第25話 ファミレスへ拉致

 中学時代、私の学校には女王と呼ばれる後輩が居た。


 中学入学早々、その容姿と双子という目立つ存在から、三年生だった私にも話は聞こえてきた。


 男子は彼女を落とそうとし、女子はそんな彼女が気に入らないと、色々とちょっかいをかけた。


 しかし、男子達はすげ無くあしらわれ、女子は意に返さない態度を取られ、そんな彼女の有り様に当然ヘイトが溜まっていく。


 可哀想だと思ったのは、彼女の双子の兄にもその不満は溜まってしまったこと。其方にもちょっかいを出しているとの話が、教室では目立たない私にも聞こえてくる事があった。


 それはちょっかいというレベルではなかったかもしれない。


 初めは陰口を叩く位の事が、次第にわざと肩をぶつる等の直接的な攻撃になり、更に呼び出して殴ったり、頭から牛乳をかけたなんて事もあったらしい。


 教室で少し悪ぶっている男子達が、笑いながら話しているのを聞いた事があった。


『見たかあのツラ?山口兄の方。俺らが怖くてヘラヘラしてやがったよな?』


『傑作だったな!ダッセェ!』


 集団で年下のあんな可愛い男の子を囲むなんて、ダサいのはあんた達だと嫌な気分になりながら、それでも学校においてなんの力も持ち合わせていなかった私は、何も言えなかった。


『今度アイツに妹を連れて来いって言ってやろうか?』


『あぁ、その手があったな。今度と言わず、今日の放課後でよくね?』


 流石に不味いと思い、私は職員室に担任がいない事を確認して、誰にも見られないように担任の机に男子生徒が話していた内容を書いた手紙を置いてきた。

 名乗り出て目をつけられる勇気はなかったけど。


 その日の放課後、どうなったのかは知らない。


 翌日は話していた男子達は全員休みになっていたし、担任もその理由は病欠だと言っていたから、どうなってしまったのかはサッパリ。


 ただ山口兄妹は、普通に登校してきた。

 うん。いつも通り結月君は可愛らしかったし、そのお顔が傷付けられなくてホッとした。もしかしたら知らないふりをしてるけど、担任が上手くやってくれたのかもしれないと、安心した。


 しかし…


 翌日登校してきた男子達は何かビクビクとした様子で、情緒不安定な雰囲気を醸し出していた。


 教室の皆の顔色をそっと覗いたり、目が合うと慌てて逸らしたり、一体何があったのか。

 彼らはそれを語らなかったから謎だけど、今回の事に関わっていない男子が、その男子達に話しかけたり、山口兄妹の話をすると、必死の形相で止めていた。


 それと同じ時期、三年女子のリーダーみたいなギャルがいたんだけど、その子も事ある事に山口妹に絡んでいたのに、いつの間にか山口妹の事を褒めだした。


 それは本心から褒めているような話し方で、なんと言うか、褒めると言うより讃える?そんな感じだった。


 本当にどうなっているのかサッパリだけど、それ以来、結月君は一人でいる事が多くなり、物憂げな可愛らしい表情を盗撮する事が捗ったけど、寂しそうで、思わず今からお姉さんの家に来る?って誘いたかったのになんだか話しかけるのも不味い雰囲気になり、盗撮と体操服の香りを嗅ぐくらいで我慢してた。

 何となく、彼の観察を続けていると、色々と見えてくるものがあって、実はとても頭のいい男の子だと分かってきたし、妹には頭が上がらないのも分かってきたから、彼の進路は何となく想像出来て、この観察を傍で続けたいとの思いから、それ迄学年でも真ん中位の成績だった私が、志望校を天照学園に変えた事で、周囲から受験のストレスで頭がおかしくなったと疑われながらも猛勉強し、無事に特待生の資格を経て入学が出来たのもいい思い出。


 一方、山口妹の方は常に何人かの取り巻きがいて、中心にいる彼女は薄らと笑みを浮べた表情で、優雅に歩いている姿を見るようになった。


 彼女に好意的な人が増える時、彼女は動き出す。


 例えば――


 ザワリと教室が小さくざわめいた。


 予想通り、私達三年のクラスに彼女が来たみたい。


 ◇◇◇◇◇


 私は大泉おおいずみ一花いちか


 天照学園三年の特待生であり、三年間学年一位を守ってきた才女。

 私の将来性なども考えてか、富裕層のバカな子供達からも一目置かれている。

 容姿も優れているから、この歳で求婚者が二桁はいる。


 私はまだまだ婚約なんてしたくないからお断りはしているけど、男の一人もいないのでは格好がつかない。

 まだ高校生だし、それなりのスペックを持った同じ歳で、他の高校の男の子と付き合ってみた。


 彼はスポーツ特待生で、来年にはプロのスポーツ選手になるらしいから、それなりに格好はついたでしょう。ついでに初体験も経験して、まぁ遊びだけど、順風満帆って所。


 私の立場は揺るぎないと思っていたのに、あの小娘。


 それ迄男どもが私に向けていた視線は、新入生の山口美月に向けられた。


 事ある事に小娘の名前が聞こえて来て、私はとても耳障りだった。


 そしてあの余裕な態度が癇に障る。


 精神的に叩いてやろうと小娘の下駄箱に生ゴミを入れたり、使用済みナプキンを入れてやったりしたけど、何も無かったように過ごしている事にイライラする。


 これ位ではダメだと思い、男子達をけしかけてやろうかと色々と画策していた。


 いい相談相手も出来たし、明日には泣き顔を見せてもらおうと思って席を立った。


 教室の出口に目を向けると、丁度何故か山口美月とその取り巻きが教室に入ってくるのが見えた。


「はあ?…な、なんで?」


 思わず小さく呟いて目を合わせないようにしていると、山口美月は迷いなく私の前まで歩いて来た。


「大泉先輩?ちょっといいかしら?」


 この私が、天照学園一の才女が、あんなコソコソとしたような嫌がらせをしているなんて知られる訳にはいかなかった。

 だから、動揺を隠しそれに応える。


「山口美月さん、よね?何か用?」


 全く、明日には男どもがめちゃくちゃにしてくれる予定なのに、なんでこんなタイミングで来るのよ。

 嫌がらせが私だと気付いている?

 でも証拠は無いはずだわ。


「時間を貰いたいのだけれど?いいかしら?」


 面倒ね。

 山口美月を入れて四人だし、もしバレているなら4対1の状況を作るのは不味い。


「ごめんなさい。私達三年生は受験があるの。勉強もあるから、時間は作れないわね。」


 これで諦めてくれればいいけど。

 あと一日。今日を乗り切ればアンタの人生終了よ。


 目立つから悪いのよ。

 私から一番を奪おうとするから。

 私は一番だからこそ価値があるのだから。


「…そう?」


 小さく溜息をつき、山口美月は一度目を伏せる。


 今日の所は諦めたかと思った時、私の腕に痛みが走る。


「い、痛い!なにするの!」


 私の右腕が捻りあげられ、山口美月は私の背後に回って耳元に口を寄せた。


「先輩、こちらも大事な話があるの。どんな事をしても、付き合ってもらうわ?」


「な、離して!誰か先生に連絡を!」


 ザワザワとした教室から、痛みで抵抗が出来ない私は、山口美月の取り巻きに囲まれ、連れ出された。




 そして今、私はファミレスでドリンクを飲んでいる。


 窓際の席で、私が窓側。

 隣には山口美月がいて、逃げられない。

 まぁ大声でも出せば何とかなるでしょうけど。


「なんなのかしら?こんな所に連れて来て。あなた達覚悟しなさい?私に乱暴した事はクラスの皆が見ているんですからね?」


 そうだ。停学にしてやればいい。

 けれど、それだと明日の予定が狂うわね。

 どうしたものかと考えている間も、山口美月は何も言わずにドリンクを飲んでいる。


 ファミレスに入る前、取り巻きの一人がいつの間にか居なくなっていて、私の前には取り巻きの二人が座っている。


 私のした事がバレて、文句でも言ってくるのかと思いきや、黙って座っているだけで、一体何がしたいのか分からない。


「…やっぱりファミレスではレストやイースには敵わないわね。」


 訳の分からないことを山口美月が呟いた時、彼女のスマホが震えた。


 スマホを確認した後、彼女は窓の外を眺める。


 これでは軟禁じゃないか。

 ただでさえ気に入らない女の隣に居るだけでイライラするのに、もう付き合ってられない。


 人が多いこの場所なら、何かされても助けてもらえると考え、私は立ち上がった。


「いい加減にして!私は帰るから!」


 そう言うと、意外な事に彼女も立ち上がり私を通してくれる。


「何がしたいのよ。学校には報告させてもらうからね?」


「構わないわ。ここから出ていく前に、あれを見てみる事ね。」


 そう言って彼女が指を指した窓の先に、知っている人物がいた。


 一応だけど、付き合っている男が年上と見られる、キャリアウーマンっぽい女性と腕を組んで歩いている。


 ふーん、まぁモテるのはいいことね。

 此方も遊びで付き合っている訳だし?

 ただ、あれは別に浮気とかではないかもしれないでしょ?親戚のお姉さんとかの可能性だってあるじゃない?


 なんなの?

 こんなの見せられても、私は何とも思わないんだけど?


「先輩…」


 あれ?

 私いつの間に外に出たの?

 なんで私は蹲っているの?

 なんで山口美月の取り巻きが私の頭を撫でてるの?

 なんで私は泣いてるの?



 ◇◇◇◇◇


 私の名前は風真忍。


 中学の時に、私は虐められていた。

 見た目も性格も暗かった私は、虐めの対象としてちょうど良かったのかもしれない。


 だから私はなるべく目立たないように日々を過ごし、自身の存在を消す努力をしてきた。


 同じ中学に、私とは対称的な女の子がいた。


 見た目も性格も堂々とした彼女は当然目立っていて、色々な人から良くも悪くも注目を集める。


 私はそんな存在と関わりを持ちたくなかったけど、ある日違うクラスである彼女が、同じクラスの彩葉に会いに来た時、彼女は私の大事な友達になった。


 彩葉は頭が良くて、家は相馬総合病院という大きな病院を経営しているお嬢様。

 でも彩葉はそんな事を鼻にかけている訳でもなくて、誰とでも仲良くなれる明るい性格だった。

 公立の中学に通うのも彼女の意思らしくて、勉強は文句を言われないようにちゃんとやるから、義務教育の間は色々な人と友達になりたいと、私立に通わせたかった親を説得したらしい。

 いやはや、当時小学生だった筈なのにそんな考えを持って親を説得するなんて、私からは考えられない。


 まぁそれでも、それは話しかけてくる相手に対してだから、話しかけない私とは関わりがなかったけど。


 そんな彩葉が興味を持って自分から近づいたのが美月。


 彼女達はウマが合ったようで、度々お互いのクラスに行っては話し、親友となっていたみたい。


 美月がクラスに来た時も、私には関係ないと隅の方で存在を薄くしながら遠目で二人を眺めていた。


 すると、何時ものように二人とは違う方向から話し声が聞こえてくる。


『なんか凄い二人だよね?誰かさんとは大違い、クスクス。』


『やめなよぉ。あんな輝いてる二人と比べたらわるいよ?光と影って感じだけど、クスクス。』


 これは陰口なのかな?

 もう慣れたし、確かに私は日陰者だと溜息を着くけど、気分がいい訳ではない。


 それでも何も言い返せない私は、諦めて何事も無いように本を読んでいた。


『あら、そんな陰口を叩く貴女達こそ影ではないの?』


『え…?いや、私達は別に…』


 すぐ近くから聞こえた声に、思わず顔を上げた。

 私を背に庇うかのように立つ美月は、私の陰口を何時もしている女子に話しかけていた。


 サラリと流れる黒髪に、私は同性であるというのも忘れて見惚れてしまった。


 背を向けて立っていた美月は振り返り、私に優しく微笑みかけてくる。

 ドキドキと胸の鼓動が高鳴り、声を発する事も出来ず、ただ阿呆のように口を開いて見つめることしか出来なかった。


 美月に責められ、自分を貶めるような真似は止めなさいと言われている女子達は、気まづそうに言葉を返せないでいたようだ。


『女性は誰でも輝けるのよ?そんな下らない事をしていると、自分の価値を下げるばかり。もっと自分を磨きなさい?』


 近くにいた彩葉は、そんな美月を面白そうに笑いながら見ていた。


 私も、そして私に陰口を叩いていた女子も、その時に美月に惚れてしまったのだろう。


 いつの間にか、美月の傍に居たいと思うようになって、少しずつ話しかけるようになり、今迄散々陰口を叩いていた女子達から謝罪を受け、同じように美月の傍に居たいと思っていたようで、彼女たちとも仲良くなってしまった。


 何だかんだで、美月は女子に優しい。

 完全な敵対行動を取っても、女子が困っていたら助けてしまう。


 初めて接するとキツい印象だけど、話していくうちに、なんだか心の中にスルスルと入られていくようで、とても心地良い。


 名前だって友達には呼び捨てで構わないと言っているんだけど、なんだか呼べなくて、心の中でだけ呼び捨てにしているのは、私だけではない。


 まぁ男子には厳しいけどね。


 男子が呼び捨てにしようものなら美月からの冷たい視線に晒されるし、呼びたくても呼べない私達からも同様の視線を向けられるから、男子達は呼び捨てに出来ない。


 今回も敵対行動を取ってきた先輩の情報を話した途端、美月は直ぐに動き出した。


 敵なら放っておけばいいなんて、私だったら考えるけど、確かに今回は同情の余地があった。


 一生に関わる問題だからね。



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