閑話 祝勝会に間に合うか?

「もぅ!にいしゃまおしょい!」


「あぁ、マナカ、そんなに走ると危ないよ!」


 今日は僕達の幼馴染の偉業を称えて、祝勝会を行うと言う事で招待を受け、家族全員で外出をする。


 妹のマナカは幼馴染達が大好きで、早く会いたいという感情が爆発して、玄関を開けてもらうのと同時に走り出した。


「行ってくる。」


「行ってらっしゃいませ。」


 お父様が声をかけると、使用人達は揃って綺麗に頭を下げる。


 祝勝会が行われるのは僕達も良くお邪魔するお店『旬菜dining Rest feather』


 今日は貸切になっているみたい。


 先程妹はと言ったけど、勿論僕も幼馴染達は大好きで、早く会いたいと思うのは同じだ。


 けれど、僕達はここから真っ直ぐにお店へ向かう事は出来ない。


 僕達家族はリムジンに乗り込むと、一度別の場所に向かった。



「帰りはまた連絡を入れる。ご苦労さま。」


 目的地に辿り着き、お父様がリムジンを帰す。


 そこは小さな平屋で、僕達家族は度々ここに来る事がある。

 小さな頃は何故なのか分からなかったけど、今なら何となく分かる。


 家の玄関には【立花】という表札があり、読み方は同じだけど漢字が違う事に違和感も覚えなくなっていた。


 一足先に来ていたお母様が扉を開いて待っていてくれる。


 お母様はお話をする事が苦手と言うより、無口な人なんだけど、声に出さなくてもその表情で全てが分かるような、そんな人だ。


 ニコニコとしながら招き入れてくれるお母様にマナカが抱き着き、お母様も優しく抱き返す。


「ありがとう空純あすみ。準備は出来ているかい?」


「はぃ。恙無く。」


 お母様はとても慎み深い人で、何時もお父様を立てて自分は一歩引いた態度をとる。

 それでもお母様はお父様の事が大好きだと感じるのはその表情で分かる。


「よし、じゃあ着替えるか。」


 僕達はお母様が準備してくれていた洋服に着替える。


 普段は着る機会がない『〇ニクロ』の服。

 上から下までフル『ユ〇クロ』だ。

 お父様もお母様も『ユニ〇ロ』だし、マナカだって『ユニク〇』だ。家族全員『ユニクロ〇』だ。

 あ、丸が飛び出しちゃった…


 そう、僕達は今、庶民である立花家の人間に変身したのである。


大空そら眞花まなか、準備はできたかい?」


「できた!」


「はい、大丈夫です。」


「よし、それではいつも通りの合言葉だ。」


 お父様がニヤリと笑い、マナカかは真剣な表情でお父様を見詰める。


「お小遣いは?」


「「五百円!(ごしゃくえん!)」」


「好きな遊びは?」


「「お散歩です!(おしゃんぽでしゅ!)」」


「立花家には?」


「「お金がない!(おかねがにゃい!)」」


「大変結構。皆に会いに行こうか。」


「「はい!」」


 嘘をつくのは心苦しいけど、幼馴染達は僕達家族に何の損得勘定も持たずに接してくれる。


 学校の友達とは、どうしてもそうはいかないのも仕方がないと割り切れるのはこういう友達が居るからだし、僕達兄妹は一生付き合っていける人が沢山いる事が嬉しい。


 何時か家の事が知られてしまうとしても、今は親達が決めたように振る舞うのが僕達や幼馴染達にとって良いのだとそう思う。


「さて、出発だ。」


 僕達は駐車場にある軽自動車に乗る。

 何時も乗っているリムジンは広くて快適だけど、お父様が運転して、お母様が助手席に座り、僕が後部座席、隣にチャイルドシートに座るマナカが居て、凄く狭苦しいのに、家族だけの空間が凄く楽しい。

 この車に乗るのは僕の楽しみの一つだし、マナカもそう思っているに違いない。

 だって、凄く楽しそうに笑っているから。


 暫く走っていると、お父様が首を傾げた。


「ん?これは、光っている?」


 お母様がメーターの辺りを覗き込み、首を傾げる。


「給油ランプでしょうか?」


「な、なに?給油…給油かぁ…ガソリンスタンドだよね?」


 お母様が自信なさげに頷いた。


「むぅ…分かった。」


 お父様はそう言うと、近くにあったガソリンスタンドに入って行く。


 入口に大きくセルフと書かれているガソリンスタンドには、接客をしている店員さんの姿が見えない。


 給油のホースが設置されてある場所に、四角く囲われたラインが引かれていて、お父様はその場に駐車をした。


「さて…」


 車を降りて、お父様は顎に手をやった。


 お母様はお父様の様子を心配そうに見ている。


「うぐぅ…くちゃい。」


 マナカは鼻を押さえて顰め面をしている。

 僕も車を降りて、お父様にたずねた。


「お父様、給油した事あるんですか?」


 そう聞くとお父様は暫くの間目を瞑った。


「大空、人間何事も初めての時があるものだよ?」


 つまり、ないと言う事ですね?

 僕はそれを聞いて周りを見回した。


 お店の奥の建物に、店員さんらしき人が見え、僕は教えて貰いに行く事にした。


「あの、すみません。」


「え?あ、いらっしゃいませ!」


 中には二人の人が居て、お父様より年上に見える男の人と、若い男の人が居て、対応してくれたのはその若い男の人だった。

 どうやら先の人は店長さんらしい。


「えっと、教えて頂きたいのですが?」


「丁寧な子だな。どうした?」


 僕は店員さんを連れて車に戻った。


 店員さんは凄く丁寧に教えてくれて、無事に給油を終える事が出来たけど、店員さんはお父様とお話をしていた。


「ふむ、それではこのままだと?」


「そうですね…御家族の安全を考えるなら、変えた方が良いでしょうね。」


 店員さんはとても物腰が柔らかく、丁寧に教えてくれたけど、お父様とお話をしている姿は、何処と無くお父様に群がってくる仕事関係の人に似ていた。


「分かりました。交換をお願いします。ついでに他の所も見て下さい。」


 店員さんとお話をした後のお父様は、少しばかり機嫌が悪く見える。


「まったく…キチンと整備も出来ていないとは。」


 お母様は気遣うようにお父様に寄り添い、車から降りたマナカは、ガソリン臭に慣れたようで、珍しそうにあちらこちらを見て回る。

 僕はそんなマナカの手を握って、勝手にどこかへ行かないように気を付ける。


「お父様、どうされたのですか?


「あぁ、タイヤの劣化が激しいらしくてね、直ぐに変えた方がいいと言われたんだよ。」


 はて、そんなことがあるのだろうか。

 お父様が乗る車だと分かっているのに、それを準備したウチの人達がそんな失態をするだろうか。


 お父様は何処かに連絡を入れた。


 僕達は店の中にある硬い椅子に座らされ、タイヤの交換を待つことにした。


 店内にある自動販売機でお母様がジュースを買ってくれて、普段はそんな事が出来ないからマナカは嬉しそうに椅子に座り、足をブラブラさせて飲んでいる。


 僕も今の状況がなんだか新鮮で楽しかったけど、それよりも祝勝会に間に合うのかという方が気がかりだった。


 三十分ほど経った時、交換が終わったようでお父様が呼び出される。


「お待たせ致しました。」


 店員さんがニコニコとしながらお父様に話しかけた。


「それで?他にも異常が見つかりましたか?」


「えぇ、大変申し上げにくいのですが、他にも色々と…」


「なるほど…分かりました。」


 僕は話を聞いても良く分からず、何となく外を眺めていた。

 すると、僕達が乗ってきた車と同じ車が入って来て、続いて、見た事のある黒い車が二台ほど入ってくる。


 その車から降りてきたのはやはり知っている人で、僕達家族の車を管理してくれている人だった。


「あぁ、来たな。」


 どうやらお父様が呼んでいたらしく、その車を見た店員さんと、店長さんが驚いたように目を見開いた。


「お待たせ致しました。」


「やぁ鈴木さん。どうやら車が整備不良みたいなんだけど、どうなっているの?」


 お父様が鈴木さんと呼んだのが車の管理者。


「さて、どうなっているのでしょうね?そのような事は確認出来ませんでしたが?あぁ、燃料についてはコチラの不手際で間違いございません。申し訳ございませんでした。」


 鈴木さんは深く頭を下げた。


「おかしいよね?たった今、タイヤを変えたんだけど…」


 お父様はイライラを隠そうともしないで鈴木さんに言葉をかけた。


 呆然と見守っていた店員さんが、恐る恐るという感じで鈴木さんに話しかけた。


「あ、あの…何故鈴木様がいらしたのでしょうか?」


「…それはコチラの方が私の雇い主である大樹様だからです。」


「なぁっ!」


「そ、そんな…鈴木様の雇い主というと…しかし、軽自動車で、〇ユニクロなんて着てるじゃないですか。」


 店員さんが驚愕の視線をお父様に向け、店長さんは信じられないと頬をひきつらせる。


 鈴木さんは一歩前に出て、店長さんに話しかけた。


「その交換したタイヤを見せて下さい。それから社長、全く同じ車を用意させましたので、コチラはお気になさらず、行ってらっしゃいませ。」


 そう言って頭を下げた鈴木さんに、お父様は一つ頷くと、僕達の方に振り向いた。


 その場から離れる前に、お父様はため息をついた。


「…鈴木さん。会社指定で使っているスタンドで、色々と悪い噂がある事は前に聞きましたが、わざわざこんな事をしなくても僕は動きます。折角家族が楽しみにしていたお出かけに水を差されたようで、不快ですよ?」


「申し訳ございませんでした。この件、私や私の部下の仕事が貶められているようで我慢できませんでした。社長や社員には安心してお車に乗っていただきたいと改めて知って頂きたいと思いましてこのような手段を取りました。処分は如何様にも。責任は全てが私にあります。」


 鈴木さんは頭を下げたままそう答えた。

 とても綺麗なお辞儀だと思った。


 お父様は苦笑いをする。


「はぁ。僕は鈴木さんを疑ったことなんて一度もありませんよ。貴方達のプライドが傷つけられたのでしょう?処分なんてしません。後は任せますよ?キチンと整備をしておいて下さいね?」


「かしこまりました。」


 僕達がガソリンスタンドから出ても、しばらくの間は頭を下げ続けた鈴木さんとその部下、それと店員さん達。


 周りのお客さんは何事かと僕達の乗る車に不思議そうな視線を向けていた。



 随分と時間が過ぎてしまった。

 退屈になったのか、マナカはチャイルドシートでコクリコクリと船を漕いでいる。


「ああ、間に合うかなぁ〜。」


 先程までのお父様は仕事の顔だったけど、今は家族にしか見せない焦った顔をしている。


 仕事の時でもこんなに焦る事はないと思う。

 何故こんなに焦っているかというと、それは尊敬している人に失望されたくないかららしい。


 お父様の尊敬している人とは、僕達の叔父である人だ。

 お父様のお姉様の夫。

 でも、あの優しいおじさんが、時間に少し遅れただけで失望なんてしないと思うけど。


 お父様の隣で不安そうな顔をしているお母様も、同じ様におじさんを尊敬しているらしい。


「急ごう!皆待ってる!」


 お父様が言うと、お母様はコクリと頷いた。


 普段余り運転しないお父様が無茶をしないかと思ったけど、僕も早く皆に会いたかった。


「いしょごぅ…むにゃむにゃ」


 マナカが眠りながら呟いた言葉に、お父様もお母様も緊張が解け、フッと優しい空気が流れた。


「安全運転で行こうか。」


 お父様が言うと、お母様は一度僕とマナカを振り返り、優しく微笑んで頷いた。

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