第2話 戦隊ヒロイン、日常クズになる記念日

キザキ・アカネは、入隊一年目の戦隊ヒロイン


日常と、戦隊とのバランスがとれずに、カウンセラーのオオヌキ姉さんとお話中。




「はい、あなたは正義を行使するので、日常がその正義に今押し潰されそうになっているのです」




「では?」




「はい、あなたは正体が正義なので、バランスをとるために日常でクズを演じるのです」




「はぁ?どういうことでしょ?」




正義カウンセラーのオオヌキさんは言った。


「日常の一般人のあなたは、自らすすんでクズになることで、正義の価値基準から解放されるんですよ!もう迷わないんです!日常で正義の味方にならなくてもいいんです!」




もう少し、理解しやすい話し方で、話して欲しかったけどとにかく、全部訊いてみることにした。


正義カウンセラーのオオヌキさんは言った。

「正義を隠れて為すものは、潔癖な正義に押し潰されるんですよ。日常を蒸留された日常に侵食されていくんですよ…清い蒸留水の中では、生き物は生きていけません…生きていけないからこそ、正体を隠すのです…」


「あの…ダメなムコどのの、中村主水みたいなものですか…?」


「はい、アイアンキングの霧島五郎みたいなものです」


「かえってその例はわかりません…」


「残念です…」




オオヌキさんはそう言うと、時計をちらちら眺めながら、言った。


「また、あなたは、例えて言えば、工業用のアルコールです…。工業用のアルコールはエタノールと言って、機械を洗浄するためにあります…特に、純度99.5%の工業用のエタノールは、人体で摂取するものではありません」




「またわからなくなってきました」




消毒用のアルコールは摂取しないし…けど…アフターファイブって言いますもんね…と、頭の中で考えた。なぜ蒸留水から、アルコールの話になったのか、なんだかわかるような気がしたので率直に伝えた。


「もういいですよ飲んでも…」




オオヌキさんは、あと五分だけど、いいかな?と言う。


甘いもの好きな人って、お酒嫌いだと思ってたけれど…違うんだなぁ…と、その飲みっぷりを見ながら、ため息をついた。




「オオヌキさんは、クズに乾杯!」と言いながら満面の笑みで中ジョッキのビールを飲み干した。




クズかぁ…と、とぼとぼと帰途につく。


「そもそも、一般人の正義と、正義の味方の正義は質が違うんですよ」とオオヌキさんが言っていた言葉を繰り返してみたが、よくわからない…。




オオヌキさんは「それをよくわからず、劇薬の『正義』を自分の中に取り込んでしまうと、自らが破綻してしまいます…ここは、ひとまず気を楽にして全く別の素材の『クズ』というものを、あなたには処方したいと思っています」と、呂律の回らないことばで、ゲラゲラ笑っていた。




「大丈夫なんだろうか…あんなに酔っ払っていて、正確なカウンセリングができるものなのかしらん…?」




それでも、なんとなくオオヌキさんの、美味しそうにビールを飲むその姿を見たからではないが、クズになるための準備としてビール六缶パックを買った。


朝飲むのだ。クズは朝から酒を飲むのだ…。




それが、クズになるプランの一つ目。


今日は、日曜日…。


明日は、月曜日…。


月曜から、無断欠勤をしてお酒を飲むのが、私のクズプランだった。




そう…。


実は、戦隊ヒーローたちは、ダブルワークで仮の仕事を持っている。


ヒーローでない時にはそちらが本業。


食品卸売の会社の営業事務。


クズがサボるのは、その営業事務だ…。


過酷な生活だからこそクズ的にサボるのだ…。


ラクをするために!!






その日の夜は、クズになるプレッシャーで、眠れなかった。


三時五十九分を超えて四時。


眠れない絶望で頭を掻き毟ったけれど、明日の会社は無断欠勤をするんだと、改めていつも通りに六時半に起きなくていいんだと肩を落とした…。




五時頃に、明るくなってきて泣きたくなったけれど、クズになるためには、この気持ちに耐えなくてはと思いながら、我慢した。




クズってつらい…。


寝たことにしよう、寝たことにして、十一時に起きたことにしよう…。


目は緊張と恐れで爛々としているけれど、布団の中でゴロゴロと時間を過ごしていると、肩が痛くなるし腰が痛くなるし…。


胃まで痛くなってきた…。




十一時に起きるはずだったが、十時に起きよう…と思った。


十時に起きた!十時に起きたのだ!


十分にクズなはず!




何気なく携帯を手に取ると、山ほど着信が入ってた…。


朝起きても、クズは携帯なんか見ないはずだった…。


間違ってしまった…。




山ほど着信!会社からだった…。


留守電には、心配する声。




同期の声とか、係長の声とか。


部長の怒鳴り声まで入ってた。




「社員アソートボイスサウンド詰め合わせ!なんの贈答品だよ…」


そんなことを、会社の新商品になぞらえながら、ぐったりしながら聞いた。


もちろん、返信したりしない。




私はクズなのだから…。


私、キザキ・アカネは、クズになる!と決意をし、冷蔵庫から取り出したビール缶のリングプルを引き上げて一気に呑み下した。


目は血走って憔悴していたが、クズになる決意は固かった…。


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