第10話 家畜泥棒にご注意ください 3

「毒島部長、今どっち行った?あの、何とかってやつ!」


 大急ぎでパトカーに乗り込み、但馬がエンジンをかける。毒島がヒポグリフが飛び去った方向を指差し、カーロケーションと呼ばれるパトカーに搭載されているナビ画面を操作していた。


「南っすね。向こう側には山は無いから一番近いのは……げっ」


 毒島の手が止まる。ユリウスはナビ画面が示す場所を見て絶句した。


「月島(つきしま)高校……って、妹が通ってる高校だ……」

「よし、毒島部長、本署と本部に緊急走行(きんそう)の無線入れといて!ユリちゃんは周囲の警戒!行くよ!」


 緊急走行には本部と本署への連絡が義務付けられている。


「了解!」

「了解しました!」


 一気にパトカーが後退する。但馬の鮮やかなハンドルさばきでパトカーは転身し、けたたましいサイレンを鳴らしながら走り出した。


≪至急至急。I県本部より境島≫

≪境島ですどうぞ≫

≪巨大な鳥のようなものがグラウンドにいるとの申報。場所にあっては月島高等学校南側グラウンド。申報者は月島高等学校1年生、ソフィア・ガーランド。既に生徒は退避済みとなります。1293番で送信≫

≪境島了解。先程の加入申報と同件と思料されます。既に地域課員に指令済みです≫

≪I県本部了解。受傷事故等に十分に留意されたい。以上I県本部≫


 無線が騒がしくなってきたな。と但馬がハンドルを切りながら呟いた。

 パトカーは狭い道をものともせずに滑らかに走行してゆく。但馬の洗練された運転技術の為せる技だろう。


「さっきの月島高校の申報者ってお前の妹だろ?」

「そうです」


 毒島の言葉に、ユリウスは不安そうに頷いた。


「兄貴の立派な姿見せて安心させてやんな」

「は、はい!」


 彼なりに、ユリウスの緊張や不安を和らげようとしてくれたのだろう。強張っていた身体が少しだけ解れた気がした。


 山に挟まれた狭い県道を抜けると田園の中にぽつんと校舎が見えた。こちらからだとグラウンドは校舎の裏手のようだ。


「よし。着いた。裏から入るよ。毒島部長、現着の無線入れて」

「了解。境島2から境島。高校に現着。車両離れます」


 パトカーが裏手の来客用駐車場に停まり、ユリウスも二人に続いて車両を降りた。

 妹の通う高校だけど初めて入ったな。と物珍しげに見回すのも束の間、毒島の「ほら、状況確認!先生か誰か話聞く!俺らはグラウンド行ってるから!」という言葉に慌てて職員室へ駆け出した。


 敷地内には誰も居ない。校舎内に避難してるのだろう。それにしても広い校内だ。建物がいくつもあって何処から入ればいいのか迷いそうだ。


「職員室はどっちかな……」

「にーさーん!」


 うろうろしてると、頭上から声が聞こえた。なんとなくソフィアに似ているような。


「にーさーん!上だようーえ!」

「ん?」

「ここ!ここだっつってんだよアホ兄貴!」


 一際大きい声に上を見た。5階の窓から金髪をひっつめに結った女子生徒が手を振っている。妹のソフィアであった。


「あ!!そこか!なんだよソフィア!電話しろよ!バカ!」

「うっさいな!早くなんとかしてよ!練習できないんだから!」


 ソフィアはソフトボール部に所属しており、兄に対して絶賛反抗期中である。昔はお兄ちゃんお兄ちゃんとついて来たのに……と若干やるせ無くなったが、今は公務中である。気持ちを切り替えて、声を張り上げた。


「絶対に外に出るなよソフィア!あと職員室はどこだ!」

「あっちから回って!頼んだよお巡りさん!」


 ソフィアが指を差す方へ走る。職員室の窓が見えた。皆、怯えたようにグラウンドを見ていた。


「すいません!境島署の者です!」


 コンコン、と窓を叩くと近くにいた若い女性教師が窓を開けてくれた。


「どうもご苦労様です」

「ヒポグリ……あ、あのでっかい生き物、いつ飛んで来ましたか?」

「つい20分前です。ソフトボール部とサッカー部が部活動中でしたが、生徒数人が避難誘導してくれて……」

「誰か怪我人はいますか?」

「いません。避難中に転んだ生徒はいますけど、軽傷でしたし、襲われて怪我とかはないです」


 それを聞いてユリウスは内心ホッとした。あんなのが暴れたら怪我どころでは済まない。


「よかった。では念のため先生のお名前を聞いてもよろしいですか?」

「えっ……小林です」

「小林先生、外には誰も出さないようにしてください。後は僕らが対処しますから!」


 ユリウスは現場で先輩達に習った『まずは当事者を安心させる事』にした。すると何故か小林は、顔を赤らめて「分かりました」と小さく呟いた。



 グラウンドに向かうと、毒島と但馬がサッカーゴールの辺りで様子を伺っているのが見えた。

 ヒポグリフはグラウンドの中央で、放置されたサッカーボールを弄んでいる。


「小林という女性教師によれば、避難時に転倒し軽傷を負った生徒はいましたが、今のところヒポグリフによる人畜被害等はありません」

「オッケー。なら良かった。さてどうするかなぁあの鳥」

「避難が早くてよかったわ。あと班長、ヒポグリフです」


 ユリウスの報告に二人は安心した表情を浮かべた。だが問題は山積みである。このままではらちが開かない。ユリウスは屈んでヒポグリフの腹側を覗き込むようにした。


「足環とかはないようですね」

「ヒポグリフにそれはないだろ」

「どこで飼うのよこんなん」


 ちなみに猛禽類やレース鳩は飼育する際、逃げた場合に連絡がつくように連絡先のついた足環をするというのが通例である。


「昔飼ってた貴族がいたらしいですけど……脚とかに着いて…あ!あった!」

「うっそ……ホントだ」

「マジか」


 右の後脚に黒い足環が見えた。明らかに人工的につけられたものだ。こんな生物を飼ってる時点でアレだが、これで光明が見えて来た。


「いや、足環があった所でどうやって見るかって話だよね」

「死にますね」

「猟友会待つしかないか」


 なす術無し。と思われた時「あ、待って」と但馬がスマートフォンを取り出した。


「はい。但馬です。ああ、お疲れ様です。いますよ。今結構落ち着いてボールで遊んでます。人畜被害なしです。避難は済んでます。ええ。足環が付いてるんですよ。誰か飼い主がいるかもって。はい。あ、あと10分ねハイ了解。分かりました待機します」

「地域課長からスか?」

「そ。猟友会の人あと10分だって。生安も向かってるってさ」


 スマートフォンを仕舞いながら但馬が頷いた。生安とは生活安全課の略称である。生活安全課の業務は幅が広い。地域防犯から少年補導、DV事案や違法風俗店の取り締まり、サイバー犯罪対策など。そしてあまり知られていないのが特定希少生物の密猟や違法飼育対策である。


「こんなの飼ってるって条例違反じゃないんスかね。向こうでは樹海の中でしか見た事なかったからわざわざ捕まえてきたとしか」


 毒島がサッカーボールにじゃれつくヒポグリフを見ながら言った。ヒポグリフはガーランドの樹海に生息する、非常に誇り高く、高い知能を持つという魔獣であるが、見た所そんな片鱗が見られない。


「おつかれちゃーん。どう?」


 後ろから声をかけられ、反射的に振り向く。ユリウスの背丈の半分以下の鷲鼻が特徴的な男が、こちらへ向けてひらひらと手を振っていた。ユリウスは頭を下げた。


「足柄(あしがら)課長。お疲れ様です」


 足柄警部。ガーランド出身のハーフリング(小人)族である。サイバーセキュリティからガーランド産の特定希少生物まで幅広い知識で捜査員たちをサポートする裏方的役割が多いが、捜査員たちからの信頼は絶大である。


「ヒポグリフねぇ~。成獣は普通あんな風にじゃれつかないんだよね。あの食い散らかしようからもだけど、ありゃあ売買目的で幼獣の頃に捕まって飼育されてたんだな。あの足環、ヤミ業者が出荷の時に付けるんだよね~」


 甲高い声で喋りながらひょいひょいとヒポグリフに近づいていく足柄に、ユリウスが思わず声をかけた。


「え!大丈夫なんですか!」

「へーき平気。ほーれおいで。いいもんあるよ~」


 足柄がウエストポーチから何かを取り出した。犬用の骨ガムのようだ。ヒポグリフがボールから興味を足柄に移したようだった。構わずずんずん近づいて行く彼にさすがに3人は慌てた。小柄な足柄など丸呑みにされてしまうだろう。


「課長!」

「はいはいおいでチビ助。おー。わかったわかったよしよし」


 なんと予想に反して、ヒポグリフがくるる、と甘えたように足柄に近づいてゆくではないか。足柄は小さな身体をよたよたと揺らせながら嘴に骨ガムを噛ませてやり、首筋を撫ぜている。


「すげぇ」

「課長、魔獣使いかなんかですか」

「バカ言え。こういう子らはね。無理矢理とっ捕まえられて、せまっ苦しいとこに押し込められて繋がれてさ。人間に懐かないと生きていけなかったんだよ」


 足柄がすり寄るヒポグリフを撫ぜながらしみじみと言った。そして後脚に付けられた足環を見つめ、顔を顰めた。


「だから平気でこういう事をする奴らが許せねえのさ。俺は」


 その眼差しは悪しき犯罪を憎み、怒りに燃える捜査官のものであった。


 その後、ヒポグリフは無事にガーランドの希少鳥獣保護施設に引き渡すことが出来た。検査の結果、ヒポグリフには過剰な虐待や違法薬物の投薬の痕跡が確認された。県警は、組織的な希少動物密売組織の関与しているとみて現在も捜査中である。

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