20.Set Up

「どうしても当初予定していたワープチャンネルの設定が変更できないんだ。強制的に上書きリセットしようとしたら、エンジンそのものが停止しちまった」

 どうしようもない、とでも言いたげな……、どこかあきらめさえ感じさせる声で相手は言った。

 この危地から逃れるための集団遷移が実行できず、取り残されてしまった二隻の輸送船のうちの一隻、その船長の声だ。

「常軌機関の再起動は終わったんですか?」

 高橋少佐が問う。

「終わった。だが、ダメだ。どうしても言う事をききやがらねえ」

〈くろはえ〉と輸送船――相互をへだてる距離に応じたタイムラグが経過した後、答がかえる。

「……わかりました」

 あごの先を親指、人差し指――二本の指で摘まみながら、高橋少佐は言った。

 これまでに確認できた事項を脳内にならべ、さて、どうしたものかと頭脳をフル回転させていた。

「な、なぁ、助けてくれるんだろ? まさか、俺たちのこと、見捨てていったりしないよな?」

 返事の間合いか、言葉の少なさか――高橋少佐の反応に、どうしようもなく不安に駆られたらしい相手からのすがりつくような言葉が通信機から流れる。

「もちろんです」

 自分が黙ったことで相手を更に怯えさせたらしいと悟り、高橋少佐は、出来るかぎりの明るい声をつくった。

「私たち宇宙軍は、そのための組織なのですから。あなた方、協力してくださる民間人を見捨てるような真似は絶対しませんとも。……取り敢えず、状況はわかりました。対策を決定ししだい、またご連絡いたしますので、それまではこれまで通り、機関復旧の作業をつづけていてください」

 にこりと最後に微笑むと、

「わ、わかった。よろしく頼む」

 なぜだか相手は顔をすこし赤らめた。

 それを笑顔のままで一礼し、回線を切ると、高橋少佐は、「はぁ~~ッ」と大きく溜息をつく。

「一隻はともかく、もう一隻が難題ね……」

 取り残されてしまった――遷移が不発だった二隻の輸送船。

 そのうちの一隻は、積載貨物の固縛に問題が生じて、異常振動が発生。結果、遷移を中断せざるを得なくなったが、現在では問題は解決している。

 これまでの戦闘航行で接合部にガタがきた貨物コンテナを船体から切り離し、放棄したのだ。

 現在、再度の遷移に備え、機関の常軌圧をあげているところだが、次は、まずしくじる事はあるまい。

 問題はもう一隻の方だった。

「……捨てるしかない、か」

 高橋少佐がぽつりと呟く。

 敵、そして、味方の戦力比。

 カバーすべき空域の広がり。

 しのぐべき時間の見積もり。

 とてもではないが、マトモにやって庇護対象たるフネが二隻ながらに無事なまま、遷移までの時間を支えきれるとは思えなかった。

 自艦だけ固守するのならば問題ない。

 庇護船舶が一隻だと、それが怪しく、

 二隻ともなると、ほぼ絶望的となる。

 高橋少佐は、ディスプレイ上に呼び出したままにしている遷移未完了船たる輸送船二隻の要目を見ながら方策を考えつづける。

 遷移に失敗した輸送船は二隻。

 一隻は、戦時標準型輸送船。〈なこまる〉。

 もう一隻は、民間徴用の輸送船。船名を〈あうろら〉。

 どちらも積載しているのは、糧食や医薬品、兵備の部品類である。

 新旧の差はあれど、輸送船としての船型が類似していたことは僥倖ぎょうこうだった。

 積み荷についても、武器弾薬、また、航宙艦の推進剤ともなる鏡化剤ではないから、まだしも惜しげがない。

(不調をきたし、そこから恢復のもたたない〈あうろら〉は捨てるとして、さて、あとはその段取りと、それからこちらの役に如何に立たせるか、だが……)

 高橋少佐は、自艦をふくむ味方三隻、それから、それを前後に挟む敵艦群の位置を表示しているディスプレイに目をはしらせる。

 前方の敵艦群は、こちら船団が予想よりも早い(そして、これまでの経緯を考えれば遅い)時点で遷移をしたことに驚き、戸惑っているようだ。

 そのことは、敵艦動向から見て取れた。

 完成間近だった攻撃陣型をバラし、何隻かのフネが明らかにその舳先を別の向きへと変えようとしている。

 おそらくは、逃げた船団の後を追わせようとしているのだろう。

 空母という新規の艦種、そして、それを含めた新たな戦術――そこまでの努力を傾注してきたのだ。むざむざと逃がすつもりはないらしい。

 幸い(?)船団の目的地が判明していることもあり、その辿るだろう航路は概略想定可能である。

 再度の襲撃を実行すべく、まずは遷移後の船団座標を特定すべく偵察艦として何隻かのフネを分派しようと決めたらしいのだ。

(おかげで、少し時間がかせげる)

 間に合うか?――そう思いつつ、高橋少佐は、

「船務長」と部下に声をかけた。

〈あうろら〉には何人乗っている?

〈なこまる〉の具合はどうなのか?

 相互の距離、および進路。

 輸送船乗員の精神状態は。

 残されてあるほんのわずかな時間のなかで確認すべき事項が多すぎる。

 いや駄目だ。落ち着いているように見せなければ、部下が不安がる。

「はい、艦長」

 船務長がこちらを見た。

「〈なこまる〉に回線を繋いで」

 淡々とした口調で高橋少佐は命じる。

投棄パージした貨物コンテナまわりのことを訊きたい」

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