35.護衛任務

 再び活発化している白の盗賊団。最近は民家だけでなく、貴族の邸宅も襲撃の対象となっていて、公国全体が戦々恐々としていた。そんな折、ベアトリゼ隊にも任務が下された。公国の大臣の一人であるシュナイダー伯爵という貴族の邸宅、そこの警備だ。


「要人警護なんて、なんだか本物の騎士っぽいな!」


 ユスティーヌが一人ではしゃいでいる一方で、ミリアーネは不安顔。


「要人警護でモブキャラが戦死、っていうのは王道中の王道パターンだよ」


「また始まった」


 ミリアーネが説明するところによると、要人の屋敷に賊が襲ってきて警備兵たちをあっという間に斬り、あわや要人が斬られる、というところで主人公が駆け付けてくるのが物語の王道らしい。

 サリアは興味なさそうに、


「任務前に縁起でもないこと言うのやめてくれ。ていうか主人公って誰だよ」


「それは前に言ったとおり、エルブラッドさんだよ。また説明する?」


「いや結構」


 ミリアーネの不吉な言葉を打ち消すように、エルフィラが皆を励ました。


「もうすぐ考査だから、ここで頑張れば良い結果がもらえるかも。皆で頑張りましょう」


 しばらくは伯爵の屋敷に泊まり込みで、昼夜交代で警備をすることになる。そのため、武具以外にも宿泊の用意などをする必要があった。


「ミリアーネ、本まで持って行くのか?」


 ユスティーヌが呆れたように尋ねるのを、ミリアーネは胸を張って答える。


「もちろん!私の愛読書だし。夜とか絶対暇だよ」




 いよいよ今日から任務開始。玄関を出ようとする5人のところへ、ユーディトが泣きそうになりながら走ってきた。


「あの、皆様、かなり危険なお仕事に行かれるのですか?」


「いや、そこまで危険じゃないですよ。そりゃ盗賊団が来たら危ないけど、来ない可能性の方がはるかに高いし」


 サリアが不思議そうに言うが、ユーディトはまだ不安そうに、


「でも、先ほどミリアーネ様が自分たちはこれから死地に旅立ちます、と」


 サリアがミリアーネを小突いた。


「こら、なんて嘘をついてるんだ」


「だから、要人警護でモブキャラが戦死、っていうのは――――」


「念のため言うけど、それ信じてるのミリアーネだけだからな」


 ミリアーネの思い込みということを皆で説明して、ようやく理解したユーディト。


「ちょっと安心しました。皆様、ご武運を!」


 こうして、各人の期待と不安が入り交じった中で要人警護が始まった。





 期待と不安のうちの期待の方は、すぐに失望に代わり、さらに憤怒に変わった。

 このシュナイダー伯、護衛してもらっている立場にも関わらずとにかくわがままで、事あるごとに人を見下すという人物。屋敷が傷むから鎧は脱げ、と初日に言うところから始まって、とにかく5人の一挙手一投足にケチを付ける。さらにどこから調べたのか、ミリアーネは5人の中で唯一の平民出身だと知ったらしく、特にミリアーネに対して露骨に侮蔑の態度をとる。彼女も初めのうちは我慢していたのだが――――


 3日目の朝、ミリアーネは廊下の曲がり角でシュナイダー伯とぶつかりそうになった。当然、黙って許してくれるはずがなく、ひとしきりの罵倒が始まってしまった。ミリアーネは内心イライラしていたが、表面上は冷静を保っている。その様子が反省していないように見えてしまったのか、ついに伯の口から暴言が飛び出した。


「だからワシは、平民上がり風情を屋敷に入れるのは嫌なんじゃ!」





「私もう帰る!」


 5人のためにあてがわれた宿直室で、ミリアーネがベアトリゼ隊長に向かって喚いている。屋敷は2階建てになっており、2階の北側部分に宿直室はあった。宿直室といえば聞こえは良いが、どう見ても倉庫として使われていた部屋から荷物を運び出して、仮眠用の粗末なベッドを置いただけだった。やけに埃っぽいうえ、窓が無く北向きの部屋だから、この季節は底冷えがする。


「あんなくそオヤジのために命張るなんて、絶対にやだ!」


 こんなに激しく怒るミリアーネを今まで誰も見たことが無かったから、4人ともなんて言葉をかけたらいいのかわからない。一番つきあいの長いサリアでさえも、こんなミリアーネは初めてだった。


「ただでさえモブの要人警護は死ぬ可能性高いのに、こんな扱いされてまでやってられない!」


 そこはいつも通りなのか、とサリアは思いつつも、とても口に出せして茶化せるような雰囲気ではなかった。あのベアトリゼ隊長までもが気圧されてしまって、ようやくこう言った。


「言いたいことはよく分かった。確かに、その発言はひどいと私も思う。が、我々は5人で1つの隊だ。勝手に帰るなどということは認められない」


 ベアトリゼ隊長も、部下の教育はどうなってるんだ、だの散々嫌味を言われているので、ミリアーネにはかなり同情的。しかしミリアーネの怒りはそれ以上で、じゃあ隊から抜けます!とまで言い放つ。隊長は最後まで話を聞け、と宥めながら、このような案を出した。怒りが収まるまでは、警備に参加しなくていいから、宿直室にいること。その間は4人でローテーションを回す。頭が冷えたら、また任務に戻ってほしい。


「いいですけど。たぶんずっと任務には戻らないと思いますよ」


 渋々承諾するミリアーネ。ベアトリゼ隊長としては、ミリアーネは素行にかなり難があるものの、剣の腕前は4人の中で一番という評価だったから、任務を放棄して帰られてしまうのは止めたかった。明日、明後日には怒りも収まるだろう、という見込みで、このような妥協案を出したのだ。




 が、それから3日経ってもミリアーネは宿直室から出てこなかった。よくあんな寒いところにずっといられるものだ、と皆感心したが、ミリアーネにも意地がある。絶対にあのオヤジのためには働かない、と決め込んで、仮眠用のベッドを一つ占拠して、周りに持ってきた本を積み上げて一日中読んでいる。

 ミリアーネが欠けたベアトリゼ隊は、昼夜の警備を4人で回す事になったうえに、ミリアーネほどではないにしろ絶えず小言と嫌味が襲ってくるので、心身ともに疲弊気味。良くない流れだ、とベアトリゼ隊長は危惧していた。





「ミリアーネ、ご飯持ってきたわよ。一緒に食べましょう」


 エルフィラが器用にお盆を2つ持って宿直室に入ってきた。ミリアーネは読書をやめて起き上がり、


「これ、朝ご飯?」


「昼ご飯よ。時間感覚がおかしくなってるわね」


 トイレや浴場に行く際、窓から日が差しているかくらいはわかるものの、それ以外の時間はずっと窓の無い部屋で本を読んでいるだけだから、ミリアーネの体内から時間感覚が消失しつつあった。


 こんなマズい食事出して、自分はもっと良い物食べてるに違いない、とブツクサ言いながら食べるミリアーネに、エルフィラは聞いた。


「ミリアーネ、まだ警備に戻る気は無いかしら?ただでさえストレスが多いうえに、ムードメーカーのあなたがいないから、士気が下がる一方なのよ」


 それはお世辞でなくて本心だった。こういうときこそ、いつも能天気なミリアーネがいたら、とエルフィラだけでなく、サリアとユスティーヌも思っていた。厳しい訓練に耐えることができるのも、ミリアーネの存在のおかげなのかも、とまで思った。


「そう言ってくれるのはありがたいけど、私はここから出ないって決めてるから」


 ミリアーネは強情にそう言った。やっぱりまだ怒ってるのね、と思い、エルフィラはそれ以上無理強いしなかった。あんなことを言われたら誰だって怒るに決まっている。そして話題をいつものような、他愛も無いものに変えた。ミリアーネとの会話で、少しの間でも現実逃避がしたかったのだ。




 ミリアーネにも、皆の疲弊はよくわかっていた。みんな疲れた顔で宿直室に入ってきてはベッドに直行し、時間になるとまだ寝足りない顔で起きて出て行く。だから、ミリアーネも皆とあまり会話ができない。一方で、持ってきた本もすべて読み終わってしまった。あまりの暇さに、ミリアーネはついに自分と会話をして時間を潰し始めた。


「ミリアーネさん、いつまで強情を張るんだい?こんな寒くて埃っぽい部屋が気に入ったの?」

「そんなわけないじゃん!でもそれ以上に、あの伯爵のために働くのが嫌なんだよ」

「しかし、この任務はいつまで続くんだ?こんな生活続けたら、そのうち病気になっちゃうよ」





 今夜の夜間当番はサリアだった。屋敷内は防犯のために灯りをともしているが、皆は寝静まっている。

 暇そうに廊下をブラブラ歩きながら、サリアは自分が限界に近いのを感じていた。この任務をやり遂げよう、という気概は既に自分の中から失われている。毎日がただただつらい。明日にでも、隊長に別の部隊と交代してくれるように談判しようか。

 理由はどう考えても、絶え間ない嫌味とミリアーネの不在だった。特にミリアーネが欠けたのは痛い。なんだかんだみんなに気を配って、この殺伐とした雰囲気を和ませてくれたに違いないのに。


 窓が割れる音がした。急いで音のした方に向かってみると、窓から人が入ってくるではないか。全身白ずくめの集団。


「敵襲!」


 サリアのありったけの大声が屋敷内に響いた。





 サリアの大声で、宿直室に寝ていた4人は目を覚ました。そしてミリアーネ以外の3人は剣を取って慌てて飛び出していった。

 すぐにミリアーネの耳に、人の叫び声や悲鳴、金属がぶつかる音が聞こえてくる。赤の頭巾を被った奴を狙え、と隊長が怒鳴っている。盗賊団の頭領がついにお出ましになったらしい。

 ミリアーネはすぐに起きる気になれなかった。いっそのこと、あの伯爵が賊に斬られてくれたらいいのに。だから、このままここにいようか。要人警護は戦死の可能性が高いんだし。

 そう思う側から、もう一人の自分が語りかけてくる。


「でも、結局は行くんでしょ?」


 まあね。あの伯爵はどうでもいいけど、4人は見捨てられないし。




 剣を取ったミリアーネは、逃げ惑う使用人たちをかき分けかき分け、階段の方へ走る。その時、シュナイダー伯が向こうから走ってきた。ミリアーネに目を留めると、通せんぼをするように立ち止まって、


「おい貴様、護衛としてワシについてこい!」


 急いでいるときになんなんだ、コイツは!とムカムカしながら、努力して心を落ち着けて言った。


「いえ、私は下に加勢に行きますので」


「馬鹿!ワシとアイツら、どっちが大事なんだ!ワシは公国大臣だぞ!」


 ミリアーネの中で何かが切れる音がした。


「早く来い、のろま!」


 シュナイダー伯がミリアーネの手を取って走りだそうとするのを、


「うるさい、どけ!」


 思い切り蹴り飛ばしたので、伯は壁に激突して動かなくなってしまった。振り返りもせずに走り出し、


「誰がお前のために命なんかかけるか!私は仲間のために命をかける!」


 そうだ、初めからこう考えればよかったのだ。要人警護と考えるから戦死が怖いし士気も上がらないけど、仲間のためと思えば――――





 ベアトリゼ隊長は焦っていた。部下3人の士気が著しく低い。あんな俗物を守れというのだから当然と言えば当然なのだが、じりじりと後退している。このままでは負ける。

 サリアとエルフィラも同じ事を思っていた。前に市場で戦ったときのあの気迫、気合いが今の自分からは湧いてこない。このままではいずれ斬られる。

 ユスティーヌはパニックだった。初めての実戦、敵の剣を受けるだけで精一杯。とてもこちらから攻撃を仕掛ける余裕は無い。どうしたらいいんだ。

 そのとき、後ろから大声が聞こえた。


「遅れてすみません!」


 ミリアーネだ!4人が4人とも、ミリアーネの声で安堵した。そして思った。勝てる!


「遅いぞ、ミリアーネ!」


 サリアが嬉しそうに言うのに続いて、エルフィラの激励。


「5人揃えば負けっこない!一気に押し返しましょう!」


「みんな、死んじゃダメだよ!」


 ミリアーネの声が響く。




 サリアは自分が負ける気がしなかった。真剣での斬り合いは初めてではないから、場慣れしたということもあるだろう。しかしそれ以上に、この5人でいる限り負けないという安心感が大きかった。苦楽を共にして、互いの実力も分かっているから、こんな盗賊団の雑魚連中に負ける5人じゃない、という安心感だ。そしてミリアーネの存在の安心感。理由はわからないけど、彼女は戦場に勝利をもたらす存在のように思える。あいつがいる限り、私は負けない。

「さあ、次に私の刀の錆になりたいのは誰なんだ?」


 エルフィラも自分で驚いていた。さっきまでじりじり後退していたのに、今は逆に敵を圧している。やっぱりミリアーネ、あなたのキャラクターは唯一無二のものよ。私の家名にかけて、あなたを守りましょう。もちろん、他の3人も。

「アイゼンベルクの名は飾りじゃないわ!」


 ユスティーヌの目の前で、サリアとエルフィラの動きが明らかに変わった。ミリアーネは魔法使いか何かなのだろうか?私も負けていられない。オフェリアとの決闘以来の、負け続けの日々とは今日でおさらばだ。

「我が名はユスティーヌ=ラインハルト。冥土の土産に覚えておけ!」


 ミリアーネは敵の攻撃を捌きながら思っていた。仲間のために命をかける、これは普通のモブキャラには見られない行動だな。小説の中に出てくるモブキャラは、思想もなく闇雲に戦っている。普通のモブキャラじゃない以上、そう簡単には死なない気がする。

「むしろモブキャラはお前らの方だ!セリフも発せず、あっけなくくたばれ!」


 ベアトリゼ隊長は舌を巻いた。ミリアーネの存在だけで、部下の士気がここまで上がるとは。こいつらの連帯感は一体なんなんだ?

 彼女の前に赤い頭巾を被った頭領が立った。一目で手練れとわかる身のこなし。

 頭領が口を開いた。野太くてザラザラした声。


「貴様がベアトリゼか?市場で俺の子分を斬ったのは貴様か?」


「そうだ。正確にはここにいる部下たちだがね」


 頭領は怒りに燃える声で話す。


「いいところで出会えたな。子分を斬れるような腕の立つヤツと、斬り合いたいと思っていたんだ。イチかバチか、手合わせ願おうじゃねえか」


 ベアトリゼ隊長は相手を嘲笑うようにして言った。


「イチかバチか、なんて言う時点でお前の負けだ。私たちは勝ちに来た。博打をしに来たんじゃないんだよ」





 すべては終わった。皆軽い傷は負ったものの、完勝だった。


「勝ち鬨を上げろ!」

「えい、えい、おー!」


 5本の剣が合わさって、上に向かって突き上げられた。

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