敵に位置を察知する。さすがの狼牙隊と言わざるを得ない。しかしやはり消極的すぎる。


「先生、ソウスケは大丈夫だっての! あたしらの援護があれば三人ぐらいわけないって」

『とにかく下がって! 教師としての命令だよ!』

「ちっ!! しゃーないな! 引くでサクラ」


 釈然としないが、蒼脈師としてはユウキの方が圧倒的に格上。彼の指示に従う方が勝率は上がるだろう。


「全員後退。南西へ向かうよ」


 サクラの指示を受け、全員が木の影や草むらに身を隠しつつ後退する。

 しばらくして二人の少年と一人の少女が、サクラたちの居た場所へたどり着き、地面に残った足跡を見つめた。

 そのうち、最も体格の良い少年が通信機を入れた左耳に手を当てた。


「キキョウ先生。一組は下がりました。こちらの作戦が見抜かれたようです。これから先の作戦はどうすべきだと思いますか?」

『隊長であるあなたが判断なさい。各員隊長の指示に従うこと。いいわね』

「了解。全員で追跡。一組を追い詰める」


 三組の生徒たちは、サクラたちが残した痕跡を追い、追跡を始める。木々の隙間から見える三組の動向を双眼鏡で眺めてキキョウは微笑んでいた。


「さすがに狼牙隊の分隊長だわ。生徒の策をあっという間に見抜いてくる。経験値が違い過ぎるわ。けれど、これは戦争じゃないわ。模擬戦よ。花一華先生に、その違いが理解出来ているのかしら?」


 キキョウが浮かべた挑発的な笑みに、双眼鏡で一組の生徒たちを探すユウキが気付くことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る