第三章(3)以洋、某所を訪れる
その頃、
ちょうど出勤時間帯なので、街には人が溢れている。特にバス停とMRT駅の出口周辺は混雑がひどい。
人ごみの中、まるで散歩でもしているかのように一人だけのんびりと足を進めていた
明かりの灯っていない店内のせいで、ガラスが鏡になって
振り返って正面から自分の姿を映した後、髪を軽く整え、頬を撫でてみた『
「この子、ほんとに可愛いよな。……絶対あいつの好みだ」
そのまま、また自分の目的地へ向かって歩き出した『
椅子に両手をつき、軽く足を投げ出すような姿勢を取る。そして首を傾げ、道を渡ってくる相手に上目遣いに微笑みかけた。
『
これだけ距離があってもその男は、ベンチに座っている可愛い男の子に気付いていたらしい。そして微笑みかけられた瞬間、それがどういう意味かにも気付いたようだった。
男がちらりと時計に目を落とす。出勤までにささやかな『お楽しみ』をする時間があるかどうか確かめているのだろう。
そして、男は『
「一人?」
「うん」
にこっと笑い、『
「ボク、お小遣い欲しいんだよね」
ここまでストレートに話が進むとは思っていなかったのだろう。男が笑顔になる。
「幾ら?」
「幾らくらいに見える?」
思わせぶりに微笑みながら『
さあ見ろ。『ボク』は可愛いだろう? 童顔で、首から肩にかけてのラインもまだ男っぽくゴツゴツはしていない。
男の手が『
「五千でどう?」
『
「他の人探そうっと」
「待って」
大方、自分からウリをやろうという少年相手だと高をくくっていたのだろう男が、焦ったように『
「わかった。八千なら?」
「一万五千」
にっこりと笑って『
「最低価格でもそのラインなんだけど?」
さすがに男が顔を顰めた。男の子相手にそこまでの金額を出すのは初めてなのだろう。
『
「損はさせないよ」
肩を竦めた男がにやっとする。
「取引成立だな」
『
「いいホテル知ってるんだけど」
「なら行こうか」
微笑み返してきた男が『
大仰な造りのモーテルの前で、『
事故になりかねない急ブレーキに、後ろの車が一斉にクラクションを鳴らすが、車から降りた
今さっき通り過ぎた建物は、あれはモーテルだったような。そして、そこに入っていくのが見えた姿、あれは
いや、違う。
後続車を全て通過させた後、急いで
ノックして受付スタッフを呼び出し、警察IDを見せる。
「さっき男の子を連れた男が来ただろう。どの部屋だ?」
受付カウンターのスタッフがぽかんとなった。
「ええと……でもその子、十八歳以上でしたよ? 身分証は確認したんで」
「どの部屋だ?」
険しい顔で
「お巡りさん……、あの……」
「おたくのオーナーは毎日誰かが臨検に来たり、消防検査で営業停止になるような事態は御免だと思うが?」
無表情に
「部屋番号は?」
「少々お待ちください」
愛想笑いを浮かべたスタッフがパソコンを操作する。
「八○六号室です。八階に上がって、左手の三番目の部屋になります」
即座に
エレベーターがようやく八階に着く。ケージから飛び出した
「ドアを開けろ! 警察だ!」
中からばたばたと焦った気配が伝わってくる。誰かの慌てた声が聞こえた。
「ちょっ、ちょっと待って……」
「早くしろ! すぐにドアを開けるんだ!」
もう一度力強くドアを叩いた
「他の部屋の方は無関係です。室内で待機してください」
ようやく八○六号室のドアが細く開く。
「あの……」
「どきなさい」
焦った顔を覗かせた男にそう言い、
室内に入った途端、
思い通りに
『
「この子が未成年だと承知の上か?」
慌てふためいて男が首を横に振る。
「身分証は見ましたよ。もう二十四歳じゃないですか!」
「この顔で二十四歳だと言われて信じたのか? 偽造の身分証を見たことがないとでも? 身分証を出して」
冷ややかに睨まれた男が怯え切った様子で皮財布から取り出した身分証を受け取り、記載されたデータに
「仕事は?」
「……その、大学教授、です……」
僅かに項垂れた男が、次の瞬間必死の形相で主張し始めた。
「今朝道端で私を誘ってきたのは彼の方ですよ! 同性愛は別に犯罪じゃないですよね? 彼の身分証には二十四歳だと書いてあったんです。それが偽造品だなんて私にわかるわけないじゃないですか!」
怒鳴りつけてやりたい気持ちを
「どの大学の?」
躊躇うように
「俺が自分で調べに行くんでもいいが」
ひらひらと
「……台湾大学です……」
しぶしぶと
『
「帰っていい。ただし、学校に通報されたくなかったら二度とこんな真似はしないように」
「は、はい、わかりました、今後は気をつけ……いえいえ、今後はもうしません」
若干口調を穏やかにした
「行っていい」
身分証を
ドアを閉め、
「知り合いか?」
『
「知~らない。今朝適当に引っ掛けただけだし?」
「お前はいったい何がしたいんだ?」
「べっつにぃ? せっかくこんな素敵な身体が手に入ったしさあ。それにこのガキ、けっこう俺のこと傷つけてくれちゃったし? この身体で俺が楽しんでもバチ当たんなくね?」
険しい眼差しの
「あんたもそんなに我慢しなくていいんだぜ? あんたが俺のこと満足させてくれるって言うんなら、俺だって誰かを引っ掛けたりしなくてよくなるしぃ?」
返事もせず『
「あんたまだこいつをヤったことないんだろ? 俺ならあんたをすっきりさせてやれるぜ? 別にこいつが痛い思いしたりすることもないんだしさあ」
怒りをこらえきれなくなり
「身体だけが欲しいんなら、俺だってとっくに手を出してる。お前の出番なんかない。引っ込んでろ」
「じゃ、ずーっとずーっと待ちぼうけになるんじゃね? 俺の出番になるのを楽しみに待っててやるよ」
笑いだした『
「何? 怒った? 俺のこと殴ってみる? やりたきゃやってみ……」
『
うっと声を上げて『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます