第34話 裸の付き合い

 ギ国と共同でエルフの森の南半分を焼いたエン国は、とうとうギ国との国境を塞ぐ障害を排除することに成功した。以前の戦いで一敗地に塗れ、国の威信を傷つけられたエン国王カイの悲願が叶ったのである。

 エン国は森のあった場所に新たに城郭都市を作り、役人と軍隊を常駐させ、移住者を募る計画を始動させた。また、エン国とギ国の通商のための道路の整備計画も、これから進める予定であった。

 国都ダイトからは、官吏とそれに率いられた傀儡兵の一団が西を目指して街道を行進している。傀儡兵は戦力としては勿論、労働力としても欠かすことができない。傀儡兵は元々、人間との大戦争の最中に戦闘用として開発されたものであるが、魔族社会においては広く肉体労働を担う存在でもあり、最早社会の維持に必要不可欠な発明品となっている。魔族が生み出した最も偉大な発明品であると言えよう。

 エルフの森の半分をごっそり削り取ったエン国は、そうして奪い取った土地を如何に維持し、利用していくか、そういったことに余念がなかった。




 サメとの戦いを終えたトモエたち一行はそのまま東に進み、森を脱した。ここからは敵であるエン国の領土内であり、より一層の警戒を要する。もし敵の軍隊との戦いともなれば、それはサメやオオカミなどの猛獣との戦いとは比べ物にならない程熾烈なものとなろう。はっきり言って、正面から大軍とぶつかった場合の勝ち目は殆どない。エン国軍の総兵力がどれ程であるのか正確なことは四人の誰も掴んではいないが、その気になればエルフの森を攻めた十万の軍隊以上の兵力は動員できると考えた方が良いであろう。そう思えば、エルフの森とエン国軍との戦いでエルフ側が「十万」という具体的な数字を掴んだのは良かった。敵がどれ程の戦力を動員する能力があるのか、それを測る目安になるからだ。

 一行は街道を避け、整備されていない森などに分け入って進んだ。敵に見つからないように、という理由もあるが、こういう場所は戦車が入り込みづらく、敵との戦闘になっても歩兵と戦うだけで済むからというのもある。開けた場所でなければ弩兵の斉射も威力を発揮しにくい。そして、近接戦闘であればトモエという最大最強の戦力が存在している。いざという時の勝率を高めるためにも、こういった道を選ぶのは有効であった。

 

 一行は、途中で川の畔に至った。透明な水が穏やかに、静かに流れている様は、何だか見る者の心を落ち着かせるものがある。


「ここで水浴びしていかない?」


 提案者は、トモエであった。それを聞いたリコウは自分の心臓が跳ねるのを感じた。彼も年頃の少年であり、トモエの一言は彼に後ろめたい想像をさせてしまうのに十分であった。


「あっ、リコウくん赤くなった」


 リコウの動揺は、すぐにトモエに察知されてしまった。それも全く無理からぬことである。頬を赤らめ、視線を泳がせているような者が、どうして動揺を悟られずにいられようか。


「なぁに、もしかしてお姉さんの体に興味あるの?」

「なっ……トモエさん! からかわないでください!」


 トモエはリコウの反応が面白おかしくて、つい悪戯な心を抱いてしまった。年頃の少年を弄ぶのは悪いことである。前世であれば固く自制していたであろうが、トモエが生を受けて二十年は経っており、智恵とトモエは最早別人と言って差し支えない。今いるこの世界は前世ほど秩序立ってはいないのだから、トモエの自制心が緩むのも無理はないだろう。


「……下品な女め……」

「えっ、今のエイセイくん? そんなガチトーンで言われるとへこむ……」


 エイセイという少年は、相変わらずトモエに対して警戒を解かない。リコウに対しては心を許しているように見えるが、トモエにはまだ嫌悪感が拭えないのであろう。


「こらエイセイ。そんな言い方はないでしょ」

「ああ……でも美少年に罵倒されるのも悪くないかも……寧ろご褒美に思えてきた」

「おっ、お姉さんも変なこと言わないで!」


 仲裁に入ったはずのシフさえ、トモエの変態性には流石に引いてしまった。


 トモエとシフは上流の方まで歩き、リコウとエイセイはその場に留まって、そこで水浴びをすることにした。

 かねの音を立てながら、リコウは重たい鎧を脱いだ。普段は鎧にかけられた「身体能力強化」の魔術によってそこまで重さは感じないのであるが、脱ぐとなると途端に腕に重みが伝わってくる。

 リコウは脱ぎながら、ローブを脱ぐエイセイを横目で眺めてみた。エイセイを見ていると、リコウはつい郷里に残してきた弟リカンを思い出してしまう。流石にリカンにはエイセイ程の気難しさはないものの、父を失ってからの弟はめっきり口数が減ってしまった。恐らく自分よりもエイセイの方が大分年上なのだろうけど、どうしてもエイセイを自分の弟のように思ってしまう。

 エイセイの裸体は白く、そして細かった。薄い胸板の上に淡い紅色をした突起物が二つ乗っている様が、リコウの立っている場所からはよく見える。日の光を浴びて、その白鳥の翼の如き色の肌が眩しく輝いている。

 体を清めている間、二人は無言であった。エイセイは元々話好きな方ではないし、リコウもまた、エイセイに対してどのような言葉をかけたらよいのやら探りかねている。


(それにしても、エイセイってこうして見ると本当に美少年だ)


 トモエはエイセイのことを美少年と言ったが、その評はもっともだ、とリコウも思っている。眉目秀麗さで言えば、最初に出会ったエルフであるヒョウヨウにも引けを取らない。中性的で男子らしからぬ顔貌をしているが、体つきの方は少年らしくやや角張った所がある。そして何より、股に存在している象徴物が、彼の性別を男子たらしめていた。


(……いかん。ついエイセイの方をじろじろと見てしまった)


 リコウは、舐め回すようにエイセイの全身を眺めていたことに気づき、自らの行いを恥じた。別にエイセイのことが好きというわけではないが、どうしても気になってしまうのは確かである。

 そうして気まずさを感じているリコウの方へ、裸のエイセイが近寄ってきた。


「……やっぱり、いい体してる。腕とか……」


 そう言って、エイセイは冷たい手でリコウの右腕に触れた。


「ひっ!」


 リコウは思わず突飛な声を上げてしまった。冷たい手の感触に、驚いてしまったのである。

 全体的に細っこいエイセイと違い、リコウの体は全体的に筋肉質であった。耕作の傍ら戦闘訓練にんできており、強弓を引いて剣を振るうのだから当然である。流石にまだ少年の彼は体が出来上がっているとは言えないが、決して半端な鍛え方はしていない。服の上からで目立たないが、いざ脱いでみるとその無駄のない様子がよく分かる。


「……凄いなぁ。ボクはこの通りひ弱だから」


 リコウがエイセイの美少年ぶりに圧倒されている時、エイセイの方もまた、リコウの逞しさを感じさせる体つきに、憧れを覚えていたのであった。

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