第10話

 アメリカの今度は西海岸のドックに艦を付けると、恒例のモンキー洗いが待っていた。最近は俺も一緒になって洗っているんだが、どこから出て来るんだってぐらいの垢には正直引く。俺は髪を染めて目立たない格好になって――と言う私服もケプラーやらスペクトラやらの防弾繊維を織り込んである――艦を出た。すると待っていたのはバードと、知らない二人。くきっ、と首を傾げてみると、にっこり笑ったバードに紹介される。

「『ラビット』と『ドラゴン』の二人よ。今回の作戦ではこの二人にも同行してもらうことになったの。逆を言えばこの二人しか仲間がいないってこと」

「ほほう君がキャット君か。私とドラゴンは初対面だね、お噂はかねがね聞いてるよ、期待のルーキー君。私はラビットね! 今はFBIにいるけどその前は機動課。その前の前は中国で警察官してたね!」

「二年いてもまだルーキー扱いなのか俺って……って言うかどんだけ好きなんですかこの仕事」

「まあ俺たちの場合は十年来の付き合いだからな。こんな手で済まないが、握手をしてくれるか? キャット君」

「ドラゴンさんのペグは両腕……ですか?」

「否、両脚もだ。恥ずかしながら昔追っていた犯人が顔見知りでな、油断した隙にやられた」

「それは……」

「一度は死も考えたが、良い師に出会ってな。今もこうして警察業をしている。バードと同じ、FBIだが」

「ラビットと同じ、って言ってほしいあるーそこは」

 ぴょこんと飛んでは跳ねるラビットは、本当にウサギのようだった。ドラゴンの方はがっしりした体格で龍と言うよりはゴリラの方が似合っている気がしたが、そこはそれ、ペグの所為と言うことにしておこう。しかし元から日本の警察官だったという人は初めてな気がする。殆どの人がヘッドハンティングだったような気がするから余計に。いや、ドッグは一応臭気鑑定士だったか。でもアメリカだよな。モンキーやバード、他のみんなはどうなんだろう。ロングレンジ・クィーン。もとは射的の選手とかかな、それなら分からないでもない。訊いてみると、否、と返される。

「赤ずきんを待つ猟師だったのさ、私は。そしたら隙を突かれてオオカミに襲われた。間抜けなものだよ」

「はあ……?」

「詳しく説明すると囮を使った捜査で失敗して照明弾もろに食らって両目の視力が無くなったんだ」

「あ、ありがとうございます、ドラゴンさん」

「ドラゴンで良い。それで、今回の作戦の概要は聞いているのか?」

「私から話すね!」

 ぴょんっと飛び出したラビットが、はいはいっと腕を上げる。

「『キツネ狩り』ね!」

「きつねがり……」

「もともとはイギリスを発端としてはやったスポーツでな、狐を見つけたら仕留めるまで追い回して構わない、その際の民家の損失は一切保証しないと言う悪趣味なゲームだ」

「あ、どうも。でもFBIが絡んでたらそんなこと言えないんじゃ」

「ま、失敗したらトカゲの尻尾切りされるでしょうけれど、二人の優秀なスナイパーと二人の優秀な格闘家がいれば大丈夫でしょう」

「格闘家?」

「太極拳と拳法なら任せるあるー!」

「一応剣を嗜んでいる」

「へえ」

 ペグ化された腕で剣か。切断されそうで怖いな、いろいろ。しかしラビットが拳法とは驚きだ。名前の通り小柄なチャイニーズだけに。娯楽としてのカンフーぐらいしか知らない俺は素直にそう思う。

 回天がずぶずぶと水中に入っていく。俺はライフルの入ったクラリネットケースを抱えなおして、三人を見る。ラビットがびょんっと飛び出してきて、地面に地図を広げた。すでに赤い印がいくつも点けられているのは作戦を練っていた名残だろう。ドラゴンぐらいしか真面目に見えないけれど、バードの腕はぴか一だし、ラビットもそこそこに出来るんだろうな、と思わせるには十分だった。

「私は潜入してとあるバー……ここね。ここでピアノを弾く。すると多分対象が逃げ出すだろうから、そこはバードとキャット君に追い詰めてもらうね。ちなみに対象はパルクールを得意としているから、おそらくは町の壁伝いに逃げる。それなら被害も出にくくて、キツネ狩りには重畳ね。ドラゴンと私はそれを追いかけて捕縛。って言うのが大体のところね!」

「……何した人なんです? 対象って」

「マフィアのナンバー2だったんだけどチンピラ雇ってボスを殺させたあるよ。それだけで引っ張れる。チンピラはもう捕まえた後だし、思いっきり尋問に掛けて組織の事を聞き出すね!」

 悪い奴か。なら別に良いかな、なんて思う。しかしこの町の込み込みした構造は何度か覚えがある――

「チャイナタウン……ですか?」

「あいやー、よく解ったあるね! 私はここに暮らしてるある、だから街の構造も、裏の構造も解ってるね。多分みんな先日の事件以来夜間外出は控えてるだろうから、派手にやっちゃっても大丈夫ね!」

「と言うわけで行くわよキャット」

「今からッ!?」

「そうよ。私たちは相変わらず屋根の上だから、覚悟はしておきなさい。まあビル同士が近いから大丈夫だとは思うけれど。今回はあくまで生け捕りが目的だからね。そこは心得ておくように」

「はあ……ところでラビットさんが弾く『逃げ出す曲』ってなんなんです? 何か変な音楽ですか、アルモニカとか使った」

 アルモニカは初期の精神治療で使われたガラスのピアノのようなもので、聞いていると一部の患者が悪化するとのことで廃止になった幻の楽器だ。ちなみに発明者はすべてのヤンキーの父、ベンジャミン・フランクリンだったと思う。

「ニュルンベルクのマイスタージンガー。故人が一番好きだった曲だそうよ」

「そら逃げるか……」


 スコープで窓を覗き、トランシーバーを持たされる。ラビットはチャイナドレス姿でぺこりとお辞儀をした。にっこり笑って、それからピアノに向かう。張飛花チャン・フェイホワと紹介されていたが、俺も名前を聞いたことがあるぐらいのピアニストの名前だった。本名なのか偽名なのかは分からないが、そこそこピアノの腕に自信がないと名乗れない名前だろう。そして彼女が弾き出すのは、ニュルンベルクのマイスタージンガー。そこで客の中にそわそわしだす男がいるのに気付く。そこでウェイターに扮したドラゴンが、ペグの固い手をその肩に置いた。

 男ははじかれるように表に出て、壁を上り、あっと言う間に屋上に向かう。さすがに見たことのない技術に驚いている自分と、そんな場合でもないとライフルを発射する自分がいた。離人的だなあと思うけれど、今回は殺しはしなくて良いんだから楽な方だろう。一瞬おののいた男は、別の方向に逃げようとする。だがそれはバードがけん制した。向かわせるのはこっちだ。そしてバードの麻酔弾を撃つ。そしてさくさく回収しておしまい、のはずだったが。

 男が懐から出した何かのスイッチに、町中から異音がする。

『まずい、AWDを起動した』

「おーとわーかーどーる……?」

『同じ作業を反復して行ってくれる自動式のMWのようなものよ。大きさも様々で本当にマルチに使える。多分身を守るために町中に仕込んでいたのを、発動させたんだと思う――ラビット、ドラゴン、状況は?」

『もう少しでラビットの曲が終わる。そうしたら二人で抜け出してAWD掃討に向かうつもりだ』

『オーケーよ。ショートレンジ・キングにクィーン』

「え」

『対象はAWDに守られて籠城することを選んだ。となるとその捕獲にはAWDの駆逐が必至。だけど私たちのライフルじゃとても弾数が足りない』

「な、何体いるんです」

『事前のタレコミから四百体と言われてるわね』

「そんな! いくらなんでも二人じゃ」

『なんとかなるのよこれが』

 くすっとバードが笑う声。表通りに出て来たドラゴンとラビットを、AWDが一気に標的として捉える。他の店からは誰も出て来ない。異常な数のAWDが町中を席巻しているのだ、当り前と言えばそうだろう。だが二人はそうじゃない――ちゅいんっと音がして、対象がいつの間にか別のビルに移動し、そしてゴミ捨て場に落ちていくのが見える。AWDも信用できなかったんだろう。だからバードは麻酔弾を撃った。それにしてもその回収にこの数は。

「はいやぁ――……」

「…………」

 すうっと呼吸を整える二人に、一瞬ビクッとする。

 先に仕掛けたのはラビットだった。

 AWDの脚関節をその細足で砕き、マルチセンサーはチョップで砕く。ドラゴンは剣道ではなく剣術の脚運びで一刀両断にしていた。武器のあるドラゴンは解らないでもないが、完全に素手のラビットがどんどんAWDを蹴散らしていくのは圧巻だった。慌ててスコープを赤外線モードに切り替えると、どんどんとAWDは数を減らしていく。ちょっと異常な数だった。それが減っていく速度も、異常だった。ショートレンジ・キングにクィーン。バードが言った意味が分かる。短距離の格闘戦なら、この人達は無敵なのだ。ラビットの聴覚は敵のモーターの中心を確実に破壊するし、ドラゴンのペグ化された両腕と両脚は剣術の一番疲れる脚運びをスムーズにし、その両腕の力で叩き切る。見事だった。美事だった。いっそそれは美しさを覚えるほどだった。

 細い月光を思わせる剣。的確な無力化。美しいまでの、舞と剣。やがてAWDが無視できる数になると、二人はその歩みを進めていき、対象を確保する。

 しかしそれを待っていたように、人相の悪い男たちが出て来る。

『――何者だ』

 ドラゴンが問いかける。

『そいつにボスを殺された一派だよ。そいつには聞きたいことが山ほどあるんでね。こっちに渡してくれるかい? 兄ちゃんよお』

『それは出来ない。こいつの確保は俺達の仕事だ』

 FBIの手帳をかざしたのだろう、男たちはチッと舌を鳴らし、

『んなもんが通じる相手だと思うかよお!』

 殴りかかってきたのを、ラビットに受け止められ、身体が宙を舞う。

『なっ……お前、ピアニストじゃ、』

『ほんとにそう思ってたなら大笑いよ。どこにこんな格闘戦の出来るピアニストがいるって言うの。ちょっと姿を借りてるだけに決まってるじゃない』

「いやまあ、本当にそうなんだけどね」

 いつの間にか隣に来ていたバードが、苦笑しながら言う。

「本物の……ピアニストで、格闘家で、FBI?」

「そ。芸能人としてなら他国に入り込むのも楽だしね」

「っていうか普通に喋ってんですけど」

「ラットとドッグに仕込まれたのよ、日本語を話す時はアルねを使えって。まだ癖が抜けない、って言うか普段は英語だしねえ」

 くすくすくすっとバードが笑う。

 芸能人をスカウトしたのかスカウトしてから芸能人に仕立て上げたのかは分からないが、ラビットは音楽家でもあるらしい。それは俺の中で割と大きなショックだった。だってそんなこと言ったら、西部警察なんて見られない。娯楽でドッグが持ってたの見せられたけど、あんな人たちが本当にいたらと思うと恐ろしすぎて。あんな爆音轟く現場があるのかと思うと怖すぎる。お外に出られない。決して肝の太い方ではないのだ、俺は。それなりに怖いとか面白いとか思う、普通の、本当に普通の男の子です。何歳でも男の子は男の子と言い張るぞ。女の子が女の子と言い張るように。

 全員をラビットが薙ぎ倒し、手錠を掛けていく。良い副産物だとバードは笑うが、そのマフィアもう解体されてるのと同じなんじゃないだろうか。ボスと幹部が一気に捕まっちゃ、何にも出来ないだろう。

 月光に照らされるいい汗掻いた二人に恐怖しながら、俺は改めてモンキーとのCQCの練習はしっかりしようと思った。

 月を見上げるとドーム型都市がいくつか見えて、遠いなあと何気なしに思った。


「ドラゴンは昔、月の駐留警官やってたね」

 チャイナタウンのラビット宅。すでに眠りこけているバードとドラゴン、ベッドじゃないのが慣れなくて悶々としていた俺を中国茶で持て成しながら月を見上げたラビットが言う。月は百年ぐらい前の戦争で棄民地になっていて、一時はそのままナノマシンで地球化していたようだが、地球からの景観がよろしくないと言うことでドーム型都市に覆われたのだという。無駄すぎる税金投与だ。景観の問題だなんて。他にも何かあるのかもしれないけれど。

「連続殺人事件が起こって、ドラゴンは犯人を追い詰めたけど、それがドラゴンを哥哥――兄貴って慕ってくれてた子だった。怯んだ隙に両手足をすっぱり。それでも生き残ってペグ化されて長らえたけど、ドラゴンはもう人を信じるのが怖くなってたある。一度は死を考えた、言ってた通りドラゴンは首を吊ろうとした。でもそこに師父が来て縄を切り助けてくれた。師父やその妻子、友人たちに出会って触れ合っていく行く内に彼らを守りたいという警官になった目的を思い出して、何とか自信を回復して――地球駐留になる頃には、もう機動科配属が決定してたあるよ。あの体術には、私も勝てるか分からないある。凶器を出されたら、それが長物なら、体術は無力も同然ね」

 ふうっとラビットが息を吐く。

「ある意味嬉しくないエリートですね。その、ラビットさんは」

「もともと耳は良かったあるけど、内戦で地雷に耳をやられたある。何でもするから耳を戻してほしいって首からプラカード下げてたら中国当局が拾ってくれて、体術も仕込んでくれて。関節や筋肉の動きを聞いて的確にそこを壊す訓練を受けて、気功なんかもやったりして、今はこんな感じね。バードは面白交じりにショートレンジ・クィーンなんて呼ぶけれど、たいしたことない、ただの戦災被災者でしかないあるよ、私は」

「……ちなみにラビットさん。月には」

「行かんある! ヒキガエルになるある!」

「嫦娥ですか。そんな伝説真に受けてる人なんですねえ」

「ほんとにあったから伝説になるある! 私絶対月には行かないあるよ! ドラゴンの師父には興味あるけど、月に行くぐらいなら諦めるある!」

「ラビットさん。しぃ」

「あう。でも本当、月は怖いあるよー……絶対絶対行きたくないある」

「あれだけ暴れてたのに、月が怖いとか、面白い人ですね」

「面白がんなあるー。母親に聞いたいくつかの話の中で一番怖かったのがこれある。仕方ないあるね」

「……お母さんは、」

「中国で元気に畑耕してるね。そろそろ婿連れて一緒に帰ってこい言われてるね。腰が痛いからって」

「あ、お元気なんですね。良かったです」

「父さんは兵隊してたから死んじゃったあるけどね」


 ハロー、アンネ。

 今回のミッションはチャイナタウンでキツネ狩りでした。と言っても訳が分からないですよね。アメリカの西海岸でFBIのお手伝いをちょっと、本当にちょっとだけしました。今回はバードと、ラビットとドラゴンの二人も一緒でしたが、この二人はAWDにも負けない強さをしてて、四百体片付けた後でまだ余力を残しているぐらいでした。正直この二人の方が怖すぎて、マフィアとか可愛いものなんじゃないかと思ってしまったり。いや、強面のおっさんが可愛くないことは重々承知の上ですが、でもそのぐらいに二人は強かったです。閑話休題。

 この前はMWに乗せられましたが、今回は体術の大切さを見せ付けられたような気がします。何か一つだけ、じゃ駄目なんだな、と。俺の場合それはスナイプ技術、ライフリングですが、それよりもっと必要なものもあるのかもしれません。例えば守る対象がいることで得られる爆発的な力とか。それはモンキーが持っているか。俺も何かそういう必殺技があれば良いのかなあ。勿論君の事は大切に思っていますが、君にはお父さんがいるから心配はしていません。家族は何より心強いものだと、最近俺も解ってきたところなので。

 ところでチャイナタウンの飲茶は本当においしいので、ドイツにもあったら是非食べてみてください。

 親愛なるアンネ・コルンブルーメ・フォン・フォーグラーへ。

 トムキャットより。

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