召喚士、獅子を見送る

〝黒の円盤〟を光魔法で照らされたことにより、〝銀の円盤〟に戻りつつあるオータム・バグズは、走馬灯のように過去ゲームを思い出していた――


 アニマーリア暦1455年。

 後宮の女中ウルペースが、王との子どもを授かった。

 彼の名はレオー――……後のオータムである。


 ウルペースは女中にしては珍しく欲を持っていなかった。

 愛する息子がいれば充分だし、王位にもさして興味がない。

 息子と仲睦まじく暮らせればそれで良かったのだ。

 しかし、周りは違った。

 第二王子であるレオーは、今すぐにでも玉座を狙えてしまう位置にいたのだ。

 それを危惧した王の正妻は、レオーの毒殺を図った。

 毒を飲んだレオーは床に伏せった。

 間一髪、解毒には成功したが、レオーの髪は不吉と言われる獅子のようなオレンジ色に染まってしまった。


 そのとき、ウルペースは人生で初めて怒りの感情を露わにした。

 我が息子を殺そうとして、髪の色まで変えてしまった正妻へ復讐を誓う。

 数ヶ月後――ウルペースは金、地位、権力、色、情のすべてを使って、正妻と王太子を毒殺した。

 しかし、それだけでは足りない。

 二度とレオーが狙われないようにするには、王位に絡む全員を始末しなければ安心できない。

 残っていた腹違いの弟たちを暗殺し、他の王子たちが生まれてこないように――王まで亡き者にした。

 そして、幼くしてレオー王が誕生したのであった。


 臣下や民たちは、王族の急死に疑問を持った。

 ウルペースは、その話題を話す者を見つけると即座に処刑した。

 誰も逆らう者はいなくなる。


 レオーもそれが普通だと思ってしまい、傍若無人な青年へ成長していく。

 王宮も国も荒れていた。

 そこに一人の魔女が現れた。

 苦言を呈する魔女が気に入らなかったレオーは処刑の指示を出した。

 しかし、魔女はレオーに強力な呪いをかける。

 それは身体の一部がライオンになってしまうというものだ。

 魔女は語る――


『それを解くには真実の愛が必要だ。そのままだと本当に獣に成り果ててしまうだろう。全部で四人の王に呪いをかけていて、最初の一人だけが元の人間に戻れる』


 そう言い残して、姿を消した。


 呪いをかけられたのは、元は見目麗しい青年四人だった。

 それぞれの獣の王に付けられた名前が秋の獅子王オータム冬の狐王ウインター春の兎王スプリング夏の猫王サマーと季節になぞらえられていた。


 そして――ここからがターニングポイントだった。


 みすぼらしい格好で出自不明だが、世界一美しいと評判になった黒眼黒髪の少女ヒロイン――聖女マルタルが現れた。

 獣の王たちはマルタルと交流を持ち、段々と惹かれていく。

 もちろん、オータムも彼女に好意を持ったが……選ばれなかった。

 選ばれたのはウインター。


 オータムの国は呪いが侵食していき、季節はずっと秋のままだ。

 作物は育たず、凍えるほど寒くなり、国民は薪すら満足に手に入らない。

 魔法の才能があったオータムは国民のために炎魔法を絶やさず使い続けた。

 しかし、それでも呪いは侵食していくばかり。

 秋の呪いが広がってくるのを恐れた他国から暗殺されそうになり、それをかばった最愛の母が犠牲になった。

 国民も寒さと飢えで死に絶えた。

 オータムは絶望し、世界を恨み、何もかも赦せなくなる。


 後に――呪いの解けたウインターと、初恋の少女マルタルが世界を救うためにやってきた。

 侵食する季節の呪いから世界を救うには、獣の王を殺すこと。

 マルタルは最後まで『何か手はあるはず』とオータムを説得しようとしたが、すべてを失っていた彼は差し出された手を振り払った。

 オータムは完全なライオンとなってしまい、ウインターに殺された。


 物語はこう締めくくられる。

 聖女マルタルは、呪われし獣の王たちを倒して世界を救ったのだ。

 真実の愛を手に入れて人間に戻ったウインターと結婚して、末永く幸せに暮らしましたとさ――


「……めでたしめでたし、ではないな。そうか……すべて思い出した。すでにオレ様が救おうとしていた国民は死んでいたのに……随分と滑稽だな」


 ライトの手によって倒されたオータムは、うれいを帯びた表情だった。

 それは倒された口惜しさや、恨みからではない。

 止めてもらったという安堵からだろう。


「結局、オレ様はまた初恋を殺せなかった。赦せないはずなのに、その顔を見ると柄にもなくドキドキしてしまってな」


 そんな王らしくないことを言う瀕死のオータムを見て、ライトは床に膝を付けて視線を合わせる。


「オータム、あなたが手を止めなければ、俺なんてすぐにでも死んでいたでしょう。とても強かった。気高かった。敬意に値します」


「はっ、よせ。敗者のオレ様に対しての嫌味か。それにその顔……そんなに近くに寄るな」


 顔を逸らすオータムの近くへ、レオーがピョコンとやってきた。


「照れている自分を見る、オレ様の複雑な心境。まぁ、自分が世界を壊してしまうところを見るよりはマシだな。感謝するぞ、ライト姫。貸しができた」


「レオー……」


 オータムも消えそうになっていたが、レオーはさらに消滅寸前というところだった。

 元々がオータムから強引に分離した小さな人格なので、先に力がなくなってしまうのだろう。


「その〝銀の円盤〟を触媒とすれば、再びオレ様を喚び出せるはずだ」


「でも、そのときにはレオー……いや、オータムの記憶もなくなっていて……」


「そうだな、好感度0からのスタートだ」


 知っていたはずの彼が、知らない彼になる。

 それは想像以上に辛い。

 その別れを少しでも、レオーらしく明るく送り出してあげるために質問をしてみた。


「そういえば、今のレオーから俺への好感度はどれくらい?」


「言わせるな、恥ずかしい。――そんなの100に決まっているだろう」


 レオーは最期、王らしく堂々とした物言いをしてから消滅した。

 オータムも手脚の先が透けてきて、消滅の兆しを見せていた。

 しかし、そこで視界の外から男の声が響く。


「お話は済みましたかね?」


「お前は……」

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