精霊界に転移、そして、世界を救う!!

風邪予防

第〇章 - 原初の世界 -

第1話-プロローグ-

――少年は駆ける

 酸素を欲しがる肺に空気を必死に送り込みながら


――少年は急ぐ

 磨り減った靴で地面を飛び跳ねるように蹴りながら


――少年は走る

 ぴたりと体に張りつくシャツを纏いながら


 月明かりもない、樹木と樹木の狭間を少年は風を切り駆け抜ける。両手足を我武者羅に動かし、息も絶え絶えな状態で呼吸器間が悲鳴を上げている。迷うことのない森の中を走り続ける少年は、入り口に戻ろうとするも戻ることが出来ない。走っても、走っても、樹木、樹木、樹木。辺りも見回しても、樹木、樹木、樹木。可視光線が照らされれば若草色に彩る葉の色も常闇の中では漆黒。砂利が底が薄いスニーカーを隔てて足の裏を圧迫し、樹の枝は少年の体を傷つける。頭部、胴体、上肢、下肢。体は痛みを訴える。擦り傷と転倒による腫れ物から錆色の液体が流れ出る。左肘は炎症し、右足首は打撲。樹皮の突起物によって擦り剥けた掌は深紅。暗さか、焦燥か、体中から出血していることに少年は気づくことが出来ない。


(ごめんなさい……)


 少年は詫びる。暗闇の中で走りながら、誰かに対して謝っている。数年の歳月の経験を回顧する。しかし、少年の走っている先には誰も存在しない。


(もう悪いことしないから……)


 少年は後悔している。今迄行なってきた悪事に対して反省している。何故、言う事を聞かなかったのかと。涙を流し、走りながら。


(許してください……)


 少年は許しを媚びる。神様が本当にこの世に入れば、反省した自分をきっと許してくれる。これからは絶対に悪い事はしない、良い事をする。親の言う事はちゃんと聞く。イジメはしない。イジメられている人がいれば助ける。勉強はちゃんと頑張る。良い中学に入り、高校に入り、大学にも入学する。いい子になるから。


(だから……誰か助けて)


 少年は助けを求める。誰かがいるという希望を持ち、その誰かが助けてくれる事に期待する。例え、助けてくれる人が誰もいないと心の奥では理解しながらも、その望みは最後まで捨てることは出来ない。


「――――――――――――――――――――――――――――っ!?」


 立ち止まり、少年は声を振り絞り助けを呼ぼうとした。

 しかし、叫んでも肺から空気が漏れ出るだけで、声帯は機能しない。

 再び少年は両手を我武者羅に振回し走り始める。

 幾度と無く変わらない風景の中、何千本の樹木を見てきたのか分らなくなるほど少年は目にしている。何時になろうと森の出入り口に辿り着かない事に対して、焦燥と困惑が混じる。数時間も食事をぜず、動くために必要な熱量はほぼ皆無。精神的にも、肉体的にも少年の限界が近づく。


 根に左足が引っかかって少年は転倒した。何度目の転倒だろうか。上肢は更に擦り傷が増え、血が溢れだす。立ち上がろうとすると、左足首に痛みを感じたのか、必死に耐えている表情をする。左足首も打撲をし、逃げる際に重心をどちらの足にも駆けることが出来なくなってしまった。

 後方から光が発生する。助けの灯火ならどんなに心強いか。安堵してこの場で倒れることが出来る。しかし、そうではない。少年が期待している事は起きることはない。

「追跡者」が獣のように少年の方へ向かう。森の中は暗く、少年は相手の顔などは一切判断することは出来ない。


 少年の後ろから疾風のように追走する「追跡者」は、少年が地面に倒れ込む姿を目視して不気味な笑顔を浮かべ、ゆっくりと口唇を動かす。

 少年が前進怪我だらけに対して、「追跡者」は全く怪我をしていない。人間であれば、この暗闇の中で全力疾走すれば、何処かしら接触して怪我をするはずである。

 だが、「追跡者」はハッキリとこの森を肉眼で捉えていた。


 「追跡者」が、黒紅色に輝く円陣を目の前に出現させた。


 その円陣は森の中を少し照らして辺りが見えるようになり、少年は森の中から脱出を出来なかった事を脳裏に浮かばさせる。

 死。少年の直感がそう告げる。ここで死ぬのだと。

「追跡者」は黒紅色の円陣を少年に標準を合わせる。

 刹那、円陣から黒紅色の光線が発射され、一瞬で少年の体中にいくつか突き刺さった。


「―――――――――――――――――――――っ!?」


 光線はすぐに皮膚を貫通することはせず、少年の心臓前の皮膚を滋味に焼いていく。皮膚が火で炙っているかように焼け溶けていく音が漏れる。

 少年は激痛に耐える。出すことの出来ない悲鳴を上げながら、躯体に照射される光線から逃れようとするが、体を動かさない。否、動かすことが出来ない。

 少年は現実離れしているこの出来事を嫌な夢だと解釈し、逃げるのを諦め脱力した。

 光線が貫通した。大量の血が迸り、生気を無くした少年に迫ると、「追跡者」は少年を貪り始めた。血は全て抜き取り、むしゃぶり尽くす。骨すらも砕いて喉へ入れた。

 血が辺りに散らばっている。

 常識人が見れば、その光景はものすごく残酷なものであろう。

 予め人を殺害していたのだろうか。代わりの遺体をその場へ放り投げ、「追跡者」はその場を立ち去った。


 立ち去る姿は、先ほどの少年の姿。

 の者と、次の物語で、会うことはない。

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