第5話

 三人目の男の企みが暴露される。

 ライトは舞台上を滑って、女を暗闇へ残し、少し上手に居る男を映し出した。

 ニヤニヤと心の中に何かを含んだ笑みを口の端に浮かべて、男は笑い声を上げる。


 ククク、アハハハ!

 やっとだ、やっと俺にも運が向いてきやがった。

 俺ほどの才能を持ったヤツがこんな所でくすぶっているはずは無いと思っていたが、まさかあの舞台のあと、こんな事になるとは思いもよらなかった。

 俺は確信した。

 自分の人生の勝利を。

 小さな頃から役者になるんだと心に決めていた。母を捨て、友人も何もかもを捨てて演劇の世界に飛び込む。しかし、俺の思いとは裏腹に、演劇の世界は俺を歓迎しなかった。日が過ぎていくにつれ俺の不満は大きく膨らみ続ける。

 何をやっても上手くいかない。今の俺は俺じゃない。全ての原因は俺の才能を認めようとしない連中のせいだ。

 俺を認めようとしない連中のせいで、俺は役者だけで生活をしていくことが出来ない。日々の生活の為に演劇ではない仕事に追われていた。俺は毎日、毎日、心の中で(こんなはずはない、これは俺がたどるべき道じゃない……)と繰り返す。

 そんな時だった、俺があの女に出会ったのは。

 俺は生活の為の仕事へ行こうと、小さな劇場のつまらない舞台を終えて裏口を出た。ドアを開けると、そこには体を小さく揺らして、俯いている女が一人。

 変な女がいる、気持ち悪い奴だと俺は俯いて震えている女を蔑むような目で見つめて横を通り抜ける。

 仕事に遅れそうだと急ぎ足で過ぎ去った背中に、蚊の鳴く様な声が聞こえ俺は足を止めた。振り向けば、女は頬を桃色に染め、唇をフルフルと細かに揺らして俺に語りかけてくる。

 女の言葉を聞いた俺は心の中でしめたと笑い、手をグッと握って喜んだ。

 女はそんな俺の様子を見ることなく、初めての告白に緊張し、瞳を閉じて返事を待っている。震える女の肩を包み込むように抱いた俺は耳元でそっと返事を囁いて頬に、女にとっては優しい、俺にとってはたくらみのキスを落とした。

 非難したければすれば良い。

 俺のたくらみを見抜けなかった女が馬鹿なんだ。

 そして、そんな女を捕まえた俺が利口だったんだ。

 俺はまんまと便利なアイテムを手に入れた。住む所も食事も、着る物すら心配はいらない。もちろん金の心配も。毎日家に居てただ、演劇に没頭する。

 ちょろいもんだ。

 初心な女に与えるのは少しのキスに、少しの言葉。そして、たまの御褒美。生物としての快楽。たったそれだけで良い。

 そうして俺は気づいた。何も自分が齷齪する必要なんて無いんだと。生活も演劇も夢も全て、何も俺自身が必死にならなくとも手に入るんだと。

 俺は女の金で自身を着飾り己の見た目をいかに美しくするかにのめりこんだ。自身で働かなくても、俺には金が入ってくる。演劇に没頭していると思い込んでいる俺を愛する女から。

 女が休むことなく働いた金は全て俺に使われた。俺は「愛」という演技を女に返してやるだけでよかった。

 ギブアンドテイク。

 一生、男に恵まれなかったはずの女に俺という最高の男を、そして、俺には俺に必要なものを。

 やっとだ、やっと俺にも運が向いてきた。今までの人生が間違っていた、そう、ここからが俺が俺である為の人生のスタート。


 ただでさえ歪んできていた男の思考は、女の出現によって更に歪むこととなる。

 女は自分の役に立ってこそ、その存在価値がある。女はそういう存在であるべきなのだ。それが男を形作る男の考えの主軸となる。

 いつしか、男は女を利用するために演技を磨きはじめる。自身の体を磨いたように。

 どんな目的であろうとも死に物狂いの努力というものは報われる。男は変わった。街を歩けば誰もが男を注目し、舞台演技は白々しさがあったが、女を騙すには十分すぎるほどの演技力を身につける。それこそ異性のみならず同性までも魅了する程に。

 女が家にいないとき、男は鏡の前に立って自分自身を抱きしめる。

 その頃にはもう男が愛するのは磨かれた自身だけとなっていた。そうして男は自身を正当化する。

「俺は正しい。今の状況が俺に俺が正しいのだと言っている。そうだ、俺は確実に階段を登りつつある。高みへ、女は俺の下で、俺を支えて持ち上げていけば良いんだ」

 男は次の獲物を探して街を歩き、小さな劇場を去り、街中の舞台へと上がろうとしていた。

 男は其々が其々に持っていた女の栄光を狙う。優しく輝く瞳は女を捕らえる為の罠。捕らえられれば逃げる事はできない。骨の髄まで男はむしゃぶりつく。そう、まるで骨一つ残さず最後の最後まで喰い尽すハイエナのように。

 男は大きな声を上げて笑いながら自身に当てられたスポットライトを見つめ返し、眼差しはそのまま前方へと向かう。ライトは男の目線を追うように前方を照らした。

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