あの母娘はバカンス中

魔王の人柄や、ミーチェ達が調査した情報を共有し、勇者一行はまた魔王城を訪れようとしていた。

「魔王様、甘味が好きって言ってたけど、どんな甘味が好きなのかな?和菓子?洋菓子?」

リザシオンの頭の中には色んなお菓子が浮かんでいる。

「魔王代理に聞いてみたら?」

ミーチェがそう言えば、リザシオンは「そうだね!」と目を輝かせた。




「魔王代理様と〜……姫様は……バカンス中なので……不在ですぅ……」

魔王代理の秘書、幽霊のリンゼンがそう言った。

「え、い、いつまで不在……なんですか?」

「一週間……ですぅ」

リザシオンの口から魂がひょっこり顔を出している。

「クローチェが、いない……」

「魔王代理いないけど、調査すんの?」

アガットがリーダーであるリザシオン……ではなくミーチェに聞いてみた。

「調査するに決まってるじゃない。気になる所をガンガン調査するわよ!ほら、リザシオン行くわよ」

しょぼんとしているリザシオンの腕をぐいぐいミーチェが引っ張る。

「元気だせよ、リザシオン」

肩をアガットがぽんぽんする。

「それじゃあ元気が出てくる歌を歌うよ~。元気がでーる〜元気がでるんるん〜るる〜♪」

フォルティがリザシオンの背中を押しながら歌を歌った。


勇者一行が向かったのは、騎士団だ。

訓練場からは訓練や模擬試合する姿が……。

「あれ、模擬試合してる……のか?」

アガットの呟きに、ここまで案内してくれたリンゼンが「はい〜」と答えた。

騎士達が真剣を使って戦っている。観戦しているはずの騎士達が次々と試合に飛び入り参加している。剣術だけじゃなくて魔法を使っている魔族もいる。みんな、剣を振り回し、拳で殴り、魔法を撃つ。

ひっちゃかめっちゃかである。


「す、すごいですね……」

ちょっと元気になったリザシオンが唖然とした様子で試合を見ていた。

「ある意味、実戦に近い状態で戦っているよね」

フォルティが感心したようにそう言う。

「めっちゃ楽しそうね……」

好戦的なミーチェは瞳をキラキラさせていた。


「ふむふむ……それにしても、みんな楽しそうね」

ミーチェは試合に参加している騎士の魔族達の顔をじっくり観察していた。

「みんな笑顔で相手に殴りにかかってるねぇ」

フォルティがそう言えば、リザシオンとアガットも頷く。

魔王の人柄について聞いたミーチェは、戦うことが好きな魔族が、あまり戦闘に興味がない魔王を裏切ったのではないかと考え、騎士団をもっと調査しようとリザシオンに提案したのだ。

とりあえず、騎士団の様子を見る限り、楽しそうだ。不服そうな魔族はいない。


しばらく観察していると、急にガランガランと鐘の音が響きわたる。

「試合終了!!」

頭にヤギっぽい角を生やした体格のいい男性の魔族の声で、乱闘していた騎士達はピタッと動きを止めた。

「彼がこの騎士団の団長かな?」

リザシオンの問いにリンゼンが「そうですよ〜」と答えた。

「よし、それじゃあ話しに行くわよ」

真っ先に飛び出したミーチェに続き、リザシオン達も団長の元へと向かった。


「団長さん、ちょっといいかしら」

「む、お前たちは……勇者とその仲間たちか」

「そうよ。聞きたいことがあるのだけど、今いい?」

「構わん。それで、俺に何が聞きたいんだ?」

「魔王のことどう思ってる?」

ミーチェはズバッとそう聞いた。隣にいたリザシオンの顔が青ざめる。

「ちょ、ミーチェ!いきなりそれ聞くの!?」

「うるさいわね、リザシオン。それで団長、あなたは魔王のことどう思ってたの?」

団長はうーんと唸りながら頭に生えている角を触りつつ、話し始めた。

「そうだなぁ。変わった魔族だなと思っていたよ。戦うことより寝ることが好きな魔族……でも、戦闘技術は高いんだよな。俺、何度か魔王様と手合わせしたことがあるけど、こてんぱんにされたよ」

団長は笑いながらそう言った。

「ふーん、なるほど。それで?魔王のことは好きなの?嫌いなの?」

ミーチェはズイッと団長に近寄る。

「好きか嫌いかと問われれば好きだな。今の魔王様が初めて俺たちの衣食住の質を見直して改善してくれたから、俺は魔王様好きだなぁ。歴代の魔王様みたいに戦う機会を積極的に作って自ら参加する魔王様じゃないから、不満を呟く魔族もいたが……。俺は別に。魔王様以外にも結構強いヤツなんてゴロゴロいるから、戦いたいなら、今みたいに試合すれば満足だからな!」

「衣食住の質の見直して改善……魔王様、すごい魔族だったんだね」

リザシオンがそう呟くと団長は「まぁ、正確に言えば、布教なんだがな」と言った。

「布教?」

リザシオンが首を傾げると団長は説明してくれた。

「より良い睡眠のために色々研究した魔王様が、成功したものを俺たちに布教してたんだよ。それが、俺たちの生活の質を向上させたんだ」

リザシオンはなるほどと呟いた。

「ちょっと団長、さっき言ってた不満を呟いてた魔族って誰?まだ魔王城にいる?」

ミーチェは団長に詰め寄った。

「んー……何人かは、魔王様に進言なく人間を襲う計画に携わっていた者と判明して処罰された。魔王様への不満を呟いたことがあるが、証拠がなくて処罰されなかったのは、武具を作ってたビスっていうヤツだな」


ビス、という名前にリザシオン達は覚えがあった。以前、魔王代理からもらった怪しい魔族達のリストに乗っていた名前だ。


さっそくリザシオンは達は武具を作っている鍛冶場のエリアに向かうことにした。

本当はリンゼンに案内してもらいたかったが……。


「リンゼンさーん!助けてぇ!雪女さんが洗濯機凍らせちゃった!」

「リンゼン!スライムが排水溝に詰まってる!」

「リンゼンちゃん〜!食堂で喧嘩が勃発してるわ!」

今日は魔王代理はバカンス中で不在。なので、困りごとが起きると秘書のリンゼンにみんな助けを求めてくる。


「あの、リンゼンさん。僕たち自力で鍛冶場のエリアに行きますから、みんなの対応をしてあげてください」

リザシオンがそう言うとリンゼンは「すみません〜……行ってきます〜……!」そう言って慌しく姿を消した。


「さて、僕たちだけで鍛冶場の方に行こうか!」

「はいはーい!じゃあみんな、はぐれないようにリナリアちゃんに付いてきてねー」

バッと全員が振り返ると、ルナーリアの姉のリナリアがしれっといた。

「びっくりした……!なんでアンタがここにいるんだ?」

アガットがそう聞くと、リナリアは「休み!」と元気いっぱいに答える。

「……この間も休みだったよね?」

リザシオンはふと数日前に魔王城をフォルティと一緒に調査した時のことを思い出した。あの時リナリアはルナーリアと一緒にパフェを食べに行っていた。

すると、リナリアはてへっとへにゃけた笑みを見せた。

「……今はサボりなんだよねー。まぁ、みんなを鍛冶場のエリアまで案内したら仕事に戻るよぉ」

仕事をサボり中のリナリアに鍛冶場エリアまで案内してもらうことになった。


カンカンと鉄を叩く音が聞こえる。

「鍛冶場エリアに到着でーす!リナリアツアーはこれにて終了〜」

「リナリアさん、ありがとう。助かったよ」

「仕事頑張れよー」

「はいは〜い。それじゃあ……」

リナリアの笑顔がふっと消えていぶかしそうな顔になる。

「……どうしたの?」

ミーチェが不思議そうに首を傾げると、リナリアはスススッとリザシオン達に近寄り、声を潜めた。

「普段いないヤツがいた」

「え?普段いない……ヤツ?」

リザシオンがチラリと辺りを見渡す。

リナリアはそっと指を指した。それは、一つの鉄製の扉。

「保管庫……って書いてあるね」

フォルティが目を細めながら扉の上にあったプレートの文字を読んだ。

「リナリアさん、普段いないヤツってどんな魔族のこと?」

「宮廷音楽家のヤツ。あの後ろ姿はハーピィ系……ラノじゃないかな。鍛冶場ってほら、どうしてもうるさいし暑いじゃん?宮廷音楽家の魔族達、ここに近寄らないのよ。それに、鍛冶場の魔族達ともそんなに仲良くないし……」

「なるほど……普段近寄らない場所にわざわざ来るなんて、怪しいわね」

ミーチェがじっと扉を見た。

「ちなみに、扉の向こうに行ったのって、ハーピィ系の宮廷音楽家の魔族だけ?」

リザシオンがそう聞くと、リナリアは首を横に振った。

「ううん。チラッとしか見えなかったけど、たぶんビスも一緒だったと思う……。ビスって魔王様のことあんまり好きじゃないんだよね。でも、ラノは魔王様のこと嫌ってないのよ。そんな二人が一緒にいるなんて……」

リザシオン達は目を見開いた。

「ビス……」

「おい、リザシオン。なんかめっちゃ怪しそうじゃないか?魔王の件じゃなくても、なんか事件が起きそうな感じだぞ」

アガットがリザシオンの肩を突いた。

魔王代理とクローチェがいない時に事件が起きると、リンゼンさんがさらに大変になる。

「ちょっと調べてみよう」

リザシオンの言葉に全員頷いた。

「私も行く」

リナリアも真剣な表情だ。


五人はビスと宮廷音楽家のラノが姿を消した鉄製の扉へと向かった。

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