6 館の住人(2)

 


 彼は良司よりも頭ひとつ分、背が低かった。

 ワックスで動きをつけた色素の薄い髪、日に灼けた肌。童顔を際立たせる、好奇心のつよそうな大きな瞳。ボタンを全開した学ランの下には、灰色のパーカーを着こみ、中身が少なそうな、ひしゃげたバックパックを肩にかけていた。ずいぶんと砕けたいでたちだ。


 榊葉がすばやく立ち上がり、彼のとなりにやって来た。

「こちらは“クれん”――クラブ連合会総長の高橋たかはし一樹かずき。三年」


「え、なんのこと」

 突然紹介され、一樹が目をまるくする。

「新人が入ったものでね」

 榊葉の視線の先を一樹かずきが目で追い、そして塔子らに目を留めた。ああ、と納得してつぶやく。

 榊葉はかるくうなずき、塔子と良司を交互に見た。


「クラブ連合会って、聞いたことは?」


 塔子は首をふる。良司が思いだそうと眉をしかめた。

「ええと――。名前だけは」

「そうだね、部活に入っているとかならず耳にするからね」

 榊葉が微笑む。


「松高の各部・クラブ・同好会・サークルを取りまとめる組合のことをそう呼ぶんだ。それぞれの団体の代表者が集まって、定期的に会議を開いている。今後の活動方針を決めたり、部員の要望や意見を集約して、執行部うちや学校側に環境改善の交渉をしたりしている。その連合会の総大将が、高橋なんだ」


「……なんかおれ、すごいひとみたいだな」

 一樹が面映おもはゆそうにわらう。そして塔子と良司にあかるい瞳を向けた。

「まあ、いわゆる中小企業の労働組合長みたいなもんだよ。ていのいい雑用係。――いまは各クラブに活動費がもらえるよう奮闘中。毎日緑の館ここに来て榊葉に談判してるというわけ」

 榊葉がしぶい顔をした。

「それ、おれらが悪者みたいじゃない」

「毎年あんなに予算を切り詰められたら、そりゃあ悪者ですよ」

 からりと一樹がわらう。

 辛辣しんらつな応酬のわりに、やけに親しそうだ。



 ――だから資料を隠したのか。



 ふたりの話で、塔子は合点がいった。

 クラブ連合会が活動費の値上げを主張するなら、予算を切り詰める側の緑風会執行部とは、たしかに対立関係にある。

 だから、いま仮予算案の資料を見られてはまずいわけだ。

 情報が漏れたら混乱をまねきかねない。


「とにかく」。らちが明かないと思ったのか、榊葉はこちらを見た。苦笑する。

「執行部ではないけど、高橋もここによく来るメンバーだから、覚えておいて」

「よろしく」

 ニッと一樹がわらう。


「おれの紹介はしてくれないのか」

 戸口の近くにいた大柄の男子が口を挟んだ。一樹の来訪を知らせた生徒だ。

 榊葉がくしゃっと笑みをつくった。「わかってるよ」。


「三年の仁科にしな壮平そうへい。こちらはうちの執行部員だ。柔道部主将だから準役員扱いだけど、とても頼りにしている」


「よろしくな」

 壮平が大らかな笑みを浮かべる。

 短く刈り上げた頭。制服の上からも厚い胸板がわかる巨体。柔道部だとひと目で納得する風貌だ。榊葉とまるで同年に見えない。ともすると、ひと回り以上も年上に見えるような貫禄の持ち主である。

 塔子と良司はおっかなびっくりで会釈した。



「一同集まってきたね」



 一樹と壮平をソファに座らせ、榊葉も自席にもどる。

 たしかに部屋は混雑していた。ロの字型に組まれた四脚のソファに、いま九名が腰かけている。


 三年生は、会長の榊葉さかきば直哉なおや。副会長の荒巻あらまき志津香しづか。準役員の仁科にしな壮平そうへい。そしてクラブ連合会総長の高橋たかはし一樹かずき

 二年生は、書記の佐伯さえき千歳ちとせ、会計の瀬戸せと史信しのぶ

 一年生は鷹宮柊一、坂本良司、そして塔子。


 それぞれが、各々の表情で座している。

 そのなかで、おそらくいちばん所在なく佇んでいるのが塔子だった。


「あとは彼方かなただけか」

 榊葉が満足そうに言う。

「なにかあるの?」

 一樹が問うと、彼はうなずいた。

「今日は顔合わせの日なんだ。特別に趣向を凝らそうと思ってね」

「趣向?」


 一樹の声と同時に、ガチャリと部屋のドアが開いた。ひとりの男子生徒が静かに入ってくる。

「ああ、来たね」

 榊葉が笑んだ。


 細身の中性的な顔立ちの生徒だ。さほど目立つ容姿ではないが、胸の前にある大きな一眼レフカメラが、異様な存在感を放っている。室内の九人の生徒の注目を浴びているのに、まったく動じた様子がなく、じつに淡々としていた。


 榊葉が彼を手で示した。

「こちらは今井いまい彼方かなた。三年で執行部の準役員だ」

 彼方と呼ばれた生徒はすばやく室内に目を走らせ、塔子と良司を見やった。まともに目が合ってしまい、塔子はぎくりと身を硬くする。

 こちらの動揺にもかまわず、彼方は興味深そうにまじまじと見つめた。そしてなにも言わず、小さく頭をさげた。


「これでそろった。総勢十名」

 榊葉がおもむろに立ち上がる。

「――篠崎さん」

 いきなり名を呼ばれ、塔子は縮みあがった。

 室内にいる全員が、一斉にこちらを見る。

「…………はい」

 なんとか声をしぼりだすと、彼は目元を和ませた。




「どうだい、“獅子探し”の目途は立ったかな?」

 にっこりと笑む。





「そういう話をしようと思っているんだ、このあとは」




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