第6話 日常過酷な生き方を…

【前回の『キミは『わるもん』ワタシは『いいもん』』復習】

相変わらず、額は切れていたし、頭頂部はハゲていた。


それでも、頭のてっぺんにおだんごを結い上げるくらいの髪の毛はあったので、とりあえずハゲのカモフラージュを行って、額には、傷パワーパッドを貼り付けた。ベージュ色なのでさほど目立たないのでありがたい。


帽子を探したが、頭の上におだんごを結っていたのを思い出して苦笑いしながらかぶるのをやめた。


それでも緩めのニット帽だけはカバンに押し込んだ。

『わるもん』の様子を伺うような小声で、「いってきまーす…」と告げて扉を開けた。気にはなったけど、鍵は閉めて行かなかった。


多分、帰ったら『わるもん』は正義の味方である私に対する恐怖のあまり、この部屋を出て行ってるだろう。


【自己紹介】

私は、変身ヒロイン、キザキ・アカネ二十三歳!(稀崎明音)

私は、正義の味方として、日常をクズみたいに生きるんだと決意した『わるもん』を自宅に軟禁している女の子!無断欠勤をからの出社!頭がハゲてて額に流血しながらも営業所の扉をたたいたわ!



で…、1ダースの半分の…まだまだ続くよ第六話。


怒られるだろうなぁと思ってそぉっと扉を開けると、私の顔を見るなり営業所の中がザワついた。


何といえばいいかわからずに「おはようございます…」と言った。

挨拶は、コミュニケーションの基本。

とりあえず、声を出せば何らかの反応が相手が返ってくる…はず…。

それが生物的な生き方というものだよね…。


人間社会で生きてれば…。




返ってきた言葉は「昼過ぎだ!おはようじゃねぇだろうが!」という部長のありがたいお言葉だった。


ああ、保健室登校から始めるべきだったと思ったが、会社には保健室はない。

ワタクシ、キザキアカネは、負ける戦いに、丸腰でやってきた新兵そのものなのだった。




「稀崎!こっち来い!」


う、うわぁ…、係長でもなく、課長でもなく、部長案件となってしまった…。

めっちゃ怖いったら…。手が震える。




同期の薄手のトレンチコートを譲ってくれた子が、あとで教えてくれたのだけど「顔、真っ白で右足と右手一緒に出てたよ…」と、その時のわたしの有様を教えてくれた。


右足と右手…ナンバ歩きだなぁ…人は恐怖を抱くと古来の日本人のDNAが目覚めるのかもしれない…とその話を聞きながら思っていた。




机をバンバン叩きながら怒鳴り続ける部長は、三十分程営業所の空気を凄惨な雰囲気で汚染し続けたし、私はといえば、あまりの剣幕に返す言葉もなく立ち尽くしていたけれど、だんだんトイレに行きたくなってきてこのまま説教が続いてしまうと、恐ろしいことが起こりそうだという予感があったので…。




「部長…すみません…。別室でお話をさせていただいていいですか…」




消え入りそうな声でそう切り出した。


トイレ休憩を入れたかったから。




部長は、大きな威圧的な目を魚のようにぎょろぎょろさせながら、戸惑ったように「お、おう…会議室に」と言った。


成功!別室にいく前にお手洗いに行ける!!マジでちびりそうだった!


速攻で部長に「失礼します」と言って、体を翻してトイレへ駆け込んだ。




背後で「部長ちょっと言い方がきつすぎないですか?」という声が聞こえていた、あの声は多分、薄手のトレンチコートを譲ってくれたあの子の声。トレンチさんとあだ名をつけた子の声だったなと考えていた。




誰もいない会議室で、部長と差し向かい。


「話とは?」と、威圧的な雰囲気をかろうじて崩さずに部長は言った。




さて、困った。


トイレに行きたかっただけなので、会話を準備していなかった…。


こんな時に役立つのが女の武器だと思った。




私は泣き崩れて、テーブルに突っ伏した。




「おいおい…」と部長がうろたえる。


敵の感情を掌握した!と、その時私は思った。


更に、判断能力を鈍らせてやろうと、嗜虐的な気持ちがむくむくと頭をもたげてきた。




私は突っ伏したまま、結い上げていたおだんごを解くと、髪の毛がばらばらとテーブルの上に落ちてうねった。


(秘儀 ハゲ晒し)と、心の中で呟いた。




「お前!稀崎、その頭…」


テーブルに突っ伏したまま、泣き真似をしながらも心の中では高笑いしたくてしょうがなかった。


テンションが上がってしまって、更に傷パワーパッドもむしり取ると、額からだらだらと流血。血を顔面にしたららせながら、目を見開いて部長を見つめながら大声で泣き喚いた。ひゃっほう!





部長は何もしていないのに、テーブルに私の血が滴り落ちた。

部長は、のけぞりながら「ひぃっ」と声を出した。




「こういうことなんです!!部長!!」




なにがこういうことなのかわからないまま、部長は「わかったわかった」と言いながら泣き喚いて会話にならない私を許してくれた。


なんか、スキップしたくなるようなと制圧感。


嘘はついてない。


ただ泣きながら、私のハゲを晒しただけと、額の流血を見せつけただけなのだけれど、陰湿な部長の説教から解放された。そんな勝利。






会議室を出ていく部長を涙目で眺めながら、テーブルに飛び散った血をティッシュで拭っているとトレンチさんが心配そうにやってきた。




「きざきさん…どうしたの?心配してたんだよ…」




(ありがたいけど、めんどくさいなぁ…このあと何があったか好奇心で聞かれるんだろうな)そう思ったから、泣き喚き絶叫で応えた。こんな時に女子の感受性はありがたい。




「大丈夫!大丈夫だから」と言いながら、ぎゅーっと私を抱きしめてくれた。


日常クズを演じる私でも、ちょっとだけ、罪悪感が芽生えたけれど、無視することに決めた。


言い訳するように心の中で(だってトイレ行きたかったんだもん)と思いながら。

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