17:わたしはいつだって欲望に忠実だ

【第129回 二代目フリーワンライ企画】

使用お題:死んでもごめんだね


#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


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私は、自分のためにしか生きていない。

貴方が好き「だから」ではない。

私があなたを愛したいからだ。


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「嫌だ、行かないで!」

 静留くんが体を固くする。触っちゃだめなのに、わかってるのに、離したくない。でも、ざあざあと叩きつける雨は、カッとなった体と心を冷やしていく。

 こんなのさっきのセクハラ野郎とおんなじなんじゃないか、なんて。

 力を緩め、体を離す。でも、どうしても手だけは放したくなくて、静留くんの手を優しく、壊れ物を持つみたいに握る――拒否は、されなかった。

「……ごめん、いきなり」

 すると、静留くんから、すすり泣く声が聞こえてくる。

「ど、うして、どうして、あなたは、合歓さんは」

 あの夜みたいに、彼の中でなにかがぐちゃぐちゃになっているのかもしれない。

 思い切って、彼の正面に立つ。

「お願い。話をしよう。雨の中じゃ、聞こえない……」

 握るのを許してくれた手だけが、温かくて、それだけが希望に思えた。



 雨は止む様子もなく、車のフロントガラスを叩き続ける。せわしく動くワイパーとエンジンの音しか聞こえない車を走らせて着いたのは、私の家だ。

 部屋に入って、タオルで体を拭いて。湯沸かしポットの電源を入れたところで、いつものローテーブルの横に座った。湧いたお湯でティーバッグの紅茶をいれて、それを彼に差し出すと、口を付けてくれた。それだけで安堵する。

「落ち着いた?」

 自分の分のマグカップで暖を取りつつ、聞いてみる。こくりとうなずく様子はまるで怯えた小動物のようで、無理やり触れてしまったことへの罪悪感が募っていく。

「まずは、ごめん。無理矢理、その」

 すると静留くんは首をふるふると横に振る。

「僕が、逃げようとしたのがいけないんです」

「な、なんで、逃げようとって」

 なんだか心が痛い。逃げようとしていたのか、彼は。私から。逃げられるようなことを……うん、ついさっきしたな。した。してしまった。

「僕が、合歓さんに愛される資格がないって思ったから」

「資格」

 復唱する。ない? なにが? 資格? 検定だったのか? 恋愛とは検定だったのかい? しかし、雨の中彼は言っていた。資格がないと。

「合歓さんは、僕に優しい。嫌だと言ったことは絶対にしないひとで、一緒に選ぶことも、好きなものを好きだということも、僕に自由をくれた。僕が僕らしくいることを絶対に守ってくれた。でもそれは、あなたに無理を……我慢をさせた上でできることだった。だから」

 ……ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな大層なことは守っていなかったというか……私は私のしたいように君といた……はずだ。

 とはいうものの、たしかに、自由にはしてほしかった所はある。相手の顔色を窺って行動なんてしてほしくなかったし、静留くんがやりたいこと、好きなことが知りたかった。しかしながら、優しい、という評価をされるのはあまりないのだ。優しい? この、欲望まみれの私が?

「あ、あの……私、無理はしていない……」

「無理させてました。そっ、その……キ、キスとか、だ、抱く、とか……ほ、ほんとはしたいって……思ってたのでは」

「――!」

 …………そ、そこですか。

 そこですか!

「……え、えーと……あー……ええと」

 え……これは、素直に言ってしまったほうがいいのだろうか。ソッチ方面のことは、たしかにまあ、我慢していたというか、妄想たくましい感じではありましたが。

「そ、そこに関してはそのう」

 まあ、初日から襲って告白した経歴があるからね。いまさら繕っても仕方ないと思う。

「……僕も、正直に言いますから」

 すると、静留くんが正座になり、こちらに向き合った。

「へっ」

「……今の僕が、合歓さんとベッドを共にしたら……なにをするか分かりません」

「は、い?」

 ん? なんだこの、エッチな漫画の広告で見かけるようなフレーズは。

 話の方向性がいまいちつかめなくなってきて、口にした紅茶も味がしない。

「たぶん、僕は……僕の安心を得るためだけに、一方的な行為しかできなくなると思います。乱暴になると思います。そういう、暴力性を持っていることに気がついたんです――かつて付き合ってた、彼女のような」

「暴力性、って、そんな」

「……恩をあだで、返したくない」

 顔を俯かせた静留くんの言葉に、私は引っかかりを覚えた。なにか、決定的に彼と私の間での認識のずれが見えた気がする。


 そう。彼は、いまでも。


「静留くん。私はこの三十年間の人生の中で、愛情を受け取るのに『資格』がいるなんて初めて知ったよ」

 ちょっと、いや、かなり怒っているんだと気づいた時には、遅かった。

「エッチなことは確かにしたいとずっと思ってる。そこは確かに我慢してたと思う。でも、それは私が君に恩を売ろうとして我慢してたわけじゃない。ねえ静留くん、私は愛することに資格はいらないと思う。君はほんとうに繊細で、相手のことを考えすぎて、自分の身を滅ぼそうとするからハラハラする。そんな君のしあわせそうな、可愛いところを見るためには、覚悟とか、心意気とか、そういうのはいるんだなって、君といて思ったんだ。それを『無理してた』とか『恩を売るため』とか言われるのは、私のなけなしのプライドが傷ついた」

「……あ」

 傷ついた、と言ってしまった瞬間、静留くんの表情が歪む。そんな顔をさせるために言ったんじゃないのに。させたくなかったけど。でも。

「いらないよ、資格なんて。恩だっていらないよ。死んでもごめんだね。そんなものを静留くんが持っていなくたって、私は君のことを愛するし、大好きだって言うよ。それは、私だけの感情だ。誰かに認めてもらって君に伝えることじゃないんだ」

 ああもう、なんでこんなにひと一人の人生をがんじがらめにしやがったんだ元彼女。毎日タンスの角に小指ぶつけてうめく呪いをかけてやりたい。

「私は君とエッチなことがしたい。でも、君を傷つけたくない。ね、それって今の静留くんと一緒だよ。私も君を傷つけたくない」



 

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