第13話 「土」

私は立っています。

乾いた、かたい、土の上に。

痛くもなく、熱くもなく。

足の裏はここに張りついたままです。


遠巻きにぐるりと囲む風景は、

私と土を置き去りにして、しばらく経ちます。

ややグレイがかったみず色の空に、

雲も木立も止まったままです。

水平線に沿った草原は、

みどり色の絵の具を滑らせた柵のようです。

風も、感じません。

音も、聞こえません。

ここは、開きっぱなしの絵本のようです。


私のまわりには草一本も生えていません。

石ころも見当たりません。

土の色は白茶けています。

ひび割れそうなのを堪えているのか、

それさえも止めてしまったのか。

わからないほど、静かです。


虫もいません。

地を這うものも、空を行くものも、

潜めた気配さえも感じません。

むかし先生が言いました。

虫がいなくなってしまったら、

人間も生きていられないのですよ。

当時、その先生には距離をおいていました。

けれど、その話はいまでも覚えています。


失っているのでしょうか。

止まっているのでしょうか。

終わってしまったのでしょうか。


思いっきり駆け出したら、

景色は動くのでしょうか。

水平線の柵を越えたら、

違う世界のページをめくれるのでしょうか。


乾いた、かたい、熱くもないこの場所で、

土であると思い込んでいて、

本当のところはわからないのです。

わからないのです。

忘れることもできないのです。

放棄もできないのです。

ただ立っているだけです。

けれど、途方にくれるほどではないのです。

土だと思いたいのです。

それだけです。


なぜなら。

ここは私の庭なのです。


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