ライオンのプライドを、守れ!

「もしも、君たちが“脚光を浴びたい”と考えているなら、この場所は相応しくない。君たちほど優秀であり、なおかつ官僚出身となれば、間違いなく民間企業は喜んで迎えてくれるだろう。日本を仕切り、ルールなどを整備する仕事は、君たちのようなエリートたちにしかできないところがあるだろう。しかし、だ」と、すべての官僚たちの前にして、言葉をさらに紡いだ。


「あくまで、民間をサポートすることに徹するのが我々の本懐である。たとえば経済。“利益が出ること”はすべて民間に託す。長期的視野に立ち、民間がとれないリスクをとるのが我々の仕事だ。民間企業は“何かと交換すること”でしかお金を得ることはできないのに、我々はなぜ、強制的に金銭を徴収できると思う?政治家が選ばれた国民の代表であり、国民から託されているからだ。それは決して、既得権益を貪るためじゃない。私が首相になった以上、無駄な既得権益を潰し、民間が儲けられることは全て民間に担ってもらい、利益を得てもらう。それが雇用を生み出し、経済の活性化につながるのだ。エリートの君たちには、国民が毎日楽しく暮らせる生活を支える責任がある。高い能力と、それと同等の高い矜持を持っているのが諸君らだ。──弱きを助ける、ライオンのプライドを、行動によって守れ!」。


高倍に対して拍手が鳴る。全員では無かったが、官僚たちの中には“この独裁者はちょっと違うぞ”と感じ始める者もいた。「質問があれば、いくらでもして欲しい」。高部の問いかけに、新しい息吹を感じた、若手官僚の一人が手を挙げた。高部が発言を促す。


「人材の流動性の確保や、教育面、またほぼベーシックインカムに近い政策など、革新的な内容を示されています。私個人としては、興味深いと考えていますが、実行は可能なんですか?10兆円単位のお金がかかることが想定される。財源があるとは思えないのですが」。質問を口にするやいなや、高部が一喝して食い気味に答える。


「バカモノ!なんでいつもそうなのだ?下々の者が困っていると言えば“やれ財源だ”と騒ぎ立てるが、前政権の“何とかのミクス”とやらは、国の金で年間6兆円、末期には年間で12兆円という巨額な資金を投じて、ジャブジャブと自国の株を買って、30兆円にまで膨らませたんだぞ?“大企業の大株主はほぼ国”なんて、資本主義でも何でもないじゃないか。その財源はどこから出てたのかね?ようは、富裕層がさらに豊かになる手口は“政策だ”とか“財政出動だ”とかという理由をつけて、すぐに実行される。逆に、本当に困窮状態にある国民に対しては、“財源がない”とほざいて、遡上にも載せようとはしない。下々に対する予算なんて、富裕層を相手にする“政策”より、桁は1つか2つほど少ない金額で実行できるにも関わらず、だ」。


高部は力強く断言し、続ける。


「ちなみに金持ちを相手にする“政策”は政治家や官僚にとって楽なものだ。資金は市場に出回らず、上の方だけで回るからインプレも起こりづらい。前回の“何とかのミクス”とやらで増大した、市場に出回るお金、いわゆるマネタリーベースは約4倍に増えたんだぞ。なのに中央銀行が目指した“2%の物価上昇”すら実現しなかった。いかに、市井にマネーがでていかなかったの実証だ」。さらに続ける。


「トリクルダウンなんて神話を信じてる奴は、君たちの中に一人もいなかったろうに。心の中では“貧乏人にバラ撒いたら、すぐに使うから一気にインフレが起こる”と思っていたのだろう。それは、悲しい現実ではあるが間違ってはいない。もし、困窮している層に直接、ヘリコプターマネーのようにお金をを送り込んでいたら、一気に物価上昇を引き起こしてだろうからな」と、官僚たちの心の中も斟酌し、語った。


「つまり、あなたが首相になった以上、これまでの富裕層だけに向けた政策は一切排除するわけですね。しかし、一方でマーケットの混乱もある程度に収めなければならないはずです」。若手の官僚は食い下がる。これを聞いて、高部はニヤリと笑って答えた。


・・・「そうだな。だからこれより日銀は、“空売り”も行なうこととする」と宣言したのだ。

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