第4話

 「おいおいおい、お兄さんよお、てめえ、誰に銃口を向けてるのかわかってんのか?」

 少しはやい呼吸をしながら、アッシャは目の前に立つ黒いフードを深く被った男へと言葉を投げ、剣を構え、ニグムの前に立つ。アッシャの前にいる男は、黒いフードのついた、首から足下まである長いコートを羽織っており、顔もコートの下も見えない。

 「……ニグム、お前は前線で、俺は相手の隙を狙う」

 「わか、った」

 「……安心しろ。もうすぐハルが駆けつけてくるはずだ。それまでの辛抱だぜ」

 アッシャはそう言って、ニグムに剣を一つ渡した。そして、右拳を左胸へと強く当てる。

 「おうおうおうおう! 俺は、この世界の神となるアッシャ・ティエラ様だ! てめえがどこの誰かは知らねえが、この俺様に銃口を向けたこと、後悔することになるぞ! 銃口下げるなら、今のうちだ」

 そう挑発するようにアッシャは言う。しかし、前に立つ男に反応はない。

 「返答ととるぜ?」

 アッシャはそう言って、ポケットの中から手のひらサイズの円球をとりだし、地面へと強く投げた。すると、そこから白い煙がわき出す。

 (俺様特性の煙玉……すぐには反応できまい……!)

 アッシャはあまり足音をたてないよう、黒いコートを羽織った男の後ろへとまわる。そして、その間に、ニグムが男へと接近し、男に剣を振りかざす。その剣を男は懐から取り出した剣で止めるが、後ろから振りかざされたアッシャの剣は、完璧には避けられず、肩に傷をおった。

 「へっ、ずいぶんいかしたコートになったじゃねえか」

 「……悪いな。今のは冥土の土産だ」

 「あん?」

 アッシャが眉をひそめた一瞬。その一瞬で、男はアッシャへと素早く接近し、剣を振りかざす。

 「……っ!」

 「……悪いね、俺たちの背中には、腕の良い弓使いがいるんでね」

 剣を振りかざした方の男の腕に、弓矢がささる。弓矢が打たれた方向には、息を荒らしたシャハルが弓矢を構えていた。それを見て、男はニッと口元をあげ、黒いフードを取った。

 「いいぞいいぞ、獲物は抵抗してくれなくちゃなあ!」

 フードを取った男は、黒い短髪に、左の瞼に大きな傷を負っている。

 「どっちのガキもギルドのやつじゃなさそうだぁ……。いいぞいいぞ、後ろのアルマンは古いタイプかぁ?」

 (私たち人間を獲物って言うことは、こいつやっぱり人殺し……。 でも、街の新聞を信じるなら……)

 シャハルがそう頭で考え、ハッとした瞬間、後ろにカサッと草の擦れる音。シャハルはその音に反応し、振り向くと、大きなアルマンが拳をこちらに向けていた。

 「っ!!」

 アルマンの指は、何かのエネルギーがたまるように光っており、シャハルの顔の方を向いている。その指を少しずらすため、シャハルはもっていた銃を三発連射した。すると、ためられたエネルギーはシャハルの顔から少しずれ、シャハルの左肩を擦る。

 その衝撃で、シャハルはアッシャ達の方へと転がった。

 「ハル!!」

 「アッシャ……っ、気をつけ、て……、あいつ、ビーム系のアルマンよ……っ」

 「アルマン……?! ……なるほど、そう簡単に捕まらないわけだ。ハル、その傷で悪いが、動けそうか?」

 アッシャの質問に、シャハルは傷の上をタオルで右手と口で縛り、「甘く見ないで」と答え、銃を手にとる。

 「当然よ」

 「ふっ、流石。ニグム!! アルマンとはアルマンしか戦えねえ! 頼むぞ!」

 「まか、せろ」

 ニグムがそう答えると、男は「クックックッ」と肩を震わせる。

 「お前ら、わかってんのかぁ? 俺が顔を明かしたってことはなぁ、お前らを生きて帰すつもりはねえってことだぞ? お前らの四肢に風穴あけてやるよ」

 男はそう言って、剣をしまい、銃をアッシャとシャハルへと向ける。

 「……あんたこそ、わかってんの?」

 シャハルはスッと、銃を構える。

 「こちとら、あんたが殺してきた奴らと同じ腕だと思わないでくれる? どっかの下手なギルドの連中より数倍腕が良いのよ」

 シャハルはそう言って、ポケットから先ほどアッシャが使ったものと同じ煙玉を地面へと投げつけた。

 「ちっ、また煙か……っ!」 

 (でも、見えないのはあいつらも同じはず……。とくに、銃士は見えなければ撃てまい……)

 男はそう考えながら、周りを見渡す。そして、後ろから草が擦れる音がきこえ、そっちへと視線を移した。

 「あら……どっちを向いてるのかしら?」

 シャハルがそうクスリと笑い、銃の引き金をひく。その弾は、男の背後から撃たれ、男の足首へと命中した。

 「ちぃ……っ!」

 煙が薄くなり、先ほど草が擦れた音がきこえた方には、弓矢がある。そして、弓矢の反対側にはシャハルがフッと笑って銃を構えている。

 「あたしらの四肢に風穴あけるって? 笑わせないでよ」

 「てんめえ……っ」

 「風穴があくのはそっちよ、人殺し」

 シャハルは、そう言って、もう一度引き金をひく。しかし、その弾は避けられ、男はシャハルに銃を向ける。

 「調子に乗んなよ、くそガキ……っ!!」

 男がそう言って、引き金を引こうとすると、「おーっと」と、アッシャが男に剣を振りかざした。

 「俺様を忘れてもらっちゃあ、困るぜ?」

 「くそっ!! おい!!  アルマン、こっちにこい!!」

 「悪いね、お宅のアルマンは、ニグムがお相手中だ」

 男の視界に映っているのは、ニグムと男と共にいたアルマンが剣を合わせている姿。そして、男と共にしているアルマンが押されているように映っていた。

 「……ったくよぉ、まさかこれを使うことになるとはな」

 男はそう言いながら、大きくため息をつく。そして、ニッと口元をあげた。

 「ガキ共、お遊びの時間は終わりだ」

 男は、そう言って懐から赤いボタンがついた手のひらサイズの機械を取り出した。そして、その赤いボタンを押した。すると、ニグムと剣を合わせていたアルマンの瞳が赤く光りだした。そして、先ほどよりも強い力でニグムを押し切り、ニグムは足を崩す。そして、アルマンの赤い瞳がシャハルとアッシャの方へと向けられた。

 その赤い瞳に、アッシャは背筋が凍った。

 「ハル!! 逃げろ!!」

 アッシャは、後ろにいるシャハルを覆うように飛ぶ。そして、それと同時に、赤い瞳からニ本の真っすぐな赤い光が放たれた。

 「え……?」

 シャハルは、視界に映った光景に、目を丸くする。

 「……う、そ……でしょ……」

 震えた手を、自分を覆うアッシャの背中へと回す。その手に、べとりとした感触。ゆっくりと手を離せば、シャハルの手は真っ赤に染まっていた。そして、ゆっくりと体を起こすと、その反動でアッシャの体が横へ倒れ、アッシャは仰向けの状態となった。そんなアッシャの胸には、二つの穴が空いていた。

 「……ハ、ル……無、事、か……?」

 「アッシャ!! なんでなんで……っ!!」

 「逃げ、ろ……今、すぐ、だ……」

 「やだやだやだ……っ!! お願い……っ、置いていかないで……っ!!」

 ポタッ──と、上から一滴の雫が落ちる。その一滴に続き、次々と降る雫。それは、段々勢いが強くなっていく。

 「ガキ、よそ見してる場合か?」

 そんな男の言葉に、シャハルはハッと男の方へと視線を移す。男は木の上から銃を構えており、引き金を引いた。その弾はシャハルの方へと真っすぐいくが、シャハルの前に大きな手が弾を止めた。

 「……ニグ、ム」

 ニグムは、シャハルの前に立ち、両手を広げている。

 「ちっ、アルマンに銃は効かねえ……っ。おい!! アルマン!!」

 男のかけ声に、アルマンがゆっくりとこっちへ歩く。しかし、急に動きは止まり、先ほどまで赤色だった瞳は、元の黒色へと変わった。

 「ちっ、時間切れか……っ」

 男のその言葉に、アッシャは「ニグ、ム……」とニグムの方にゆっくりと腕を伸ばす。

 「ハ、ルと……逃げ、ろ……っ」

 「……ちょっと、何バカなこと言ってんの、アッシャ。一緒に、逃げるんだよ……っ、一緒に」

 ニグムは腰を下す。

 「ニグ、ム……約、束……頼ん、だ……」

 アッシャは、そう言って、ニグムの拳に、自分の拳をコツンと当て、その腕はスッと地面へと落ちていった。

 ニグムはギュッと拳を握り、シャハルを抱え、アッシャのポケットから煙玉を一つ手にとる。

 「ちょっと!! 離して!! 離してよ!! アッシャも一緒に逃げなきゃ……っ、ちょっと!!」

 シャハルの叫びに、ニグムは何も言わずに立ち上がる。そして、先ほど取った煙玉を地面へと投げた。

 「逃がすか……!」

 男はシャハルとアッシャを追おうとするが、シャハルに負わされた足の傷により、動きがとれずにいた。銃を何発か撃つが、それは煙へと紛れ、当たった様子はない。目の色が黒色になったアルマンは、先ほどから動く気配はない。

 「……ま、収穫はあったな」

 男はそうニッと口元を上げ、アッシャへと視線を向けた。

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