第7話 脳内彼女と現実で会えない苦しみなんて、シャイクスピアですら予想できなかったかもしれない。

 家に帰り、朝から続く母親の冷たい視線を浴びながらあいだ少年は夕食を取った。父、歳三は一日を締めくくる重要な団欒の時間が、と悲しんでいたが、こいつの嘆きはどうでもいいや。


 食事が終わるとあいだ少年は自室へ向かった。彼はすぐに鞄から『はだかでおふろ2・○学生の泡風呂日記』を取り出しDVDデッキに入れた。こういう時、いつだって男の子は期待と不安が交差する。

 塵紙は所定の位置にある。準備OK。さてパンツを下ろそうかと、足元を見る。少女の幽霊とあいだ少年の目があった。


 少年は静かにDVDデッキの電源を落とした。


(……できねぇ。オレには出来ねえよ。幼気な幼女に世界でもっとも醜い物を見せられるわけないだろ。そりゃ、昨日のは不可抗力ってやつだよ。故意に見せるなんて鬼畜な所業はとてもじゃないけど無理だ。頼む。頼むから幼女。三十秒で良いから席を外してくれないか)


 あいだ少年の心の叫びに、少女は笑って答える。ってか三十秒って、お前……。

「だぁぁぁぁ!」

 昇華できない己のリビドーを暴発させたようにあいだ少年は叫んだ。

 そのまま布団にもぐる。明日になれば、きっとこの幼女はどこかに行ってくれるだろう。そう願いながら三年ぶりのオナ禁をするのだった。


 オナ禁生活二日目。

 痛いくらいバキバキな朝立ちのせいで、すでにあいだ少年の心は折れてしまいそうだ。朝っぱらからぶっこいてやろうか。と右手をパンツの中に潜り込ませる。ふと、掛け布団の中を見ると少女の幽霊の寝顔が見える。

「オレのバカ野郎‼」

 パンツから手を出すと、その手で自分の顔を引っ叩いた。そして勢いよく起き上り、キッチンに向かい朝食を作り始めるのだった。何でもいいから作業に徹し、煩悩を振り払いたかったのである。

 この朝になってようやく冷徹な母親に視線から、あいだ少年が解放された事は言うまでもない。


 オナ禁生活三日目。

 前日と同じ事を繰り返し、あいだ少年は朝食を作る。母親は御満悦だが、この日から間少年の感性に狂いが生じ始める。

 目についた女子高生はもちろん、電車内で肩の触れ合った香水臭いおばさん、よちよちと駅のホームを歩くおばあさん、ゴミを漁る雌猫にまで間少年の下半身は暴走を始めた。通学路にあるお地蔵さんに向かって誤作動した時、さすがの間少年でも自分の未来が不安になった。

 それでも間少年は鞄で股間を抑えつけながら登校するのだった。


 オナ禁生活四日目。

 間少年は夢を見た。夢の中でセナと一緒にいた。

 場所はゴミ捨て場の小屋の中で、棚にはエロ本にエロDVDがいつものように並んでいる。セナは艶めかしい目つきで棚を見る。

「こーいうのが好きなんだ?」

 そう呟いてセナは静かに制服のワイシャツのボタンを外し始めた。

(え? 何これ? マジ? そう言う展開?)

「見てないでこっち来てよ」

 セナの言葉に間少年は足を進めた。頭の中は真っ白。脳みそが仕事をサボって、代役をキンタマが勤めていた。

 彼(キンタマ)にとって既にここはバトルフィールドだ。武士(もののふ)のごとく、身体の中心に構えた刀(説明しなくても分かるよね)を上段に構え、戦場に馳せ参ずる。ちぇすとぉ!


 その時、間少年の服を掴み、その歩みを止める者がいた。

『何ヤツ! 不貞ふていな輩め! ここは戦場いくさば! 臆した者が立ちいる場所ではないわ!』

 キンタマが叫ぶ! だが間少年は振りむき、自分を止める者を見た。幽霊の少女が間少年の服の裾を掴んでニコニコしている。


 間少年は目を覚まし、勢いよく上体を起こした。直後、パンツに右手を突っ込む。濡れてない。夢精はしなかったようだ。あそこでイッてたなら、少しは楽になっただろうに……

 とわいえ、セナでイクのはどうにも気に入らない。なんか敗北感がある。朝っぱらから脳内で複雑な男心を展開したあげく、間少年は今日も朝食を作りにキッチンへ向かった。


※ ※ ※


「ミツオ、最近調子悪そうだけどどうしたんだ?」

 昼休み、教室でマッドが尋ねた。

「最近抜いてないんだよ。頭はモンモンするし、キンタマはガンガンする」

「ついにミツオも最強の戦士を目指すようになったか。良い事だ」

 隣のクラスからやって来たキドケンが言う。

「お前大丈夫かよ? 何でそんな事になったんだ?」

 キドケンを無視してマッドが言った。

「前に言った幼女の幽霊が、こっち見てるもんだから抜くに抜けないんだよ」

 間少年の切実な言葉にマッドは溜息をついてから言った。

「恋患いってヤツか。オレも経験があるから分かるぞ、ミツオ。つらいよな。でもな、この世界には、シャイクスピアですら予想できなかった悲劇が溢れてんだよ。どう頑張っても、二次元とか脳内彼女とかは現実世界には現れてくれないんだ。どこかで諦めなきゃならないラインがあるんだよ」

「マッド、脳内彼女とか訳わかんねー事言ってミツオを困らすんじゃねえよ。で、ミツオ、お前は体鍛えてんのか? オレのプロテイン分けてやる」

「お前らうるせーよ!」


 間少年は立ち上がって怒鳴った。マッドとキドケンは口を閉じる。

「どいつもこいつも訳わかんねー事ばっか言いやがって! お前らに話したのが間違いだった」

 彼は教室を出ようと鞄を手にした。

「どこ行くんだよ」

 マッドが引きとめる。

「帰る。なんかお前らムカつくわ」

「ちょっと待てって」

 キドケンとマッドは止めようとするが、間少年は無視して教室から出て行った。

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