記録23 真夜中の姫と魔法使い
すっかり寝静まった魔王城。
皆がスヤスヤと寝ている時間に、起きた人物が1人…
「んー…まだ夜中だ…」
まだ寝ていても大丈夫なのに、目が覚めてしまったクローチェ。
もう一度布団にくるまり、寝ようとするが全く眠たくない。寝返りをすればするほど、目が冴えてしまう。
(これは駄目だ…!寝れない!!)
仕方がないから起き上がる。
しばらくは天蓋付きベッドの上でどうしたら眠れるか唸っていたが、途中で考えるのを放棄した。
何故なら…
カーテンの隙間からこぼれる月明かりがクローチェを誘う。
魔族達が住む、魔法が溢れるこの地はクローチェの瞳の様な紅い月が浮かぶ。
今日は見事な満月だ。
「…眠たくないなら、眠たくなるまで何かすればいいか!よし、散歩しよ~!」
クローチェは寝ている皆を起こさない様に静かに部屋を出る。
灯りも持たずに月明かりだけを頼りに、薄暗い魔王城内をぶらぶらと歩くクローチェ。
あてもなく、何となく「こっちに行こ~」「ここで曲がろ~」と言った感じで歩く。
「あれ?こんな所に通路なんてあったかな…?」
クローチェの記憶にない通路が現れる。
引き返そうかと思ったが…クローチェの好奇心の方が勝った。
ワクワクさせながら歩く。
そこでふと、目に止まったのは壁に掛けられた絵画。
そこに描いてある絵が素晴らしくて目に止まった…わけでは無く、何故か傾いていたのだ。その上、絵画からは微量な魔力を感じる。
傾いているのが気になるので、直すついでに、まじまじと絵を見ようと額縁に触れる。
ピカッ!!
「!?」
途端に目も開けられない程に絵が光ったと思ったら…
フッと、地面の感覚が消える。
クローチェが目を開けた時には、辺り1面黒一色だ。
そして、落下している。
「て、転移魔法!!どこでもいいから転移!!」
手を宙にかざしてそう叫ぶが、全く反応しない。
「なんで!?」
そうクローチェが叫んだ瞬間、パッと視界が開ける。
(ヤバ…これ、絶対に痛い!!)
とにかく受け身の体勢を取るクローチェ。
ドサッ!!
(あれ、思った以上に痛くない?)
「うぐぅ…」
地面から呻き声が…?
「あ!」
何と、クローチェはある少女を下敷きにしてしまったようだ!
「だ、大丈夫!?怪我してない?」
「うぅ…とりあえず、大丈夫よ。貴方、随分軽いし…」
そう言ってクローチェが抱き起こした少女…緩くウェーブのかかった亜麻色の髪に、きゅっとつり目がちな空色の瞳。紺色のポンチョには金色の星の刺繍。ロングスカートも同様に紺色に金色の星の刺繍がされていた。
お互いに目を見開く。
真っ先に口を開いたのは、空色の瞳の少女だった。
「貴方、魔王の娘のクローチェ!!」
そして、その少女の正体は…
「勇者の仲間の…魔法使い!!」
暫しの沈黙。
「…そういえば、魔法使いさんの名前って、何だっけ?」
ガクッと肩を落とす魔法使い。
「確か貴方…リザシオン、勇者の名前も覚えてないものね。でも、ちょうどいい機会だわ。私の名前はミーチェよ。よく覚えて置くことね!」
どや顔で名乗るミーチェ。
「ミーチェって言うんだぁ~。可愛い名前だね!」
クローチェはすんなりとミーチェの名前を覚える。
「か、可愛い…ふん。まぁ、自分でもこの名前は…割りと気に入っているわ」
「私も自分の名前、気に入ってるよ。クローチェって名前ね、お母様がつけて下さったの!」
何だか和気あいあいと会話しているが、ふと違和感に気付くクローチェ。
「あれ…?何で、ここに勇者の仲間がいるの?貴方1人だけみたいだけど…あ!何で不審者、主に勇者達発見センサーが反応してないの!?」
クローチェのその言葉に先程までのどや顔から、気まずそうな顔をするミーチェ。
「…センサーに関しては、避けたり、私の魔法で機能を一時的に止めたのよ」
「えぇ!!止めれちゃったの?これは大事件!お母様達に早急に報告して、センサーの改善しなきゃ~」
そこでハッとなるクローチェ。
「待って。その口振り、まさか…貴方1人でこの魔王城に忍び込んだわけじゃないよね…?」
「……」
ミーチェの目があさっての方向を見ている!
「魔王城内に、勇者達いるの!?てか、いるんだよね!?早く皆を起こさなきゃ!!何処、扉!?」
クローチェは立ち上がり、薄暗い中、扉を探すが、見つからない。
座り込んでいたミーチェが立ち上がる。
「無理よ。この部屋には…この場所には自由に出入りできる扉は無い。魔法も使えない」
たった1つの小さな天窓から僅かな紅い月の光が、クローチェ達を照らす。
狭く、冷たい岩肌の床と壁。扉は何処にもなかった。
「ここで私達の事を痛めつけるんでしょ?罠にかかった私達を、ここに転移させて。魔法も使えない様にして…」
ミーチェはそう言うと、諦めた様にペタンと冷たい地面に座る。
クローチェの記憶がグルグルと頭の中で回る。
(あ、もしかして…これが、あの見慣れない廊下が、勇者対策の…?)
そう言えば、魔王代理…母から工事場所や、新たな勇者達専用トラップの場所が記された地図をもらっていた。
(でも…よく読んでなかった!!散歩する時に持ってこれば良かった…)
クローチェは頭を抱えた。しかし、後悔しても時は既に遅し。
「貴方が、私の事を痛め付けに来たんでしょ。どーせ魔法しか使えない私なんて、魔法を封じられてしまえば、貴方の大斧で一発だものね…」
ミーチェはすっかり、クローチェに殺されるものだと考えている。
「あ、あの~ミーチェちゃん…」
「何よ。私はもう…覚悟出来てるわ。はぁ…もっと色んな魔法を使って、リザシオン達と派手に戦いたかったわね。あぁ、どうせ殺されるなら、貴方の大斧と、私の魔法の一騎打ちとかしてからが良かったわ…まぁ、叶わない夢だけど」
ミーチェはこれが最後の言葉よ、と言わんばかりに一気に喋る。
「あの、申し訳ないんですけど…」
「何!?何が言いたいのよ!」
「私も魔法が使えないの!!さっき、転移魔法を使おうとして、使えなかった!魔法がつかえないんじゃ、大斧出せないの!」
暫しの沈黙。
「…はぁ?なんで貴方まで魔法が封じられてるのよ」
「たぶん、未完成だからだと思う。この、勇者達専用トラップ…まだ改善とか改良とか、色々する予定だから…まぁ、その、魔族と人間の区別がまだついてないから~…そう!結果として私も魔法使えないの!どーしようっ!私もここから出れない!!」
今度はミーチェが頭を抱えた。
「全く、何なのよ…どうしてくれるのよ!!」
「あ、でも朝になったらきっと、フィク達が気づいてくれるから~最終的には出れる!」
ガクッと肩を落とすミーチェ。
「はぁ…なんか貴方と会話してると疲れるわ。て言うか…朝になるまで貴方と2人っきりなの!?冗談じゃないわ!」
クローチェもうんうんと頷く。
「だよね。暇だよね~朝までまだ時間はそれなりにあるし」
「は?貴方、何いってるの?」
クローチェはズイッとミーチェに寄る。ズリッと後ずさりするミーチェ。
「ここは、朝までガールズトークしよう!」
「…は?」
瞳がキラキラのクローチェと、呆れ顔のミーチェを紅い月の光が照らしていた。
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