第5話 五日前の「馬賊」

 奇妙と言えば奇妙なのだ。


 夜。シルベスタは、棚の中にあった酒をちびりちびりとやりながら考える。

 夕刻、あの後すぐに「疲れているから」と席を立つ彼女を部屋まで送って、それきりである。

 ホテル内に入っているカフェで軽い食事を取ると、別にそこですることもないので、部屋に戻った。

 部屋は広い。「寝室と居間と書斎」と表現したくなるような部屋が三つ続いている。もちろん風呂もトイレも広い。風呂など、十人くらい束になっても余裕があるくらいである。一人で使うには広すぎる部屋である。

 とはいえ彼はもともと実家ではもっと広い部屋でも余裕で使っていた。

 その一方、現在の狭い官舎でも平気で住んでいる。

 要はあまり住む所に頓着がないのだ。そこにあるものを当然のように使う。それが彼のモットーだった。

 モットー通り、そこにある酒は呑むべし、と引き出してきたのである。

 そして再び資料を出す。今度は最初のものと、ここで受け取ったものの両方を広げてみる。

 いつもなら、資料の中には、「仕事」の目的と方針が記されている。なのに今回の資料は違っていた。

 第一の資料は、オクティウム市大の官舎に帰った時に既に届けられていた。その中に入っていたのは、当初会うべき相手であったホロベシ男爵に関するものだった。

 そして「仕事」として、「フラビウムに数日後に到着するだろうその人物に会え」という内容のことが記されていた。だがその詳しい内容と、会ってどうするか、という方針には全く触れられていなかった。

 その時点から何となく彼は嫌な予感がしていた。

 事前資料に方針が記されていない、という場合の暗黙の指示は大きく分けて二パターンある。

 一つは、仕事先で改めて資料が渡されるという場合。

 例えば現場に臨時秘書が控えている場合などがそれに当たる。

 二つ目はそこで自分の判断を試される場合。

 だがその場合でも、大まかな方針はさりげなく伝えられているのが普通である。

 ところが、今回ときたら、全く訳が判らない。

 列車内で第一の資料を手にしていた時点で、アクシデントの存在を知ったのである。だから第二の資料に、その変更した事態の対応策の参考になることでもあるか、と期待していた。

 だがどうやら甘かったようである。第二の資料は、イラ・ナギマエナという少女に関することと、今回起こった事件の概要が書かれているだけだった。

 事件事件とひとくくりにして言っているが、この事件は二つの事件が重なっているのだ、と彼もすぐに気付いた。

 まず第一の事件。それが、五日前に起こったことになっている。


「……馬賊?」


 シルベスタはその見慣れないその単語を見た途端、声を立てていた。そんなものがこの現代にあるのか?

 「馬賊」という言葉、もう何百年も前に使われたきり、忘れ去られたものかと彼は思っていた。それは連合であっても帝国であっても同じである。

 確かに過去には存在した。だが、連合であれ帝国であれ、中央政府の力が巨大になっていく中で消えていった筈なのだ。少なくとも彼の知っている歴史の中ではそうだった。「賊」という言葉がつくだけあって、その存在は、必ず中央政府に反旗を翻すものだったから。

 さてその「馬賊」が五日前、大陸横断列車を襲撃したのだという。そしてその際、一等車の乗客の一人を誘拐した、ともある。

 列車側は内国軍辺境局に連絡し、「馬賊」を追撃したが、地の利がある「馬賊」はそれを難なく撃退してしまった。そして辺境局は二日の猶予ののちに、「馬賊」の要求を呑み、人質は開放された。

 ところがも人質も開放され、列車も再運行されたその日の夕刻近く、その時刻を見計らったかのように、人質と同行していた人物が狙撃され、即死したのだということである。

 つまりはそれがホロベシ男爵である。

 さてシルベスタはそこで何となく引っかかった。

 そしてナギと会ってみて、その引っかかりは更に大きくなった。

 ナギは何もないような顔をしているが、要は殺された人物の同行者が誘拐されたということで――― つまりはナギは「馬賊」に二日間誘拐されていたということになる。


 ―――その割には彼女、平静だよな。


 彼女の様子を思い浮かべてみる。第一中等の高等科というくらいだから、頭はいいのは判る。だが、こんな事件に巻き込まれたにしては。

 どうにも気になって仕方がないのだ。

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