執書

賽野路人

 一年ほど前、ある男が山奥のひっそりとした寺を尋ねた。

 歳は二十七、肌の色は少し青白く、痩せ型で、健康的とは言えないが、真面目そうな青年であった。

 職から離れ、名を捨て、出家をしに来たのだという。現世での名は最後まで語らぬままであったが、和尚は、このご時世に世から離れたいというその気持ちを汲んでやりたいと考え、自身に世継ぎが居ないことも相まって彼を受け入れる事にした。

 修行にも良く励み、実直にすべき事をこなしていく彼を和尚は大層気に入っていたが、この男、なんと一年後にパタリと姿を消してしまう。彼が寝泊まりしていた部屋に、彼の痕跡は何もなく、ただ畳の上に一枚だけ、白い封筒が置かれていた。

 封筒の表面には、大きく「執書しゅうしょ」とだけ、筆で書かれていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る