第五章(3)以洋、先輩の家にお邪魔する
この後の
しかし、あいにく電話の向こうの
自分の留守中、
『けど頼むから幽霊を連れていって君の
「あ、あははは……連れていかないですよ、どんな幽霊も……」
笑ってそう答えながら、幾分やましい気持ちになる。説明したのは
『よし、じゃあいつには俺から電話しておくから、
「はい、ありがとうございます、先輩」
礼を言って
家のあるフロアへと上がり、呼び鈴を押す。
「どうしたんだい、その顔!」
「まあその、なんというか……」
どう説明したらいいかわからず、
「とにかく入りなよ。話はその後で」
苦笑しながら
「お邪魔します」
「これ、ゼミの後輩の
「ありがとうございます、先輩~」
ここ数日なかったほどのんびりした気分で
そう言えば……明日って初七日になるんだ……。
頭の中で日数を数えてみた
「あ、思い出した。先輩達がよく行っている書店、あそこが割引セール中なんですよ。明日まで」
慌ててそう口にした
「あ、そうなんだ。けど明日になれば
「わあ……先輩達ってやっぱり仲がいいんだ……」
思わず
うわ、なんか失礼なこと言っちゃったよ。
真っ赤になりながら
「す、すみません、別に他意はなくて」
「いや、俺も別に気にしちゃいないんだけどね」
笑いながらそう言ってくれる
「ところで、今回はいったい何があったんだ? 助けが必要なんだよね? ってことはつまり、
「ええと、ははは……、先輩はよくわかってらっしゃいますね、僕のことを……」
しかしいったいどこから説明するべきだろうか? 乾いた笑い声を上げながら必死に頭を巡らせる。
「あっ、でももし怖すぎる事情があるなら教えてくれなくていいから……、君の先輩は肝が小さいんだよ」
幾分きまり悪げな顔で
「はい……と言っても実際のところ何も……、あ、そうだ、先輩は
不意に思いついてそう訊ねてみる。
「聞いたことはあるよ。先週自殺したあの助手の指導教授じゃなかったか?」
口の中のクッキーを噛み砕いてから
「なんと言うか、派手な教授だよ。全身いつもブランド品で固めてて。横領って言うなら、あの助手よりも教授がやったって言う方がよっぽど可能性高そうだけど、残念ながら証拠がないんだよなあ。あの助手は飛び降り自殺しちゃったし」
……やっぱりそういう感じなんだ……。
「あの教授、エロ教授だって噂もすごく多いんだよな。特に、童顔の男の子に目がないとか。大学の一年生であの教授にセクハラされたって被害者が相当いるみたいだよ」
思い出したようにそう口にした
「君、あの教授にセクハラされてないよね!?」
恐る恐るそう訊ねられ、
「ないです……、あれ? ……ないと言えるはずです」
一緒にホテルに行ってしまった件について少し考えたが、……あれは結局何も起こっていないのでノーカウントでいいはずだ、と思う。
「ないと言えるはずって、なにそれ?」
眉を顰めながら
「それとも……会ったの? あの、自殺しちゃった助手に」
「ええと……はい、と言うか……その人が自殺した時、落ちてきたのがちょうど僕のすぐ目の前で」
若干しょげたような表情になった
金田一少年や名探偵コナンの、その他大勢の名もないクラスメイトというのは、たぶんこんな気分なんじゃないだろうか。殺人事件はいつもキャンパスで起こってるんだ……というか、キャンパスで起こってない自殺であっても遭遇してしまうって、もはや事件ホイホイ……。
「まあ、大丈夫だよ、全部終わったことなんだし」
苦笑しながら
「……けど……君、もしかして、その自殺、なさった方を連れてきてたりとか……してない、……よね?」
その問いに、
「この件についてはこれ以上話さない方がいいと思います。けど、安心してください、先輩。先輩が怖がるようなものは僕も連れて来ませんから」
まあそれはそうだろうと
「だったらいいよ」
やれやれと言う気分で
「ところで先輩、そのセクハラって被害者は誰だとかわかったりします?」
期待を込めて
「特定の誰ってわかるような情報は聞いたことがないなあ……。けど、たとえ被害者の証言がなくても、君自身もあの教授に何かされたってことなら訴えることはできるんじゃ?」
「ううう……それもそうか……」
ローテーブルに
とりあえず
「それとも、もし、その自殺した助手をなんとかしてあげたいとか君が思ってるなら」
考え込みながら
「セクハラ方面での告発は無理でも、横領の方ならやれることはあるんじゃないかな」
「先輩が言ってるのって、消えたっていう研究費のことですか?」
思わず
「うん。あそこの研究室の経費は、少ないとは到底言えない額なんだよ。助手はたった二名しかいないのにね。そして、俺が聞いている限りでは、経理を担当してるのはもう一人の方の助手だったらしい。帳簿上のデータは自殺した助手にとって不利なものだったけど、でももしも教授が本当に横領してたんだとしたら、その件については経理担当のもう一人の助手だって確実に知っていたはずだよね」
言い終えた
「へ? 帳簿? そうなんですか?」
目から鱗だった。
だから経費もへったくれもない。横領できるお金なんていったいどこにあると言うのか。……箒一本買うのですら自分の財布からお金を出しているのに。
「うん。だからそのもう一人の助手が証言してくれるなら、この件を表沙汰にすることは可能なんだ。けど、その助手に証言を了承させなきゃならないんだよな」
「聞いた話じゃ、経理担当の助手はまだ研究生の立場なんだそうだ。だからもし彼女の卒業の可否すらあの教授の胸先三寸な状態だとしたら、彼女を説得して証言させるのは相当に難しいよ」
「……僕、その助手と話してみます」
少し考えてからそう口にした
「うん。けど、話をしに行くならその前に、あの教授の横領を証明できる決定的な証拠を掴んでおいた方がいいと思うよ。その後の方が賛同も得やすいはずだ」
続けて
「はい、わかってます。先輩、ありがとう」
二十分ほど話してから電話を切った時、またあの頭痛が襲ってきた。
「ううっ……痛たた……」
両手で頭を包み込むようにして痛みに耐える。
『なんでだよ……、なんで俺は幸せになれなかったんだよ…………』
そんなの、僕が知るわけないだろ……。
『俺が幸福になれない以上、お前だってなれると思うな!』
溜め息を漏らして
「なんでそんなに思い詰めちゃってるかな……。幸福ってのは自分で手に入れるものでしょ。君は自分でそれを諦めちゃったのに、なんで他の人が幸せになるのが許せないって話になるのさ?」
『そんなのどうでもいいんだよ! 俺はお前が大嫌いだ! 俺をこんな目に合わせた奴等がどいつもこいつも憎いんだ!』
ぶっちゃけ八つ当たりだよね、それ……。
幾分呆気に取られて絶句した
「君が嫌ってるのって、僕じゃないよね。君を陥れた相手でもない。君が嫌いなのは、君自身だよ」
「君が嫌ってるのは、君のお母さんを置き去りにし、君の弟を君と同じようなピンチに陥れる羽目になってしまった君自身だ」
「もしかしたら
「もし、君が本当に
まだ
重い溜め息を
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