第21話 警談百景 2

 八幡神社の入り口は、鬱蒼と茂る枝葉に日差しが遮られているのか、昼間なのに薄暗く、ひやりと湿った空気と土の匂いが漂っていた。

 石段の手前に建つ鳥居は、元は朱塗りだったのだろうが、年月が経って殆どはげ落ちている。それが酷く不気味に感じた。


「確か、ここだったよな」


 ユリウスはスマートフォンで場所を確認すると、苔生した石段を登り始めた。


「はぁ……はぁ、長い」


 もう70段近く登っただろうか。一向に上に着かない。耐刃防護衣に拳銃や手錠を着けている身にはかなり堪える。滝のような汗が顎から滴り落ち、たまらず帽子を脱いでそれで煽いだ。


「こんなにこの階段、長かったかなぁ」


 上を見上げる。薄暗い緑のトンネルが続くばかりで、先が見えない。さっきまでうるさいくらいに蝉たちの声が聞こえていたのに、今は何故かピタリとやんでいる。風さえも無い。不気味な静寂が、一帯を支配していた。

 言いようのない不安がユリウスを襲う。


「こういうの嫌いなのに……」


 胸ポケットに仕舞った携帯型のマグライトの位置を確認する。小さいがかなり光量が強い代物だ。ちなみにこれは私物である。

 ライトを点け、階段を上り始める。もしかしたらあの少女の髪飾りがあるかもしれないと足元を照らしながら階段を登った。


 ――――♪


 微かに、虫でも獣でもない音が聞こえた。


「え……ちょ、やめてよ……」


 ――――♪


 鳴き声とも違う、音程あるそれは人の歌声だ。それは段々近づいている。

 元々そう言う類が苦手なユリウスは足が竦みそうになったが、無意識に、耐刃防護衣につけた階級章を指でなぞって自らを鼓舞しようとしていた。


「よし、よし。大丈夫。ガーランド巡査、職務だ。職務。大丈夫」


 ユリウスは深呼吸を2,3回してから、歌声のする方、階段を横に逸れた脇道へ入っていった。


 ――――♪


 歌声はだんだん近づいている。


「うぅ……やっぱり止めときゃよかった」


 男なのか女なのか、よく分からない奇妙な歌声だ。

 しかし、決めた事は曲げられない哀しき性分は長男ゆえだろうか。


「僕は二男だけどさ……」


 繁みを掻き分ける手が震える。ああ、いやだ。と全身が警鐘を鳴らしているようだ。


「あれ?」


 歌が止まっていた。

 代わりに、がさりがさりと何かが近づいてくる音が聞こえた。

 背に冷たいものが流れ、足が震えた。

 右手のマグライトを強く握りしめ、目をつぶってその方向へ向けた時だった。


「うわああ! 南無阿弥陀仏!」

「あら、こんにちわー……眩しっ!」


 光に照らされた新月の闇のような黒い影。ボロボロのフード付きのローブ、その袖から覗く手足は、枯れ木のように細く、到底生きている者ではない事を示していたが、クリーム色の可愛らしいエプロンとカゴバックがその雰囲気を台無しにしていた。


「うわあああああ!!……って、五百蔵(いおろい)さん?」

「ガーランド巡査?あら、奇遇ですねー」


 夜中に見たら十中八九卒倒しそうな姿だが、彼?は高位アンデットたるリッチで、管内の防空壕跡に居を構え、ハンドメイドが趣味のれっきとした一般市民である。

 以前会計課の江田島主任と共に遺失物を届けに行ってから、しばしば巡回連絡などで懇意にしているのであった。


「五百蔵さんは、なんでここに?」

「ここの植物でドライリーフを作ろうと思ってたんです。丁度いいシダも集まりました!」


 腕に提げたカゴバックにシダ植物が詰まっている。ハンドメイドアクセサリーの材料にするらしい。


「あ、そうなんですか……さっきの歌声も?」

「え! 聞こえてたんですか! 恥ずかしい! 好きなCMの曲なんですー」


 よく考えればどこかで聞いたことがある音程だった。恐らく子供たちが噂していた不気味な歌声とは、五百蔵の事であろう。ユリウスは思わず脱力した。


「はぁ~、よかった」

「ガーランド巡査は、どうしてここに?」

「あ……いや、その」


 とりあえず、小学生の噂話は省いて、あの少女の髪飾りの事を話した。


「まぁまぁまぁ……! じゃあ私も一緒に探します!」

「え、いや、そこまでしていただく訳には……」

「その子にとって大事な物なのでしょう? ここでお会いしたのもご縁ですから!」


 結構乗り気な五百蔵の勢いに、ユリウスは結局断り切れず共に境内の方まで行くことになった。

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