第20話 正義の味方できるかな?

【自己紹介】

私は、変身ヒロイン、キザキ・アカネ二十三歳!(稀崎明音)


正義の味方として、日常をクズみたいに生きるんだと決意した『わるもん』カップルを自宅に軟禁している女の子!


今日も、一般人として出勤よ!



会社についた。

おはようございます!としろーずちゃんは大きな声で挨拶をした。


私もそれに続いておはようございますと声をかける。


ばらばらと「おはようー」と返事が返ってくる。

「みんなテンション低いですねー!」としろーずちゃんが言う。


あれ?なんだ?この雰囲気…。

トレンチさんが、困った顔をして近づいてきた。

「ね、しろーずちゃん。今日から電話取らなくていいから」そう、囁くように言う。


「それと、今日から仕事、チラシの折るやつ。

ポスティングしやすいように三つ折りにしてね」


そういうと、なにかまだ言いたげだったけれど、席に戻っていった。


その日、しろーずちゃんに話しかける人はほとんどいなかったし、彼女が誰かに話しかけても、生返事だけしか返ってこなかった。


とうとう、たかがインターンシップ に社内をかき回されるのに業を煮やした部長は、しろーずちゃんを無視し始めた。

(部長のお達しか…集団いじめみたいなことを…)



トレンチさんは泣きそうに困った顔をしていた。

お昼に、トレンチさんに声をかけてみよう…と思っていたら、二人とも部長にお昼呼び出され、一緒に食事に行くことになった。


結果、トレンチさんに聞きたかったことはその部長とのランチで聞けることになるのだけれど、私の想像の域を超えなかった。


つまり、最近インターンシップ にかき回されて業務が滞っているので、白水真代にはあまり接触しないようにという話だった。


教育を放棄し、孤立させてインターンシップ の期間を乗り切れば、いつも通りの日常がやってくるという寸法なのだ。


社長にインターンシップ の受け入れの経緯を聞き出して資産家の令嬢だというプロフィールを全く知らない社長に、それが風説の域をでないと判断し、村八分にすることに決めたらしい。


要は、利用価値の消失でお荷物のインターンシップになったわけだ。


社内でしろーずちゃんは、ひとり取り残された。


しろーずちゃんは、どことなく寂しそうにしていたし、口を結んで黙々とチラシを折っていた。

働くって、こんな感じのことなんだろうか…?

そして、私たちが守りたい世界って、こんな世界のことなのだろうか…?


しかし、ある意味、経済中心の組織を運営するということはそういうことなのかもしれない。


帰りに、社内で飲み会のお誘いがあったけど、今日は帰りたかった。


残業も少しあったし。


しろーずちゃんは、今日ほとんど会話できなかったのに、帰り際の挨拶はとても大きい声で「しつれいしまーす」と言えた。


挨拶は元気よく!と私が教えたからかなぁ…。

彼女には言う必要はなかったけど、もしかしたらこんな時に役立つとは思ってもみなかったけど。


えらいな。しろーずちゃん。

私の顔を何度も振り返りながら帰る彼女を見て、胸が痛くなった。


トイレにいくふりをして、彼女を追いかける。

「しろーずちゃん!」と声をかけると、唇の両はじを少し上げて、ぺこりと頭を下げた。


「私は嫌われてます…」と囁くような声で笑顔で言った。


「あのね…」と、言いながらその先の言葉を紡ぐことができなかった。


(あなたが守りたいって、正義感を燃やしていた世界って、こんな世界なんだよ…)


そう目で訴えるのが精一杯だった。

その言葉を、彼女には言えなかった。

正義は、どんなことにも勝ると思い込んでいるかわいい後輩なのに、私は、その後輩を守ることができていない。


そう。


できていなくって、こんな寂しそうな笑顔をさせている。


「大丈夫です」

しろーずちゃんは、言った。


「いつか、先輩のところに遊びに行きたいです!」

そう言うと、笑いながら泣いた。


私は、どう答えていいかわからずに「うん…」とだけ答えた。


「大丈夫です」

二度目の大丈夫を告げる声は、口がへの字になって声が震えてビシャビシャだった。


その声を発すると、ぐるんと背中を向けて「帰ります!」と叫ぶように言って走り去った。


わたしは、彼女の頭をなでてあげることも、抱きしめてあげることもできず、彼女側に立つこともできず会社側に立つこともできていない。


私も、廊下で両手を組み揉みしだきながら途方に暮れて俯いて立ち尽くしているだけだった…。


「どれだけくずなんだよ…演じなくても全然くずじゃないか…私は…」


噛み締めた唇に血が滲んで錆の味が口に広がった。

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