第4話 音声交流と失われた計画

はぐれた『わるもん』は、どうなるのか調べたら、秘密結社対策機関で三週間保護の後、引き取り手がなかった場合『幸福まんじゅう』という変なものを食わされて廃棄処分にされるらしいと、ネットに書いてあった。


わたし、キザキ・アカネは、ペコペコと頭を下げながら公園の隅に隠れようとする『わるもん』をそのままに立ち去ろうと思っていた。


どうせ、悪の秘密結社は私たちが壊滅させてしまったし、この子の引き取り手なんて現れるはずがない。


秘密結社対策機関に報告してもどうせ廃棄処分だ。


行き場なく、のそのそと公園の隅に不器用に隠れようとする『わるもん』を眺めていたら、また、あの悪童ファイブに引き摺り回されて、さっきよりも酷い目に合うかもしれないと思いはじめた。


そんな連想をすると、居てもたってもいられなくなった。


「かわいそうと思った瞬間に、思ったやつには責任が発生する、手を差し伸べたのなら尚更だ…」と言ったのは誰だっけ?もう、忘れてしまった。


「哀れむだけなら偽善者だ、守るフリをして放り出すなら、感情を動かさない奴らよりも残酷な悪魔のような罪人だ…そんな娘は私の血を継いでる者ではない!」と、容赦ない熾烈な叱責。


私は、そんなことを言われて、ロデムという猫を抱きしめて床にうずくまって声が枯れるまで泣いた。


あれは、確かじいちゃんだ。


捨て猫だったロデムという名前のペットの面倒を見なかったときに言われた言葉だ。


飼いたいと言って世話をしなかったときに言われた言葉だった。


なぜ、あんなに悲しかったんだろう…。


なぜ…。


「思い出した!」


じいちゃんが、ロデムを殺してしまうと言ったからだ。


じいちゃんは、もともと、ロデムを飼うことに反対していた。


私が面倒をみることができないと思っていたから。


私以外の誰も面倒を見てはならないと、家族のみんなに伝えていたにも関わらず、その日私がロデムの餌を忘れて遊びに出かけてしまった。


お腹がすいたロデムは、お父さんにまとわりついてお父さんが餌を与えてしまった。


遊んできた余韻で笑顔で駆け込んできた私を、じいちゃんは捕まえ抱え上げて、無表情に、ロデムを殺すと私に無表情に言った。その目はすごく怖かった…。


私が『わるもん』に同情した瞬間に、決めていたようなもんだ…。


悪の秘密結社は、もう潰れた。


統制がとれない『わるもん』は、『わるもん』たり得ないというのが、私の結論だ。


悪の枢軸は我々が滅したから…。


そもそも、こいつは、優しい善良な『わるもん』なんだ!


と、思考を紡ぎながら「アホか私は」と頭を抱えた。


そして…そのまま連れて帰ってしまった…



* * * * * * * * * * * * *



『わるもん』は部屋の中、ベッドの下にずるずると怯えて潜り込もうとする。


怯えながら、じっとこちらを見ていて『わるもん』が悪霊みたいで怖くなってきた。


空気も淀んできた気がする。


じっと目を合わせていると『わるもん』は、おっさんの声で語りかけてきた。「お前!そんな声なん?!シャイニングのジャックニコルソンみたいな声やんか!」


思わず叫んだ。


正確に言えば、吹き替え版のシャイニングだったが、どうでもいい。


声は大事、大事だよね?イケボとは言わないけど、音声情報大事くない?


普通、こういうのって、「きゅぅううう?」とか「みゅぅうう」とかいう人語を解さぬ声だろ?


なんで、オカルトおっさん声なん?!


低いかと思ったら裏返るみたいな、サイコパス声じゃん!時々引きつった笑い声入ってるし!


しかも、最初の呼びかけの言葉と言えば…


「女よ…そちが名付けを行った、あの瞬間に我の主人となった」とか?


そちって…女よ…って?!

な に さ ま !?


悪魔とか、神とかのレベルの垂直急降下爆撃並の上から呼びかけじゃんか!しかも、私『わるもん』に名前つけてないし!


大量の脂汗をだらだらと滴らせながら、眉間に深くシワを刻み込んで『わるもん』を見つめる。


『わるもん』が口を開く(どこが口かわからないけど…)


「我の名前は…雑魚キャラオブザイヤー…」


「名付けじゃねーーしっ!!!それ悪口やし!」叫びながら、私はチカラいっぱいに携帯を投げつけた。


そのあと瞳孔が開いた状態で、肩で息をしながら、まず、深呼吸をと、大きく息を吸った。


今からパチンコ屋に行けば、まだ間に合うだろうか…と考えていたダメだ!違う!今すべきことはそんなことではない…。


『クズ』スケジュールのタスクを消化している場合ではない…。


正義の味方が、めっちゃ親父声でオカルト声の『わるもん』を飼っているということが、今の当面の問題で…私のクズとしての自分のアイデンティティを確立させることではない…。


いや、クズどころかこいつを庇ってしまったこと、これは『わるもん』蔵匿罪で立派な罪なのだ。そのために、私自身の『いいもん』のアイデンティティ自体が崩壊しかけているのだ。


なに、敵に同情しとるん?!これが、人質が犯人に好意を抱くっていうストックホルム症候群ってやつか…。


ん?誰の何の人質だ?


頭が真っ白になって、何も考えられなくなった…。


めまいがした。


知能指数がひどく下がっている…気がする。


寝てないし、お風呂にも入ってないし、きちんとご飯も食べてない…。


顔は血塗れで、髪の毛も千切れてて丸くハゲがカッパみたいに頭頂部にできてる!


クズになろうってなんだよ!オオヌキ・トシエ!!


どんなカウンセリングしてやがるんだよ!


クズのアイデンティティを確立するなんて、正義の味方で敵と戦うよりも大変だよ!私には無理だったんだ!


そう思った瞬間に、堰を切ったように涙があふれてきた。


パチンコにも行けないし!!


スケジュールがぐちゃぐちゃじゃないか!!


退廃的な感じを出してみようと飲み干しそのままにしていたビールの缶を鷲掴みにして、きょとんとしている『わるもん』に向けて再度ちから一杯投げつけた。


「そちの怒りは尤もだ…」


その声をきいた瞬間に、めまいがして気を失った。


そちって…。


じいちゃんが、悪いんだ!


あの世で会ったら何も食べられないように入れ歯隠してやる!


そんなことを薄れていく意識の中で考えていた。




次は、変身ヒロイン、キザキ・アカネ(稀崎明音)さん、『わるもん』どうする?…の巻

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