14.タンポポのジェノベーゼ

「不破、おいお前、大丈夫か?」


 はっと目が覚める。気が付くと、目の前には大勢の人間が座っていた。


 なんだこれ。

 何でみんなこっちを見てるんだ?


「プレゼン、ここお前が話す番だぞ。どうしたんだよ、目開けたまま固まってたぞ」


 プレゼン…?えっと、何だ…?


 声がした方向に振り向くと、スクリーンに映し出されたパワーポイントの画面と、ハセベ(名前はやっと覚えた)が目に入った。


「あ、ああ。悪い。ちょっとぼうっとしてた。」


 苦笑いを浮かべながら言い訳をする。

ハセベは訝しそうな表情をしていた。


    *    *    *


「ただいまー、なぁんて。」


 独りごちながら玄関を開ける。もちろんそこは、なんの変哲もないアパートだ。


 自分以外の誰かがいるわけではないけれど、なんとなくいつも「ただいま」と言ってしまう癖があった。


 手を洗うと、食事の支度に取り掛かる。

今日は、昨日採って来たタンポポをメインに夕飯を作ろうと決めていた。


 昨日水で晒しておいたタンポポを、水を切って松の実やらオリーブオイルやらと一緒にフードプロセッサーにかける。オリーブの豊かな香りが立ちこめてきた。


 そんな道具普通は一人暮らしの大学生男子の家にはないだろうと思われるが、割と料理をする方の自分は、よくこれを使っていた。


 そして、冷蔵庫から冷や飯を取り出すと、先ほど作ったジェノベーゼソースで煮込んだ。完璧だ。いつものレシピ。


 この作り方は、家を出る前に母親にから教わったものだった。代々母の家系に伝わる、タンポポのジェノベーゼリゾット。


 だが、なんとなく、俺はもっと昔からこの料理を知っているような気がしていた。記憶の彼方、体の奥がこの濃厚なジェノバソースの香りを覚えている、そんな感覚だった。


 その後適当なサラダとスープを作成して、タンポポのリゾットを食べた。ゆっくりとした時間だった。


 食べながら、彼女の「夢」の時系列について考える。「夢」は事象の遠近に関わらず、カオスな状態で俺に断片的な情報を与えてきた。だが、見ていくうちに慣れて、なんとなく順番がわかるようになっていた。


 おそらく、りずと一夜を共にした「夢」は一番最後だと思われた。そしてその前がペンギン、一番初めはカフェだ。カフェでは彼女が敬語で話していたため、まだ出会ったばかりだったのかもしれない。


 どの「夢」の彼女も、美しかった。

 手が届くことが信じられない程、彼女はきらきらと眩しい存在だった。


 思い出して、体の一部が熱を持つ。


 ふとスマホに目をやると、「太郎」からメッセージが届いていた。画面を開くと、


「きょうは おはなしを きいてくれて ありがとう ございましたm(_ _)m そして ひさしぶりに ヨーゼフさんに あえて とても たのしかったです(*^^*)」


 とあった。そして、今日のあの後の様子なのか、回し車を一生懸命カラカラと回すしらたまの動画が添えられていた。ふわふわの毛が揺れて、小さな体がほかほかと暖かくなったしらたまを想像できた。


 相変わらず可愛い。

 思わず口角が上がった。

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