9.太郎登場

「あの、ヨーゼフさん…ですよね?」


 改札前の柱に寄りかかっていると、左から声を掛けられた。思っていたよりも、声の発せられた位置は下の方からだった。


「…ああ」


 返事をしつつ、声の主を見やる。

その主は、小さな男の子だった。


 なるほど。「太郎」君、僕っ子ではなく本当に男子だったのか。


 正直、心のどこかで「夢」の少女こそ「太郎」の正体ではないかと期待をしていた。彼女に今日会えるのではないかと。だが、どうやらそれは違ったようだ。


 目の前の子どもの年の頃は、幼稚園年長から小学一年生辺りだ。一人でここまで来たのだろうか。大人が近くにいる様子はなかった。


 しかしそれにしても、こんな子は知り合いにいただろうか。


「君が太郎君かな」


 少し身をかがめ、目線を合わせて質問する。問われた少年は、


「いいえ、違います。」


 ときっぱりと答えた。


「えっ…?」


 俺が驚いて固まっていると、少年は何やら上着のポケットをごそごそと漁り始めた。そして、


「この子が太郎です」


 取り出したものを手の平に乗せて、目の前に差し出す。


 そこには、ふわふわの毛並みの白いジャンガリアンハムスターがちょこんと座っていた。


 つぶらな瞳をくりくりとさせて、こちらをじっと見つめている。


「えっ?太郎君って、これが…?」


「そうです。ぼくのスマートフォンで、太郎が文字を打ち込んでいました。」


「そ、そうなんだ」


 頭がくらくらする。まだ事態がうまく飲み込めていない。ねずみがスマートフォンを扱えるものなのだろうか。


 そういえばかつて、亀の手でタッチした時にスマホの画面は反応するか、という動画をテレビで見た事がある。そこでは、亀の手を持った飼い主が、スマホでスクロールすることに成功していた。


 じゃあハムスターでも大丈夫か。

 いや、違うだろ。


「太郎とぼくは大親友なんです。太郎の思っていることは、ぼくは何でもわかるんですよ」


 男の子がそう言うと、ハムスターは誇らしげにチュウと鳴いた…ような気がした。


「ここで立ち話も何ですし、どこか喫茶店にでも行きましょう」


「ああ…」


 正直、この一人と一匹にどう接したら良いかはさっぱりわからなかった。だが、たしかに彼のいう通りここにずっといても仕方がないので、素直に従って移動することにした。

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