連作短編:緑が丘高校シリーズ

Phantom Cat

ドラゴンスレイヤーの煩悶

1

 目が覚める。


 そこは、いつもの僕の部屋。何も変わらない。いつものベッドに、僕は横たわっていた。


 また帰ってきてしまった……


 この退屈な、現実の世界に。


 僕は、平良たいらヒトシ。極めて平均的な高校に通う、極めて平均的な高校二年生。クラスに一人はいる、目立たず存在感の薄い生徒だ。


 体型も顔立ちも平均的。女の子にも全くモテたことがない。

 得意科目もこれと言ってない。どれも平均くらいの成績だ。強いて言うなら、好きなのは数学と物理。だから一応理系クラスにいる。嫌いなのは歴史。昔のことには全然興味が湧かない。年号とかやたら無意味な数字を覚えさせられるのも苦痛だ。だけど、覚えるのもできないわけじゃないので、苦手とは言え一応平均点くらいはいつも取っている。


 何かスポーツや芸術に秀でているわけでもないので、所属は帰宅部。音楽は流行のJ-POPが好きで、アニメやゲームも人並みに好きだが、熱中しているほどでもない。趣味と言えば、ネットのオンライン小説を読むくらいだろうか。


 僕はこんな自分が嫌いだった。何で僕は何の才能も無いんだろう。おかげでやりたいことも見つからない。何かやりたい、と言う気持ちだけはあるんだけど。


 しかし。


 ここ何日か、僕は同じ夢を見続けていた。正確に言えば、同じ世界の夢だ。

 オンライン小説でよくある、剣と魔法の世界。凶悪なドラゴンに、人間たちは全く手も足も出ない。いや、出なかった。


 ドラゴンを倒すことができるという伝説の聖剣が発掘され、状況が変わったのだ。

 しかしその聖剣は、まるで生きているような独特の動き方をするので、並の人間には扱えなかった。

 それなのに何故か僕はそれを意のままに操ることができた。現実の僕は剣道もフェンシングもやったことなんか一度もないのに。


 その剣は一振りでドラゴンをなぎ倒すことができる、凄まじい威力があった。それを扱える数少ない人間、ドラゴンスレイヤー。その中でも僕は、常に一番の戦果を収めていた英雄、「セイバー」だった。しかも夢の中の僕は、背も高くて筋肉質のイケメンだ。もちろん女の子にもモテモテ。ずっとこの世界にいられたらいいのに……


 しかし、朝になると僕は現実に帰ってきてしまう。そして、何の変哲も無い高校生としての一日が始まるのだ。なので、もう最近は眠ることだけが楽しみだった。眠ればあの世界でドラゴンスレイヤーの「セイバー」として活躍できる。


 だけど。


 夢の中にしては、あの世界はすごくリアルだった。まるで本当に存在しているみたい。SFでよくあるパラレルワールドなんだろうか。オンライン小説サイトにもパラレルワールドが出てくる作品がたくさんあって、僕もいくつか読んだことがある。僕には難しくてよくわからないけど、「量子力学の多世界解釈」っていう、パラレルワールドの理論的な裏付けもあるらしい。夢の中で、僕はパラレルワールドに移動しているのかもしれない。


 それはともかく。


 極めて平均的な一日を終えた、極めて平均的な高校二年生の僕は、全く平均的でないドラゴンスレイヤーとして活躍するため、今日も眠りにつくのだった。


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