第26話 見学クライシス! 3

「はーい、みなさーん! 注目してくださーい!」


 但馬は道場で60人の小学生相手に声を張り上げていた。ユリウスはその隣でマネキンのように棒立ちになっている。

 道場には空調がないので、大型の扇風機を回しているが、それでもむせ返る様な暑さは変わりはない。

 もう60人は大会議室で毒島と犬飼から説明を受けている。


「お巡りさんの着けてるこのベストは、耐刃防護衣と言いまーす!」


 その言葉に合わせて、くるりと一回りして、ベストを指差す。紺色のメッシュ地のベストは、警察官の基本的な装備品のひとつである。

 前身頃には、鉄製のプレートが縫い付けられており、それだけでも2キロほどの重量がある。ちなみに夏場も着けなくてはならないため、結構な地獄である。


「これはお巡りさんたちの命を守る大事な装備でーす! 前からのナイフの攻撃なら防いでくれまーす!」


 すると、眼鏡をかけた少年がすかさず手を上げた。


「はーい! そこの君!」


 眼鏡の少年はぴしりと姿勢よく立ち上がると、はきはきと質問し始めた。


「そのベストですが、脇や後ろからの攻撃には耐えられるんですか? 見た所布だけに見えるんですが。あと、銃で撃たれた時はどうなるんですか?」


 思いもよらない核心を突いた質問に、但馬の笑顔がびしりと凍り付いた。マネキン役のユリウスはオロオロとそれを見る事しかできない。耐刃防護衣の名の通り、このベストは銃で撃たれたらひとたまりもない。しかも脇や後ろは防御力ゼロなので刺されたり斬られたりしたら死ぬ。防弾チョッキもあるにはあるが、配分が少ないのと、重すぎて日々の業務には使えないという様である。


「あ、えー……と。ハイ。銃で撃たれたら死にますね」

「銃で撃たれたら死ぬ」

「後ろは布なので結局斬られたり刺されたりしたり死にます」

「……それ、意味があるんですか?」

「ユリちゃん、代わって……」


 泣きそうな笑顔のまま但馬がこちらを見た。

 ユリウスは尊敬する上司の危機を救うべく、意を決して口を開く。


「えーと、このベストは、防御力で言うと15くらいです。あと、お巡りさんのいざという時の武器のひとつに、警棒があります。これは大体攻撃力は10くらいかなー」

「えー!」

「ひく―い!」

「敵倒せないじゃん!」


 ユリウスは小学生たちのパワーに若干気圧されながらも、警棒を手に説明する。


「お巡りさんは、敵は倒しません。悪い人を捕まえたり、皆さんを事件事故から守るのがお仕事です。だからできるだけ拳銃や、警棒は使いたくないんです」


 しん、と道場が静まり返る。


「確かに、お巡りさんたちは銃を持ってますが、決して使いたいから警察官になったわけではありません。僕は、小さい頃妹と迷子になった時、お巡りさんに助けてもらいました。それで警察官になろうと思ったんです」


 一度言葉を切り、笑顔で真剣に聞き入る子供達を見つめた。


「お巡りさんになろうと思った理由は、みんな違いますが、毎日一生懸命街の平和を守っています。だから今日は、少しでもお巡りさんのお仕事の事を知ってもらえると嬉しいです」


 ぺこり、と頭を下げると、道場に拍手が響いた。但馬がユリウスの肩を叩き「ナイス演説!」と親指を立てた。

 こんなに大勢の人前で話したことがなかったユリウスは手汗と膝の震えで悲惨なことになっていたが、なんとか笑顔を取り繕っていた。



 それから4班に分かれ、署内の見学が始まった。

 駐車場では派遣をお願いした白バイが待機していて、しかも県に一台しかない儀礼用のハーレーダビッドソンで来てくれた模様で、小学生達のテンションのみならず、署員のテンションも上がっていた。


「すいません、写真撮っていいすか」


 と、犬飼がはしゃぎながら言うと、白バイ隊員は快く承諾してくれた。


「やったー! 毒島先輩撮ってくださいよ!」

「おい! 俺も撮ってくれよな!」


 白バイを前にはしゃぐ大柄なワーウルフとリザード族。微笑ましいようなそうでないような。

 ユリウスも後でこっそりと写真を撮らせてもらおう、とそれを見ながら思った。



 その後、逮捕術の実戦訓練の実演が始まった。犬飼が暴漢役で、毒島とユリウスが制圧側である。

 犬飼は自前のスカジャンまで用意する徹底ぶりであった。


「んだとぉ? ポリ公がよぉ!! ふざけんじゃねぇーよ!」


 スカジャン、サングラス姿も相まって、その柄の悪さは真に迫るものがある。内心苦笑している毒島とユリウスが「落ち着きなさい」と言いながら取り囲む。

 打ち合わせ通り、犬飼が木製の模擬ナイフを2人に向けて振りかざす。すると、進行役の但馬が


「おーーッと! 悪い奴が武器を出したぞー! みんなー!お巡りさん達を応援してくれー!」


 とヒーローショーの司会の如く声を上げた瞬間。


「がんばれー!お巡りさーん!」


 遊園地のヒーローショーのような歓声が駐車場に轟いた。ユリウスと毒島は恥ずかしさと暑さに真っ赤になりながら、チンピラ姿の犬飼を無事に制圧したのであった。



「流石にアレは恥ずかしいッスよ班長」


 実演後、毒島が汗だくの顔をタオルで拭きながら但馬に言った。


「え〜、いいじゃん。凄い盛り上がったじゃんね〜。ユリちゃん」

「え!!? ゴホッ はい、うん、まぁ」


 ペットボトルのお茶を飲んでいたところにいきなり話題を振られ、思わず噎せてしまった。

 確かに恥ずかしかった。だが昔妹のソフィアと観に行ったヒーローショーを思い出して、少し懐かしくなったのも事実だった。


「犬飼ちゃんのチンピラも迫真の演技だったしさぁ。大成功じゃん」


 唇を尖らせて但馬が言う。確かに、子供達の反応は物凄く良かった。普通の見学にはないエンターテインメント感があったからかもしれない。


「退職後はヒーローショーの司会になれるんじゃないすか?」


 犬飼が面白そうに言う。但馬が「いいね。それ」と笑った。

 ユリウスが飲み干したペットボトルの容器をゴミ箱に捨てようと立ち上がった時、黄色い帽子を被った眼鏡の少年がぽつんと佇んでいるのに気づいた。


「君、どうしたの?」


 近づいて目線を合わせるように声をかけると、少年は泣きそうな顔でユリウスを見た。


「昨日の夜、おばあちゃんの畑に、知らない車がいて……」


 少年の様子に唯ならぬものを感じたユリウスは、努めて優しく聞いた。


「おばあちゃんの畑は何を作っているの?」

「今の時期は……スイカ」


 浅野警部補から刑事課が今スイカ泥棒に頭を悩まされている事を聞いていたユリウスはピンと来た。


「知らない車って、どんな車かわかるかな?」

「ムービーで撮ったから……これです」


 キッズ仕様のスマホには、夜の畑の周りを探るように走る白い軽ワゴン車。防犯用のセンサーライトが点き、慌てて立ち去る様子が映っている。その時にナンバープレートもくっきり映っていた。


「凄いね!! ちょっとこっちでお話し聞かせて!

 但馬班長!ちょっといいですかー!」




 数日後。

 境島町某地内の畑の納屋とビニールハウス内で、ユリウスら地域課員と刑事課員達はじっと息を潜めていた。

 眼鏡の少年から提供された情報は、刑事課を通してかなり有益なものと見なされ、車両の特定に至った。ただ、動画だけでは証拠能力に欠ける為、黒柳刑事課長は付近のスイカ畑に所有者の許可を得て夜間に捜査員を張り付け、現行犯で逮捕する選択肢を選んだ。


 《こちらB班動きありません》

「C班動きなし」

 《D班……いや、来ました!白い軽ワゴン〇〇(車名)です》


 D班からの無線に、一気に緊張の糸が張り詰める。ユリウスの後ろにいる但馬が、ビニールハウスの穴から食い入るように外を見つめていた。


 《ワゴンから2人降りました……スイカをケースに入れてる。よし盗った! 盗った!》

「行け! 行け!」


 わっ!と潜んでいた捜査員達が一斉に駆け寄る。ユリウスも但馬の後からビニールハウスを飛び出した。


「おらぁ!大人しくしろコラァ!」

「暴れんな!」

「ふざけんな離せクソポリ!」

「テメェが暴れっからだボケェ!」


 既に畑の方では被疑者2名が取り押さえられているところだった。


「流石にこれは小学生には見せられないなぁ」


 と、荒々しい刑事達の罵詈雑言飛び交う様を見て苦笑する但馬に、ユリウスも同意した。


 その後。窃盗で現行犯逮捕された2人組は、周辺で発生したスイカ泥棒についても自供した。

 情報を提供した小学生には、捜査への有力な情報提供と協力への感謝状が手渡された。

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