第二章

第20話 入学

「新入生総代、山口美月さん。」


「はい。」


 入学式、学園長のクソつまらない挨拶を聞いている途中、何度も眠気に誘われながら、それでも踏みとどまったのは、保護者席の一番前にいる両親のプレッシャーがビシビシと背中に突き刺さっていたからだ。


 特に母さん。

 チラリと視線を向けると、春の日差しのような笑顔を絶やさず、ツンドラのような冷たい視線を向けるという器用な事をやって退ける。


 そしてその手は隣にいる父さんの膝の上に置かれている。

 こんな所でも仲の宜しいことで。


 その父さんの視線は、新入生総代という役目を負った美月に向けられていて、感慨深げな表情を浮かべている。


 新入生総代というのは、一般的に入試首席がなるものだ。

 まぁつまり、そういう事なんだろうな。


 壇上に上がった美月は、一度深くお辞儀をして顔を上げると、一点を見詰めて微笑む。


 何処を見ているかなんて、確認しなくても分かる。

 父さんだ。


「暖かな春の光に誘われて桜のつぼみも膨らみ始めた今日の良き日 …」


 おいおい、皆を見渡しながら言えよ!

 何やってんの!


 そう思い苦笑いをしていると、新入生が少しだけざわめく。


「わっ…きれ〜。」


「おぉ!楽しい学園生活になりそう!」


「あれが女王クイーン…」


 そんな呟きがそこかしこで聞こえる。


 はぁ…

 早く終わらねぇかなあ…



 永遠とも思えるほどの長い時間をかけ、入学式の式次第は全項目を消化した。


 といっても、始まって一時間ちょいしか経ってないみたいだな。あれかな、精神と○の部屋みたいな空間なのかな、この講堂は。


 式が終わると、それぞれのクラスに移動する。


 特進クラスというものがあって、それが3クラスある。まぁこの学園に入る事自体、他の学校だったら特進クラスに入っている以上の成績を取っているのだが、その中でも上位10パーセント程度が特待生。


 美月は当然だが、俺も一応そうなった。

 父さんがそうだったという事で「結月も死ぬ気で目指しなさい。」等と美月に言われ、やるしか無くなった。


 後は聞いた話によるとだ、この学園はやはり有名で、ここを卒業することによってある程度が着くらしく、富裕層と言われる家庭からバカな子供が入学しているのは、この学園に多額の寄付をするこれまたバカな親が居るかららしい。


 そんな奴らの学力なんて、御察しだ。


 ウチのような平均的な家庭から見ると、楽して入れるのだから羨ましいこった。


 この学園の建物は、上から見るとコの字型になっている。

 コの字型の上と下が教室で、右の部分に職員室や音楽室、視聴覚室など、クラスが入っていない場所が集まっている。


 俺の教室はコの字型の下の部分にあり、美月の教室は上の部分で、もう一つの特進クラスも美月のいる方にある。

 コの字型の真中、空いている部分は中庭だ。


 こんな説明や担任の挨拶を聞き、授業は明日からだと言われて当日は下校となった。


 校門には黒塗りの高級車が何台も停まっていて、バカそうな子供の帰りを待っているようだ。


 ウチは帰りに外食をしようと言っていたので、校門で待ち合わせをする事になっていた。


 当然、親が先に待っているものと思っていたが、何故か俺が一番乗り。

 その後に美月が中学の時の友達を引き連れて校門まで来た。その場で友達と別れ、俺と二人で待つ。


「父さん達なにしてんだろうな?」


「さあ?何だか入学生の親が父さんと母さんに話しかけているのが見えたわ。父さんの母校だから、知り合いでもいるのではないかしら?」


「ふぅ〜ん。俺達みたいに親の母校だから入った奴らがいるのかね?」


「どうかしら。私は最近になって気づいて来た事があるのだけれど…」


 美月が口元に手を当てて何か考えるような素振りを見せ、言葉を続けようとした時、近くから声がかかる。


「あっ!入試首席の山口美月さんじゃん!」


 誰かと思いそちらに目を向けると、見たことも無い男が立っている。


 なんと言うか、イケメンなんだろうけど、その雰囲気が、俺様的な?要は見ただけで俺とは気が合いそうもないと感じる男だった。


 ニヤニヤとしながら近づいてきて、俺に気が付くと鼻で笑う。


 俺はため息をついて肩を竦めた。

 男は美月を見ながら俺に指を指して言った。


「誰こいつ?彼氏?」


 美月も俺と余り変わらない印象を持ったのだろう。

 何も答えること無く、無視をした。


 正直、こんなやり取りは中学の時に嫌という程やっているので、もう面倒臭いとしか思えない。

 相手をするのも馬鹿らしい。


「あれ?冷たくない?そうだ、何だったらウチの車で送って行ってあげようか?」


 なるほど、その辺に並んでいる車の一台がこいつの家の物なのだろう。

 という事は、バカ息子の一人なんだろうな。


 正直さ、こんな偏差値の高い学園で、公立の中学時代のように、力で攻めてくるような輩がいるとはあまり考えてなかった。

 まぁ何処にでもバカはいるという事なんだろう。


「あ、お前は送らないよ?俺の車は可愛い女の子しか乗せないから。」


 小馬鹿にしたように俺を指さす。


「どうぞご勝手に。美月、父さん達には言っといてやるよ。送ってもらえば?」


 ニヤリと笑いながら美月に言うと、キッと睨み返される。

 おお〜怖い!


「バカを言わないで。父さんとの約束より優先させるものなんてないわ。」


 ま、そうだろうな。


 俺は男に言った。


「おいお前。お前が誰か知らんが、美月は行かないってさ。一人で帰りな、おぼっちゃま?」


 男は眉間に皺を寄せ、俺を睨む。

 こういう奴に共通するのが、攻撃力ばかりで防御力が脆弱だという事だ。

 見下している相手に言われるのは慣れていないってのが分かりやす過ぎる。


「へぇ、お前彼女の事呼び捨てなんだな。じゃあ俺もいいよね?美月?」


 すげぇ面白い。

 こいつ、今日のMVPだ。


 美月は不快さを隠そうともしないで男を睨みつけた。

 男はその表情に一瞬ビクリと肩を震わせる。


「名乗りもしない相手に呼び捨てにされる覚えは無いわ。いいからさっさと帰りなさい。おぼっちゃま?」


 男は頬を引き攣らせ、無理矢理笑顔を作る。


「ま、まぁいいや。時間は幾らでもあるからね。俺は辻本つじもと光斬れいざ。一組だ。男の方、お前は?」


 美月の事は知っているようで、当然聞かれたのは俺の名前だ。

 なるほど、今になって自己紹介しろと言うんだな?

 プライドが高そうな奴だから、ちょっと煽ってみたくなった。

 俺は口端を上げて応える。


「山口結月。の五組だ。」


 おーおー、思った通り睨んでくるなぁ!


 そして、何かに気づいたような顔になった。


「…山口?お前ら兄妹か?」


「そうだよ。もういいから帰れよおぼっちゃま。こっちも用事があんだから。」


「くっ…山口結月、憶えたからな。美月、またね。」


 美月は呼び捨てされた事が気持ち悪いのだろう。

 それ以上言葉を交わすことも無く、そっぽを向いた。


 辻本はそのまま、車に乗り込んで帰って行く。


 しかし、父さんと母さん遅いな。

 校舎の方を眺めていると、コチラに向かってくる両親が見えた。


 父さんの隣には眼鏡をかけた渋い男の人がいて、なんか凄い楽しそうに話をしていて、隣にいる母さんの隣には母さんより小さい女の人がいる。


 俺達に気が付いた両親は、その人達に挨拶をして、コチラにやって来た。


「すまん、待たせたな。ちょっと知り合いがいてさ。」


 父さんが言うと、美月が父さんに抱きついた。


「遅い!早く行こう!」


「ハハッ、ごめん。行こうか。」


 美月は先程と打って変わって甘えん坊モードになり、俺は見慣れているとはいえ呆れるばかり。


 四人で飯を食いにレストに向かった。













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